アンデッドの弱点
聖女の使った神聖魔法の『ヒール』を『ハイヒール』へと変更いたしました。
「おい、聖女がいたぞ」
聖女から逃げるように宿屋へと帰還し、俺はシスティへと告げる。
「えっ? そうなの!? 道理で広場が騒がしいと思ったわ。聖女様を見られるなんて運がいいわね」
俺にとってとても深刻な事だというのに、希少な魔物を見たかのような軽いノリで返すシスティ。
「運がいいわね、じゃねえよ!? 聖女様はホイホイ外に出てこないって言うから神殿に近い北区画に安心してついていったんだぞ! なのに聖騎士とセットで広場にいたんですけど!? どういうことだよ!」
「そんな事を私に言われても。確かに聖女様はデュークの弱点である神聖魔法を扱えるけど、別にデュークが魔物だとバレてるわけでもないんでしょ? それだったら遠目から見かけるくらいいいじゃないの」
システィの正論に俺は思わず考え込む。
確かに俺がデュラハンだと知っている様子ではなかった。知っていたら大勢で俺を討伐しにくるであろうから、それは間違いない。
今の俺はただの全身鎧を着た冒険者なのだ。特に魔物だと疑われる様子もない。
なので、今後俺がデュラハンだとバレない限りは聖女を見かけたとしても問題はなく、襲われることもない。
こちらが一方的に恐れているだけだ。
しかし、最後のこちらを見て驚いていたのが気になる……。
確かにこちらを見ていたような。俺の勘違いだろうか?
「確かにそうかもしれない。ちょっと神聖魔法を見てビビッていた。すまん」
「神聖魔法って、聖女様がハイヒールでも使っていたの?」
「ああ、腕を骨折した男性を治していたな。……おぞましい魔法だった」
思い出すだけでも鳥肌が立ちそうだ。肌なんてないけど。
「……ふうーん、神聖魔法のハイヒールね」
そんな俺の怯えた様子を見て、システィが。
「『ヒール』」
「どわあっ! 気持ち悪いもの押し付けてくるなよ。ちょっと熱かったじゃないか」
回復魔法のヒールを脇腹に押し当ててきた。
「あっ! やっぱりアンデッドだから回復魔法が弱点なのね! だから、最初にファイヤーボールをぶつけた時もヒールを嫌がってたんだ!」
俺の焦った様子を見て、システィがどこかいじめっこのような笑みを浮かべて喜ぶ。
別に大して熱くもないのだが、何となくチクッとするような熱さがあるのは確かだ。
我慢できるのだが、驚きと不快感が強いので止めて頂きたい。
「『ヒール』」
「やめろ! 神聖魔法の劣化魔法を俺に押し付けてくるな! あんまり痛くないけど不快なんだ!」
そんな事を考えていると、早速目の前のポンコツ魔法使いがヒールを押し当ててくるので、慌てて躱す。
「あはは、いいじゃないの! デュークってば反則的な防御力と攻撃力を持っているでしょ? 普段からか弱い私だけ暴力に訴えかけることができないのは卑怯だと思っていたのよ。これならデュークがいじわるしてきてもヒールでこらしめることができるわ!」
意地の悪い笑みを浮かべながらにじり寄ってくるシスティ。
わきわきと動く手にはうっすらとヒールによる青い光が宿っている。
くっ、こんな狭い宿屋の室内では逃げることもままならない。
俺が先に入ったせいで、システィが扉を塞いでいるのが痛い。
「調子に乗んなよ! お前の劣化ヒールなんてチクッとするだけで大して痛くないんだからな! お前が近付いてきた瞬間、そこに置いてある買ったばかりの杖を踏んづけてやるからな! 中央についた宝石はさぞかし砕けやすいんだろうな!」
近寄ってくるシスティに牽制として、足元にある杖を指さしてやる。
そこには青と茶色を基調とした機能美があるデザインのロングタイプの杖があった。
杖の先端はくの字に曲がっており、中心には青い宝石のようなものが嵌めこまれている。
杖そのものにはマナ鉱石という魔力を伝達しやすい鉱石がふんだんに使われ、青い宝石は魔力を微量に強化する働きがあるらしい。
軽く踏んづけてやってもいいのだが、俺の体重だと軽くでもメシッていきそうなのでフリだけで勘弁してやる。結構なお値段だったしな。
足を杖の上すれすれに持っていくと、システィが涙目になる。
「ああ! 買ったばかりの杖を人質にとるだなんて卑怯よ! 足どけて!」
「うはは! この杖の代金の半分が俺のお金で買ったってこと忘れんなよ!」
◆
それから三日。俺は聖女と出会ったのが不安だったので念のために宿に引きこもってクエストを休憩。
その間にシスティは新しい杖の感触を確かめる為に東の森で修行。
そんな感じに過ごしていた。特に聖女や聖騎士が宿屋に襲撃してくることもなく、問題ないと思ったので四日目にクエストを再開することとなった。
「で、今日はどんなクエストを受けるよ?」
いつも通りの早朝。冒険者ギルドにたどり着いた俺達はクエストボードを眺めていた。
「楽に稼げる討伐クエストにしましょう! とにかくお金がないの!」
新品の杖を握りしめて、血眼でクエストを物色するシスティ。
何だろう。この光景はどこかで見た事がある。そう、俺がドワーフからアダマンタイトの大剣を買って借金に追われていた時だ。
「お前、俺が前回言っていた時は、冷めた表情で『そんな都合のいいクエストなんてあるはずないじゃない』とか言っていた癖に。そんな事ばかり言って怠けていると……」
「ちょっと喋ってばかりいないで、デュークも真剣に探してよ」
という風に苛立ち交じりの声で言われてしまった。
やはり人は、お金に余裕がなくなると心にまで余裕がなくなるらしい。あの時の俺もこんな余裕のなさそうな様子だったのだろうか……。
システィのあっさりとした手の平返しがムカつくので、側頭部にデコピンを入れてやる。
「ッ!? い、痛、痛い! ちょっと何すんのよ!」
側頭部を片手で押さえながら、涙目で抗議するシスティ。
それを無視して無言でクエスト眺めていると、ブツブツと隣から呪文が聞こえてきたので、同じところをまたデコピン。
この野郎、ここでヒールを使おうとしやがったな。
「い、痛い! ず、ずるいわよ! 私にも反撃させてよ!」
「いつも俺にバカスカと魔法を当てている報いだ」
猛るシスティを放置して、俺はクエストボードを眺める。
隣の方は、今はお金が大事なのか真剣な表情でクエストの討伐報酬を見ていた。
森に巣食う軍隊アリの討伐、百万キュルツ。
平原に出没するホワイトホークの群れの討伐。八十万キュルツ。
無理だ。軍隊アリとか絶対に数が多いだろ。俺はともかくシスティが生き残れる気がしない。
ホワイトホークの群れ。空を飛ぶ相手は俺が戦いづらいので困る。本来ならば遠距離攻撃ができる魔法使いの出番なのだが、相方はシスティだし。
無難にこなせそうなクエストを探していると、一つのクエストが目に留まった。
「なあ、エルダートレントの討伐なんてどうだ?」
俺は貼り紙を取ってシスティに見せる。
森にいるエルダートレントの討伐。百万キュルツ。
エルダートレントとは簡単に言えば、木の姿をした魔物。木が魔力を吸い過ぎたりして突然変異すると現れるらしい。普段は木に擬態しており、近付いてきた獲物を絡めとって自分の養分にしてしまう。放っておくと地面に種子を植え付け、どんどんとトレントという魔物を増やしていくらしい。
普通のトレントは木と同様に動く事ができないのだが、エルダートレントは移動することができる。
強さ自体は大したことはないらしいが、移動しては擬態を繰り返してトレントを増やしていくので見つけるのが厄介な魔物らしい。
どこかのおっかない森では、トレントしかいない森があるらしい。
もうそれは森と呼べるのだろうか。
「……エルダートレントの討伐ね」
「見つけるのには時間がかかりそうだけど、大して強くないんだろ? トレントを倒しても報酬が貰えるし、コレにしようぜ。それに動くことのできないトレントなら、システィの魔法だって当たるかもしれないだろ?」
このクエストを受けた一番の理由は最後のやつが理由だ。動かないトレントならシスティだって攻撃を当てられるかもしれないし。
「ば、馬鹿にしないでよね! 動かない魔物なんて的と同じよ! 動くエルダートレントだって倒してみせるから!」
馬鹿にした口調で言ってやると、システィはキッとこちらを睨め付け、受付へと貼り紙を持って行った。
読んでくださった方に感謝を。




