走れ! 紫炎!!
スレイブニールからコシュタ・バワーへと修正。
オオカミをデュラハンとしての身体的スペックで倒すことに成功した俺は、森を進みながら自分の力を把握しようとしていた。
視界の中に結構大きな石があったのでそちらへと近寄る。
高さは五十センチくらいあるだろうか。腰掛けて休むのにちょうどいいくらいの大きさだ。
大人でも持ち上げるのは困難であろう石。普通の人ならば拳で叩き割ることなど、できるはずもない――のだが、
「ふんっ!」
俺が拳を叩きつけてやると、破砕音を上げて真っ二つに割れた。
大きな石が割れた音と衝撃に驚き、近くにいたであろう鳥達がバサバサと飛んでいく。
我ながら恐ろしいパワーだ。魔物なだけはある。
拳が割れてないかとか、びびりながら拳を確認してみるも傷一つついていなかった。
「ひえー、俺本当に人間やめちゃったなー」
そうぼやきながら俺は赤いマントを翻して、再び道を歩き出した。
手の平に納まる石を握力だけで潰してみたり、道を全力で走ったり、思いっきりジャンプをしたりしてみたが、どれもこれも非常識な性能だった。
石ころは砂団子を潰すかのように簡単に潰れ、走る速度も結構速い。
息が切れることがなく、疲れも感じないので馬鹿みたいにはしゃいで走ってしまった。
もう、結構な道を走った気がする。
思いっきりジャンプすれば結構な高さまで跳ねあがった。確か三メートルくらい。
全体的にとんでもない身体性能だが、単純なパワーや防御力に比べれば、旋回速度やスピードといったものは低いと感じられた。身体が鈍重なせいだろうか。
元々デュラハンは防御力やパワーが高く、スピードに関してコシュタ・バワーという馬が補っていたりするものだ。
種族的な性能なのだろう。それでも人間に比べれば遥かに飛びぬけているのだが。
ちなみに全力疾走している間に、結構な数の動物や魔物を見かけた。
緑色の体表をした小さな子鬼たち。
ゴブリンだ。
ゴブリンなんて定番な魔物までいたのだ。
他にも得体の知れない魔物を何度も目撃し、時には逃げ、時には拳一つで撃退した。
俺の心にあるオタク魂が興奮し熱くなったのだが、ここが魔物が存在する世界。
ファンタジーな異世界だということを認識させられ、複雑な気持ちになった。
遂に日本である可能性は途絶えてしまったのである……。
せめて人間の姿であれば嬉しかった気持ちもあるのに、とか思ったのだがデュラハンでなければ俺はオオカミに襲われて、死んでいたのだ。
今はとにかくデュラハンであることを受け入れて、この世界の事、自分の事を知ろうと思う。納得はできないけど、仕方がないことだ。
あと、自分の首があるのであれば探したい。
◆
「……歩くのも飽きてきたなぁ」
デュラハンとして生を受けた俺は、相変わらず森の中を彷徨い歩いていた。
湖から走ったりして結構な距離を進んだはずなのに、人っ子一人いない。
まだ人里につかないのか。
疲れを知らないこの身体でも、心は人間であった久比無宗介だ。
簡単に言いますと、森を歩くのにも飽きたのです。
そりゃ、最初のうちは見た事のない植物や動物とかを見ていたので飽きなかったのだが、景色自体が全く変わらない。
歩けど歩けど木ばかり。もううんざりだ。
ここは一刻も早く森を脱出するために全力疾走をするべきではないだろうか。
俺ならば息も切れる事なく、ずっと走っていられるはず。
「よし、そうと決まれば耐久マラソンだ!」
意気揚々と走りだそうとした俺だが、ふと気付く。
デュラハンといえば、首のない馬、コシュタ・バワーに跨って移動する魔物。
いや、そうじゃない場合もあるが基本的にはそんなイメージだ。
だとすると俺にもコシュタ・バワーに乗る事ができるのではないか?
疲れを感じないとはいえ、ずっと走るというのは精神的にもしんどい。
人間は楽をする生き物なのだ!
いや、もう人間じゃないけどね?
しかし、現在俺の傍にはコシュタ・バワーがいない。
最初に気が付いた時もいなかった。
首といい、ないものだらけではないか。デュラハンなのに剣のひとつもないし。
俺に不親切な世界な気がする。
もしかして、俺が召喚したり呼び出したりすれば出てくるのではないか。
何となくそれで出てくる気がする。ちゃんとした理由はわからないが、きっとそれで出てくるという直感めいたものが俺にはあった。
心の中で密かに確信した俺は、マントをはためかせて手を突き出し、大声で叫ぶ。
「こい! コシュタ・バワー!」
いつもよりもテンション高めに叫ぶと、俺の目の前の地面が闇色に光り蠢いた。
するとそこから、首の無い馬がゆらめく紫炎と共に姿を現す。
「おお! 本当に出てきた!」
荒々しい赤いたてがみに黒い毛並み。足元には不気味に光る紫炎が燃えるように揺れている。
まさにデュラハンが乗るに相応しい禍々しい馬だ。
首のない馬はどこからともなくいななき声を上げて、前脚を大きく上げた。
それからコシュタ・バワーは満足したかのようにブルルと鼻を鳴らした。
うん、結構カッコいい登場の仕方だった。
目の前に立つ首の無い馬を改めて観察する。
コシュタ・バワーには初めから俺が乗れるように鐙や鞍、手綱といったものが装備されており、今すぐにでも乗れそうなものであった。
当然、コシュタ・バワーなので首がない。
綺麗にすっぱりと、それが当たり前だと言わんばかりになかった。
首がないもの同士として親近感が湧く。
手綱が口元であったらここであろうという場所で浮遊していたり、顔面部分を覆う馬鎧が浮いていて謎だったが、気にしないことにする。
だって、カッコいいじゃん。
「えっと、俺の馬だよな? 本当に乗っちゃっていいの?」
乗ろうとしたら、思いっきり蹴りをかまされたりしそうで怖い。
俺が恐々としていると、コシュタ・バワーが俺の下にやってきて身体をなすりつけてきた。
まるで、その通りだよと言っているようだ。
思わずコシュタ・バワーの漆黒の身体を撫でる。
何とも滑らかな感触なんだ。毛が俺の手に引っかかったりすることなく、するりと通り抜ける。まるで上質な絹糸のようだ。
この世界にきて初めて癒された気がする。
知らない世界の森でボッチだった俺の心は、予想以上に摩耗していたのかもしれない。
「これからはコイツを呼び出せば一人じゃないんだ!」
俺の言葉に答えるように、コシュタ・バワーが短くいなないた。
俺の言葉に反応したようだ。どうやらこの首の無い馬は賢いのかもしれない。
「それにしても、いちいちコシュタ・バワーって呼ぶのは面倒だな。名前でもつけるか」
何か身体的特徴を捉えており、呼びやすい名前がいいのだが……。
俺は腕を組んでまじまじと眺める。黒い身体、赤いたてがみ……うーん、クロとか単純すぎるしカッコよくないな。たてがみだって半分までしかないし。
視線を下へと巡らせていくと、ふと紫色の揺らめく炎が目に入った。
……紫炎。……うん、悪くないのではないか? 結構カッコいい名前な気がする。
「その足元についている紫色の炎にちなんで、紫炎なんてどうだ?」
「ヒヒィン!」
おずおずと提案してみると、紫炎はじゃれつくように首をこすりつけてきた。
「気に入ってくれたんだな? よかった」
それから紫炎を撫でて満足した俺は、次は乗ってみようと思い恐る恐る鐙に足をかけた。
勿論俺には乗馬経験などあるはずもない。
馬に乗って走らせることができるのか、未だに不安だ。歩かせることすらできないのではないか。
乗馬というのは結構難しいものだと聞いた事があるし。
「ゴアアアアアアアアァァッ!」
そんな風に躊躇していると、不意に俺達の上空を何かが過ぎった。
鳥なんかとは比べ物にならないくらいの巨大な影。
首が無いので真上を確認しづらい中、身体を反らして何とか上へと視線を向けると、そこには蝙蝠のような翼を広げた生き物が飛んでいた。
爬虫類のような胴体は無数の赤い鱗に覆われており、棘の生えた長い尻尾。
胴体からは鷲のような一対の脚が生えている。
空想世界ではドラゴンまたはワイバーンと呼ばれる存在である。
大きさ的には一軒家くらいはありそうだが、少し身体が細くて小柄っぽいのでドラゴンの子供かワイバーンかもしれない。
「おお、ワイバーンか!」
ファンタジー世界の定番ともいえる存在を見て、興奮したように声を上げる。
下からなので顔とかは確認できていないが、貴重な生き物を見る事ができて満足だ。
そんな事を呑気に思いながら飛び去っていくワイバーンを眺めていると、奴が大きく弧を描いて旋回してきた。
正面を向いていることから、トカゲのような三角っぽい顔に大きな角が横に伸びていることがわかった。
あの顔つきはやはりワイバーンだな。
「……ん?」
ワイバーンが高度を落として、こちらへと蛇のような黄色い瞳を向けてきている気がする。
縦に割れた瞳孔がぎょろりと動き、視線を俺に固定した。
「やべえ! あいつ俺を見つけて旋回してきたのか! アンデッドであるデュラハンなんて食っても美味くないぞ!?」
何て突っ込みの声を上げながら、即座に紫炎へと跨る。
馬に乗るのが怖いとかそんなこと言ってる場合じゃない。
さすがにワイバーンの攻撃なんて受けたら、この身体でも怪我するぞ!
「走れ! 紫炎! 全速力で!」
俺がそう叫ぶと、紫炎はいななき声を上げて前脚を上げようとしたので、
「今はカッコつけてる場合じゃないから!」
突っ込みを入れて軽く叩いてやった。
コシュタ・バワーを『紫炎』と名付けました。