緊急クエスト
そんな俺の祈りが伝わることなく、翌日ギルド内では。
「本日、南の森にて強力な魔物が暴れた形跡がありました。緊急クエストを発注しますので冒険者の方々は調査に赴き、発見次第討伐をお願いします!」
受付嬢が声を張り上げて、緊急クエストを発注していた。
お陰で朝からギルド内は受付嬢や職員、冒険者達が忙しく走り回り、朝から騒がしいものとなっていた。
くそ! 俺が昨日、フラグが立つような事を祈ったからなのか!? 次の日に早速緊急クエストなんて発注されやがって。
「どうやら強力な魔物が森に現れていたせいで、弱い魔物達が森から逃げていたみたいね。……牛釣りのせいじゃなくて本当に安心したわ」
隣にいるシスティが、昨日の俺のように胸を撫で下ろす。
というか、ギルドはどうして今日になってわかったんだ? 南の森って言えば昨日俺が紫炎と通り抜けた森だが、強力な魔物らしい気配はなかったのだが……。
むしろ、ブラックウルフが現れた東の森付近の方が怪しいんじゃないか?
俺は声を張り上げる黒髪の受付嬢へと近付き尋ねる。
「南の森で何かあったのか?」
「はい。実は今朝、南方面からやってきた商隊が森を通る際に大量の魔物の死骸を見つけたそうです。多くの魔物が酷い状態で死んでいたので、そこに強力な魔物がいるのではないかとギルドは判断いたしました」
何だって!? それってもしかして、俺が紫炎と駆け抜ける際に斬り倒した魔物達じゃないだろうな!?
てことはこの騒ぎは俺のせいで起きているのか!?
「……そんな危ない魔物が近くにいたのね。……危なかった」
隣で神妙な顔つきでボソボソと呟くシスティ。
システィが魔法を練習していた場所と近かったものな。原因となる魔物は俺だけど。
しかも、本当に魔物の仕業っていうところが質悪い。
いや、しかし綺麗に大剣で切断してやった魔物が多いんだが。
「大半の死骸は魔物に食べられていたのでよくわかりませんが、鋭利な爪、または誰かから奪った剣を扱っている可能性もあります。相手はオークキングやオーガキングかもしれません。討伐に向かう際はお気をつけください」
受付嬢さんはぺこりと頭を下げて、話はこれで終わりですとばかりに貼り紙の一枚を俺に渡してカウンターへと引っ込んでいった。
どうやら俺のように冒険者達がひっきりなしに尋ねてきて忙しいようだ。
な、なるほど。そりゃ魔物の死骸を一晩も放置すれば他の魔物に食べられますよね。
それに武器を扱う魔物って可能性もあるし。
めちゃくちゃ、危険な魔物だと推測されちゃっているよ。
……ど、どうしよう。
それに昨日取ってきた魔物の素材とか迂闊に売れないじゃん。
「ちょっとデューク、ボーっとしてないで私にも紙を見せてよ」
立ち尽くしている俺の手元からクエストの内容が書かれているであろう、貼り紙をひったくるシスティ。
呆然としていた俺も何とか意識をこちらに戻し、クエストの内容を読み込む。
『森に現れた凶暴な魔物の調査及び討伐。討伐した方には二百万キュルツ以上をお支払いします。*額は魔物の個体によって変動あり』
「二百万キュルツ以上よ! デューク! これなら借金も全部返せるじゃない!」
興奮した面持ちでパシパシと俺の腕を叩くシスティ。
つまり、俺を差し出せば二百万キュルツ以上のお金が手に入ると。笑えねえ。
「そ、そうだな。まあ、本当にいるかも怪しいけどな」
「どうしたの? 最近はずっとお金お金と言っていたのに、あんまり乗り気じゃなさそうね? デュークなら嬉々として討伐に向かうと思っていたのだけど。もしかして凶暴な魔物が出るかもしれないからビビったの? でも、安心しなさい。今日の私は昨日までの私とは違うのよ?」
と、自信ありげに言うシスティ。
こいつ、昨日ライトニングを二発的に当てただけで調子に乗りやがって。
それだけで自信が得られるシスティの能天気さが羨ましい。
実際の魔物は動いて襲ってくるという事を忘れているのだろうか。
◆
やけに自信満々のシスティを伴い、俺は結局昨日の森へとやってきていた。
俺達以外にも多くの屈強な冒険者達が、目のくらむ額のお金に惹かれて元気よく魔物を探している。
こんなに大勢で戦ったら結局は取り分が少なくなるんだろうけどな。
「さあ、騒ぎの原因となった魔物を探すわよ!」
意気揚々と杖を振って歩くシスティ。
昨日の特訓のお陰と、周りに多くの冒険者がいるせいか大分気が強くなっているご様子だ。
俺としては、前にしゃしゃり出て他の冒険者に魔法を当てないか心配でならない。
そう思っていたのは杞憂だった。
システィの声を確認した冒険者達がチラリとこちらを確認すると、そろそろと離れていくのだ。
外道魔法使いの噂を知っているのであろう。
味方ごと魔物を屠る魔法使いだと。戦闘になれば魔物ごと魔法をぶつけられると思っているのだろう。
「何だか周りの冒険者が散開していくわね? 私達もついていく?」
そんな事も知らずに首を傾げるシスティ。
それを聞いてジリジリと離れていく冒険者達の身体がビクリと跳ねる。
「……いや、俺達はこのまま真っすぐに行こう」
「わかったわ」
俺達の会話を聞いてホッとした様子の冒険者達。それからそそくさと退避するように離れていった。
多くの冒険者が森に入っているせいか、俺達は魔物と戦闘になることなく進む。
酷い状態で転がっている魔物を見かけると、その度にヒヤッとしたが、俺の大剣で斬られたのかわからないくらいボロボロだった為に安心した。
他の冒険者達はシスティと遭遇してヒヤッとしているようだった。
そんな感じで大した戦闘も、原因となる魔物も発見されず数時間が過ぎた。
「凶暴な魔物いないわねー。これだけ冒険者が森に入って来れば出てくるはずなんだけれど」
システィが手近にある石に腰を下ろす。
杖を支えにしてしなだれかかる様子を見るに、歩き疲れたようだ。
俺だっていないと分かっている魔物をわざわざ探すのは精神的に疲れる。
「確かにいないな。もうこの森にはいないんじゃないか?」
「そうねえ。他の冒険者もそう判断して南の森から近い場所を探策しているみたいよ。私達もどこか他の場所を探してみる?」
「なら、東の森に行ってみるか?」
「東の森? 王様ペンギンの時にブラックウルフが出てきた森よね?」
俺の提案にシスティが顔を上げて怪訝そうな表情をする。
「ああ、俺はここよりもあっちの方が怪しいと思っている」
だって、こっちってば俺が暴れただけで凶暴な魔物なんていないし。
あっちの方だって前々から予期せぬ魔物と遭遇することがあるって言っていたし。
「確かにあそこも怪しいけど、こっちの森の方が遥かに怪しいわよ? あれだけ魔物が無残に倒されているのだから」
「でも、いくら探してもいないじゃないか」
どうせ、目的の魔物を探すのならいないと分かっている場所よりも、いそうな場所を探したい。
それからシスティは少し考え込むと。
「うーん。わかったわ。ちょっと距離が離れているけど東の森に行ってみましょう」




