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俺はデュラハン。首を探している  作者: 錬金王
一章 首無し騎士の冒険者
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オーガキングからの逃走

 

 俺とシスティは南の森から離れて、以前ブラックウルフが現れた東の森の近くへと来ていた。


 他の冒険者達はもう少し南の森に近い場所を重点的に探索しているようで、ここまで足を延ばしているのは俺達だけのようだ。


「王様ペンギンはいないようね」


 以前と同じ場所へと着くと、システィがキョロキョロと周囲を見渡しながら言う。


 まあ、あれでも飛べる? 浮けるの方が近いな。浮いて移動できる魔物だからな。フットワーク自体は軽そうな奴等だし、どこかに移動したのだろう。


 辺りには魔物の気配はなく、静かに風が吹く。


 森の方を眺めて、前回はちょうどあの辺りの茂みからブラックウルフが出てきたんだよなーとか思ったが口には出さない。


 そういうフラグ的な事を言うと、本当に出てきてしまうのが今までの経験だ。なので、俺は絶対に口に出さない。


「前回はあの辺りからブラックウルフが――痛い!? 何で叩いたの!?」


 というそばから隣のポンコツ魔法使いが口走るので、頭を叩いてやる。


 それに俺が「言うなよ。本当に出てきたりしたらどうするんだ?」とか言ったら確実に出て来るからな?


「いいから、森に入るぞ」


「ちょっと! 何で叩いたのよ!? ねえ!」


 涙目で抗議するシスティを無視して、俺は森へと歩き出した。



「……フラグって何よ。……お約束って何よ」


 後ろを歩くシスティが不満そうにぶつくさ呟く。


 システィが叩いた理由を教えてとかうるさいから理由を教えてやったのだが、どうも納得できていないようだった。


 そりゃそうだ。この世界の住人であるシスティが納得できるわけがない。できたらお前は日本人だ。


 森の中は至って静かなもので、今のところ魔物らしい気配はない。


 僅かに虫の鳴き声が聞こえるだけで、鳥や動物の鳴き声すら聞こえない。


「少し森の中が静かだな」


「……そういえば、そうね。生き物の気配が全然しないわ」


 いきなり頭を叩かれた理由が分からずに不機嫌そうにしていたシスティが、冷静な表情で言う。


 周りの状況を感じて、気持ちを切り替えたようだ。


 できる魔法使いみたいな顔をしているけど、実際はねえ……。


 システィの凛とした横顔を眺めて、俺は心の中で密かにため息を吐く。


「……ねえ、ちょっと臭わない?」


「え? 俺ってば臭いか?」


 全身鎧だから体臭は特にないはずだが? 皮膚もないんだし汗も出ないぞ?


 いくら魔物な俺でも女性に臭いとか言われたらショックだぞ。これでもきちんと気を付けて鎧を磨いているのだが。


「違うわよ。それにデュークはビックリするくらい無臭よ」


 無臭ですか。ちなみにシスティからは爽やかな匂いのする石鹸や、柑橘系の香りがします。


「そ、そうか。それで何の匂いだ?」


 俺にも嗅覚はあるが、特に感じられる匂いはない。やはりアンデッドだから鈍いのか? でも、男性よりも女性の方が嗅覚は鋭いとも言うし。


「奥から微かに血の匂いがするわ」


「血? 人か?」


 血の匂いがするという不穏な言葉を聞いて、緊張で声が低くなる。


 冒険者の死体とかあったらトラウマものなんだけど。


「わからないわ。動物かもしれないし魔物かもしれない」


「……とにかく奥へと進んでみるか」


 それから奥へとほどなく進むと、血の匂いは濃くなり、俺でも感じ取ることができた。


 濃密な鉄の匂いが辺りに漂う。


 ドワーフ工房の鉄臭い匂いとは違って、もっと生々しい匂いだ。


 システィが端正な顔を不快そうに歪ませていた。


 やがて歩き続けると、道のど真ん中に黒い何かが倒れていた。


「人の死体か?」


「う、うそ!?」


 俺の呟いた言葉に、システィがビクッと反応して俺のマントを掴む。


 恐る恐る近付こうとすると、システィはあっさりと手を離しやがった。


 俺だけが見てこいという事か。


 それから俺は横たわる黒い何かに近付き……。


「嘘だ。ブラックウルフの死骸だった」


「な、何だ。それなら大丈――って…………酷いわね」


 ホッとした様子でシスティが近付いてきて、また顔を歪ませた。


 システィの言う通り、ブラックウルフの死骸は酷いもので、何か大きなもので潰されたかのようなものだった。


 この世界に来て、ある程度耐性のついた俺でも不快感がある。


 それでもこの身体だから吐いたりしない、というかできないから問題はないが、いつまでも見ていて気持ちのいいものじゃない。


 損壊具合を見ると、当然南の森で発見された死骸よりも酷いものだ。


「やっぱりデュークの言った通り、こっちに移動してきたのかしら?」


 いや、最初からこっちにいたんだと思うけどね。


 それから奥の方へと視線を向けると、ゴロゴロと同じようにブラックウルフの死骸が転がっていた。


 ブラックウルフは群れで行動する魔物だ。群れになると当然危険度が跳ね上がるのだが、どれも等しくやられている。


 明らかにここに危険な何かがいるのは確かだ。


 冒険者ギルドが南の森の死骸を見て、緊急ギルドを発注した理由がわかる。確かに多くの魔物の死骸とか確認したら焦るわ。


「もう少し奥に行って確かめてみるか?」


 俺がそんな言葉を投げかけた時、地面が微かに震えた。


 ズシリと響く感触が足の裏から伝わってくる。


 それはシスティも同じだったようで、下に視線を落としている。


 断続的に振動は続き、徐々に大きなものとなる。


 森の奥からは唸り声が聞こえ、俺達は動くことができずに、ただ何かがいるであろう奥へと視線を向ける。


 バキバキと枝葉が何かでへし折られ、俺達の近くへと飛んでくる。


 そして、奥から姿を現したのは鬼。


 鋭い牙と角を生やした鬼の魔物。オーガだ。


 いや、普通のオーガは二メートルくらいだし、肌の色も赤いもの。


 だというのに、目の前にいるオーガの身長は俺よりもデカく三メートルはある。


 肌は黒く、全身の筋肉が隆起しており、とんでもないパワーが秘められているのがわかる。


 右手には棍棒が握られているが、魔物の血を吸ったせいか赤黒いものへと染まっていた。


 それはブラックウルフの群れを叩きつぶしたのが、こいつだと雄弁に語っている。


 あの巨体と筋肉から生み出されるパワーは、ブルーベアーでさえも楽に叩き潰せるだろう。


 人間なんて論外。喰らえば即死。掠ればボールのように吹き飛ぶだろう。


「……オ、オーガキングよ」


 隣からシスティの震えた声が聞こえる。だが、俺は目の前の魔物から視線を外すことができない。あの獣のような瞳から視線を外せば、今にも襲いかかってきそうだからだ。


 これほどデカい魔物が動き出したら、どれだけ恐ろしいのだろうか。


 考えるだけでも背筋が凍る。ただこうして睨み合っているだけでも、とんでもないプレッシャーを感じるのだというのに。


 これが明確な殺意を持って襲いかかってくるとなると……。


「……デュ、デューク」


「……シ、システィ」


 俺達はお互いの顔も見ずに声を絞り出す。


 これから行うべき行動はわかっている。


「「逃げるぞ(わよ)!」」


 俺達はくるりと背を向けて、一目散に走り出した。


「ゴアアアアアアアアアアァァァッ!」


 俺達は空気を割らんばかりの轟音を背中で受けた。




 ◆



「いやあああああああああ! デュ、デュークさん! 前衛の出番ですよ!?」


「バ、バカ言え! あんな巨体が勢いつけて走ってきてるのに迎え討てるか! 一瞬で踏み潰されるわ!」


 俺達は叫び声を上げながら、迫りくるオーガから逃げていた。それはもう必死に。


「ゴアアアアアッ!」


 後方からオーガが咆哮を上げて迫りくる。


 竜のようにS時に曲がった大きな脚で地面を揺らして、邪魔になる木や枝を棍棒でへし折りながらだ。


 これほどの圧迫感は魔の森でワイバーンに襲われた時以来だ。


 紫炎を今すぐにでも呼び出して、逃げてしまいたい衝動に駆られる。システィが隣にいる今では無理な事だ。


 幸いオーガは猛スピードで走るのが苦手なのか、すぐに追いつかれることはない。


 だが、今のスピードが全力とも限らないので注意が必要だ。


 俺は不労のアンデッドなのでいつまでも走り続けることができるが、システィはただの人間。それも後衛職の魔法使いだ。体力はそれほど多くないので、いつかは追いつかれて……。


「……おい」


「何い!?」


 俺が一言呼びかけると、システィの余裕がないような声が返ってくる。


「お前全然速く走れるじゃねえか。牛釣りの時は速く走れないとか、体力がないとかほざいていた癖にどういうことだ?」


「……今はそんな事どうでもいいでしょ!?」


 この野郎! 今まで楽してやがったな。


「よくねえよ! 全然走れるじゃねえか! そんなに余裕があるなら走りながらオーガキングに魔法の一つでもぶち込めよ!」


「なっ! 移動しながらの魔法は難しいのよ!? それに魔法使いはいざという時のために体力と魔力を温存しておくものなの。余裕を残しておいて当たり前よ」


 コイツ! 開き直りやがって! いっちょまえに自分を魔法使いだと言っているのが腹立つ。


 ちょっと、アンデッドの力を全開にして引き離してやろうか。大剣が少し重くて走りにくいけど、まだスピードは上がるぞ。


 密かにスピードを上げると、目ざとく気付いたシスティが俺のマントをグッと掴む。


「ちょ、ちょっとデューク、なに先に逃げてんのよ!? 待ちなさい!」


「やめろ! 離せ! 俺はただ走っているだけだ。マントを掴むな! 俺のマントは大事な物だから掴むなって! 自分の大事なケープは掴まれたらキレるのに、人の大事なマントは掴むんですか!?」


「うるさいわね。本当に大事なら牛釣りなんかで使ったりしないでーーヒイッ!? 枝が飛んできた!」


 俺達が無駄にもみ合っていると、オーガキングが棍棒で枝をへし折ってこちらにまで飛ばしてきた。


 何て賢しい奴だ。


「……ちょっと、ハア……ハア……もう息切れしそうなんですけど」


「魔法使いはいざという時のために体力を温存しているんだろ? どうせまだいけるんだろ?」


 隣で息を荒げるシスティに俺は問いかける。


 チラリとシスティを確認すれば、死んだような目で首を振っていた。


 あっ、これガチで息切れしている奴だわ。


 牛釣りの時とは違って本当に余裕がない表情だ。


 ……どうする? システィを俺が抱えて逃げるか?


 そんな考えが過ぎった瞬間、前方から眩しい光と丘陵地帯が見えた。


 広いあそこなら俺達二人で戦えるはずだ。


「おい! もうすぐ丘陵地帯だ! そこで一旦俺がオーガキングを食い止めるから、そこまで頑張れ!」


 俺の言葉を聞いてシスティが微かに頷く。


 ここで俺を引き離す勢いで全力疾走したら、ぶん殴るところだ。


「ハア……ハア……」


 とシスティの空気を求める荒い呼吸が聞こえる。


 頬は上気して、額からはたらりと汗が流れている。


 隣でひょうひょうと走っている俺が、少し申し訳なく感じてしまう。


 だけど、ここを抜ければ俺の出番だ……! 疲れを知らない俺ならすぐに動ける。一般人なら実力的にも無理な話だが、デュラハンとしての身体能力があれば……!


「ゴアアアアアアアアアッ!」


 チラリと後方を確認すると、オーガキングが苛立った声を上げている。


 ……本当にあれと戦うの? できればシスティさんには早く体力を回復してもらいたい。


 そんな事を思いながら、俺達は森の出口を抜けた。


本日も二回更新できたら……

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