2エピローグ 聖女
敬虔なるエリアル信徒が集まる大聖堂。
位の高い者しか入れぬ最上階のテラスで、私は綺麗なお花を摘んでいた。
花びらを千切って離すと、風がそれを攫うように宙へと舞い上げる。それをぼーっと眺めては、また千切ってと同じことを繰り返している。こうやってのんびりと時間を過ごす事もたまには悪くない。
ところで、どうして私がここに入る事ができるのかって? なぜならば私はエリアル神殿が誇る聖女だから。
女神エリアル様の加護を受けた私は、最高司祭に並ぶほどの位の持ち主。ここに入れるのは当然。
そんじょそこらの司祭なんて、私が「パンを買ってきて」と言えばパシらせることだってできる。
けど、そんな事をすれば聖女としての評判が下がってしまうのでやらない。本当はやってやりたいけど。
聖女とは色々大変なのです。
「はー………」
そんな気苦労の多い私は、気分転換を兼ねて最上階のテラスで風に当たっている。
肌を撫でるような風が吹いてとても気持ちがいい。
流れる風の気持ち良さに目を細めていると、風と共に王都から賑やかな声が聞こえてくる。
それから瞳をゆっくりと開き、テラスから王都を一望する。
王都エルドニアは大きな賑わいを見せて、大通りを馬車や人々が忙しそうに駆けまわっている。
最近、王都の民を不安にさせていたオーガキングなる魔物が討伐されたせいだろうか。今日はいつもにも増して賑やかな気がする。
「……今日も王都は平和ですね」
そんな風に王都の街並みを眺めていたのだが、ふと違和感に気付く。
「む? むむむ? 私のお気に入りであるカフェの近くで何か違和感が……」
あそこは私がよくお忍びで通うカフェ。あそこの特製ジュースはとても濃厚で美味しい。私のお気に入りの店なので、不穏な輩は見逃さない。
カフェの近くを注視して見ると、青い髪をした綺麗な少女と、灰っぽい色をした全身鎧の大男が道を歩いていた。
「あの全身鎧の人だけオーラが違いますねえ」
一般の人々の目は誤魔化せても、エリアル様の加護を受けた私の目は誤魔化せない。
人間、獣人、エルフ、ドワーフ、全ての生き物はオーラを持っている。それは動物であっても同じで、私はそれを視認することができる。
オーラはその人の心や状態を写すものなので、私には会っただけでその人がどのような人なのか等が大体わかるという便利なもの。
そんなオーラに満ちた視界の中で、全身鎧の人だけ異質なオーラを発している。
魔物のような暗く濁ったオーラでもなく、普通の人のようなオーラをしているでもない。
……明らかに怪しい。あんなオーラは今までに見た事がない。
「これは確かめないといけません」
全身鎧の人が消えても、私はずっとそこを眺めていた。
決してカフェのフルーツジュースを飲みに行きたいというわけではない。
王都に悪しき者がいないかの調査なのだ。これは聖女としての仕事。
調査対象が偶然私のお気に入りのカフェにいただけ。ならば、私はそこに足を運ばなければならない。
私の護衛であるリアを連れていくと面倒なので、今度一人で向かうことにしよう。
「アリアー! どこにいるのです!? トイレに行くと言って二十分もたっています! どうせサボりなのでしょう!? 出てきなさい!」
私がそんな固い決意をしていたところで、護衛兼お目付け役のリアの声が響いてきた。
失礼な。私はただお花を摘みに行きたいと言っただけ。そうしたらリアが「どうぞ」と言って扉を開けてくれたのに、どうして私がサボりだと言われるのだろうか?
このままリアに捕まるのも癪なので、私は逃げてやることにした。




