デューク、天敵である聖女を見かける
「……バッチリ当たるって言ってたのに」
ベンチに座ったシスティがしょぼくれた様子で呟いた。
「バッチリと店に当たったな」
システィが裏で試し撃ちとして放った魔法は、見事に胡散臭い魔道具屋の壁に命中。
ムカつく店員は爆風に煽られ吹き飛んだ。吹き飛んだ先は運の良い……悪い事に爆発ポーションへ。爆発ポーションは当然割れて爆発、それを衝撃として次々と誘爆していき魔道具店は大惨事となった。
本人に悪気はなくとも、これだけの被害を出せばごめんなさいだけで済むはずがなく、結構な額の弁償を払う事になったのだ。
俺としては他にも建物がある中、よくあの店を狙い撃ちできたと褒めてやりたいくらいだ。見事なファイヤーボールだ。
「で?」
しょぼくれた様子のシスティにこれからどうするんだ? という意味を込めて尋ねる。
的に魔法が当たらなかったのか、弁償でお金が減ったから滅入っているのかは知らないが、いつまでも座っていてもしょうがない。
「…………あの、お金貸して欲しんだけど」
システィが気まずそうに口を開いて、窺うようにこちらを見る。
いつか魔法で物を壊すんじゃないか、重傷者を出すんじゃないかと思って、報酬は半分に分けようとしたんだけれどな。
「……貸してやるからまた次の店行こうぜ」
「いいの!?」
俺がお金を貸してあげると言うと、途端に顔を輝かせるシスティ。
「どうせあんまり使い道ないしな」
今思いつくもので必要なのは小道具だけだしな。爆発ポーションは面白かったので買ってみたい。
先程の店員が誘爆して吹き飛ぶ様を見ると、何かに使えそうだと思った。
「それじゃあ、早速他の店に入りましょ!」
ベンチからガバッと立ち上がり、近くの店へと駆けていくシスティ。
俺も立ち上がり、後について行くと。
「いらっしゃ――ヒイィッ! 今度はうちの店を潰しに来たのか!? 帰ってくれ!」
「何でよー!」
いきなり締め出されるシスティの姿が。
そりゃそうだ。
◆
外道魔法使いが魔道具屋を潰したという騒ぎは、ここら一帯に伝わっていたらしく、店に入るなり追い返され続けるシスティ。
誰だってあの店と店員の惨状を見れば、お断りしたくなるに決まっているだろう。外道魔法使いという悪評もあることだし。
店内に動く爆発ポーションが入ってきているようなものだ。
魔物である俺が言えたことではないが、システィってば相当危ない存在だと思う。
そんなこんなで、あの一帯での杖のお買い物は不可能になり、未だ情報が伝わっていないであろう、さらに北部の魔道具屋へと向かう事になった。
全ての店に広まるのは時間の問題だと思うが。いずれ、どの店でもシスティの試し撃ちは禁止になるであろう。プレートの『試し撃ちできます! *ただし、外道魔法使いはお断り』とかになりそうだ。
北へと進む度に神殿が近くなっているのが嫌なのだが仕方がない。聖女はそんな頻繁に姿を現すものでもないってシスティも言っていたしな。
さっさと杖を買わせて離れることにしよう。
あのノーコン具合が杖でどうにかなるとは思っていないので、ぶっちゃけどれでもいいと思う。
しばらく歩き続けると、広場へとたどり着いた。
綺麗に石畳が敷き詰められた円形の広場の中心には噴水があり、多くの子供達がはしゃいでいる。
それを見守るかのように買い物途中の母親達が会話に花を咲かせたり、ベンチで座って微笑んで見ていたりする。
実に平和な光景だ。
「あの店にしましょう!」
心穏やかに広場の光景を眺めていると、システィが一軒の魔道具屋を指さした。
俺には次に襲う店はあそこに決めたという風にしか思えない。
嫌だなあ、この平和な広場で爆発事件とか起きたりしたら。
今度は店員がムカついてもけしかけないようにしようと、心に誓いながら俺とシスティは店に入った。
扉を開けるとチリーンチリーンと涼しげな風鈴のような音がなる。
すると、奥から若いお姉さんが出てきた。
「いらっしゃいませー、げっ! 外道--」
「?」
「何でもございません」
お姉さんは優しげな見た目に似合わない声を漏らしたが、瞬時に持ち直した。
プロだ。プロがいるぞ。
どうやらこのお姉さんは外道魔法使いの事を知っているようだ。
「本日は何をお求めでしょうか?」
「手になじむ杖が欲しいんです」
にこやかに尋ねるお姉さんの言葉に、どこか恐る恐るといった様子で話すシスティ。
先程追い出されたので、今回も追い出されるのではないかと思っているのだろう。
お姉さんといえば、システィの台詞を聞いた瞬間わずかに目を細めた気がする。
「……杖ですね。勿論ありますよ。ご案内しますね」
「はい!」
追い出されなかった事に喜ぶシスティは、笑顔でお姉さんの背中についていく。
さっきはついに来たかという感じにお姉さんが目を細めていたのは気のせいだったのだろうか?
爆発騒ぎのことは知らず、外道魔法使いに魔法を使わせなければ大丈夫と踏んでいるのだろうか?
俺がそんな風に思いながら見ていると、案内するお姉さんが目にも止まらぬ速さで手を動かした。
え? 今の速さは!? 何か手が霞むような速さで動いていたんだけれど。一体何をしたんだ?
システィは店内の様子を眺めてそわそわしているため、それに気付いた様子はない。
お姉さんが目にも止まらぬ速さで手を動かした場所を調べると、そこには一つの木製プレートが掛かっていた。
それをひっくり返すと。
『お店の裏で試し撃ちできます!』
という文字が書いてあった。
バレてらあ。
恐ろしい情報伝達スピードである。それほど危険な人物だと認知されているのだろうか。
ともかく、このお姉さんなら店に被害を与えることなく、無事に買い物をさせてくれる気がする。
あの動きをするお姉さんなら問題ないはず。そんな俺の予想通りシスティとお姉さんは楽しそうに会話をしている。
杖についてのことや魔法談義に花を咲かせているので邪魔をしては悪いと思い、俺は店を出た。
広場のベンチへと深く腰を掛けると、大きく息を吐いて空を見上げた。
王都の空には雲一つなく、青い空が広がっている。
噴水の水の流れる音や子供達の声が絶え間なく聞こえ、このまま昼寝でもしてしまいたいと思った。
眠ることはできないが。
そんな風にのんびりと座り過ごしていると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
何だろう? 人がのんびりと過ごしているというのに。
自分にとって心地よい生活音を乱された事を不満に思っていると、とんでもない言葉が聞こえてきた。
「聖女様だー!」
…………はっ? 何て?
「聖女様だー! お菓子頂戴!」
「押さないで下さいね! ちゃんと皆の分はありますから」
弾かれるようにして姿勢を整えて見ると、そこには多くの子供達に囲まれる女性がいた。
絹のように滑らかな金髪を腰まで伸ばしており、白と青を基調とした豪奢な法衣を身に纏っている。
法衣から僅かに見える肌は白皙のように白い。
整った顔立ちからは清楚さと可憐さを持ち合わせており、子供達に向ける微笑みは柔らかい。
身体つきは華奢であり身長は百五十後半だろうか。システィとそれほど年齢が変わらないくらいだと思える。
恐らく、あの少女が神殿が誇る聖女というやつなのだろう。
……とんでもない奴に出会ってしまった。広場のベンチで座っていたら天敵に遭遇してしまった。
さらに、その聖女の後ろには控えるように一人の女性が立っていた。
白銀の鎧に身を包み、大きな槍を背負った凛とした佇まいは戦乙女を連想させる。
銀色の長髪がそよ風になびき、陽光に煌く。どこか神経質そうな切れ長の赤い瞳は、この場に怪しげな者がいないかとゆっくり動いていた。
勿論、俺は視線を合わせることなどせずに自然体でいる。
いや、兜は偽物だし視線が合うとかはないのだろうけど、ああいう感じの人って視線とかに敏感そうだし。
あれってば、聖女を守る聖騎士だよな?
マズい、どうしよう。いきなり凄い奴が現れたよ。二人とも襲って来たりしないよな?
というかシスティってば、聖女はホイホイ外に出てこないから神殿の近くにいても出会う事はないって言ってたよね!? 目の前にホイホイ出てきた聖女がいるんですけど!
というかこんな所にまで何しにきたんだよ。
目を合わせるのが怖いので、俺はそれとなく聖女の様子を窺う。
「はい、クッキーですよ!」
「わーい、ありがとう」
小さな小包を子供へと笑顔で渡していく聖女。
中身はどうやらクッキーらしい。
子供達へクッキーを渡しにきたのであろうか?
それからも様子を窺ってみるが、次々と子供にクッキーを渡していくだけである。
特にデュラハンである俺を見つけてやってきたという感じではなさそうだ。というか、討伐目的なら人払いだってするだろうし、もっと騎士がいてもおかしくないだろう。
討伐にやってきたという線はないと推測し、一息つく。
…………システィさん早く戻ってこないだろうか。一刻も早く帰りたいんだけれど。
俺はどこかソワソワとしながら魔道具屋の方を見る。システィが出て来る様子はない。
そんな俺の様子が目に留まったのか、全身鎧姿が目立つのか、聖騎士がじっとこちらを眺めている。
ヒイイッ! こっち見ないで!
俺は心の中で悲鳴を上げながら、貧乏揺すりしたり、店に頻繁に視線を送ったりと人待ちを装う。
すると、問題ないと判断されたのかスッと赤い瞳が俺から逸れていく。
視線が外れたことにホッとしていると、聖女へと一人近づく男性が。
「すいません。昨日腕の骨が折れたので治療をお願いできないでしょうか?」
気の弱そうな男性は右腕を包帯で吊るしていた。どうやら怪我人らしい。
それで偶然居合わせた聖女へと治療を頼んでいるようだ。
「構いませんよ。治療の為に包帯を取りますね」
こういうことはよくある事なのだろう。慣れた様子で包帯を解いていく聖女。
衝撃が折れた骨に微かに伝わるのか、痛みで男性が顔をしかめる。
「我慢してくださいね」
包帯で解かれた男の腕を支え、聖女は手を当てる。
「女神エリアルよ この者に救いの手を『ハイヒール』ッ!」
すると、聖女の手が翡翠色の光に包まれ、やがて男性の手を包み込む。
周りにいた人々や子供が感嘆の声を漏らす中、俺は背筋が凍りつきそうになっていた。
あれが神聖魔法とやらか。……ヤバいぞ。あの魔力はヤバい。最初に湖に近付いた時や、システィに回復魔法を近づけられた時よりも比べ物にならない不快感だ。
俺に肌があれば間違いなく全身が鳥肌になっているだろう。
俺の身体がアレから離れろと警鐘を鳴らしている。離れたいけど、突然ゴキブリを発見してしまったかのような金縛り状態で動けないのだ。
俺にとっては不気味な翡翠色の光が消えると、何とか動けるようになる。
「痛くない! 治りました! ありがとうございます!」
男性が骨折していた腕を動かし、問題ない事をアピールすると拍手が巻き起こる。
どうやら骨折していた右腕は完治したようだ。
怪我が一瞬で治るなんて凄いな。さすがは魔法があるファンタジー世界だ。
周囲から浮かないように俺も拍手していると、偶然なのか聖女の青い瞳と視線が合った気がした。
そして聖女は目を見開き。
「……ああっ!」
ちょっと待て! ああっ! って何だよ! 俺とお前は初対面だろ!? 何だよその思いがけないライバルに会ったかのような反応は。俺の後ろに誰か知り合いでもいるのか!?
「お待たせ! デューク! 杖買ってきたわよー!」
俺が内心焦っていると、上機嫌に杖を抱えたシスティがやって来た。
この野郎、ご丁寧に俺の名前を言いやがって。ナイスタイミングとか思った俺の気持ちを返してほしい。
聖女に名前を覚えられでもしたらどうするんだよ。ポンコツ魔法使い。
「見て見て! この杖! 魔力を通しやすいマナ鉱石が使われていて――」
「おお、そうか。話は後でゆっくり聞いてやるから、今は移動するぞ!」
俺の天敵である聖女がいるとは知らず、新しく買った杖を見せびらかそうとするシスティ。
俺はその手を取って引っ張るように、この場を離れた。
「え、ええ? ちょっと待って!」




