逞しいこの世界の人々
倒した魔物の素材を出来る限り回収しながら戻っていると、結構遅い時間帯になってしまった。
門が閉められる寸前に俺はダッシュで王都へと滑りこむことができた。
しかし、城門を守る衛兵さんには、こんな遅くまで何をやっていたんだと怒られてしまった。
王都は別に城砦や要塞都市でもないので、城門は簡単に開け閉めできる。
夜になると街に入れないという事はないのだが、もう少しで門を閉めるところだったらしい。
簡単に開け閉めできるとはいえ、それは城砦や要塞都市に比べてというわけで、それなりに労力がいるのだ。
夜の危険喚起をしているようだったが、本心では特別な用事以外で門を開けさせないで欲しいという事だろう。
俺は衛兵達の言葉を聞き流し、適当にペコペコして王都へと戻った。
深夜近い時間まで適当に宿屋で過ごした俺は、昨日と同じ広場へと来ていた。
「あ、マカロン! お友達がきたわよ」
「本当だな。マカロンはどこだ?」
一人の女性衛兵が俺を目にして声を上げると、他の衛兵達も便乗するようにマカロン、マカロンと連呼して視線を向ける。
あいつってば随分と人気者じゃないか。
こちらが探さなくても発見できるのは便利なことである。
俺は皆の視線に晒されているマカロンの方へと歩み寄り、軽く手を上げた。
「よお! マカロン元気か?」
「……お前のせいでどこに行ってもマカロンと呼ばれる」
気さくに声をかけたと言うのに、マカロンから恨めしげな視線を向けられてしまった。
「街を歩いていると屋台の人に、花屋に、飯屋に、面識のない衛兵に……」
沈んだ表情をしながら呟くマカロン。
たった一日でそこまで広がるだなんて……。ここにいる衛兵達が皆して広めたんだな。
何ていい同僚たちなんだ。
俺がマカロンから視線を外して、そこらにいる衛兵達を見ると実にいい笑顔とグッジョブをもらった。
俺もそれに対してグッジョブを返す。ここの衛兵達はとてもノリが良くて、わかっていらっしゃる。
俺はいい笑顔をする衛兵達から視線を戻して、マカロンの肩に手を置き諭すように言ってやる。
「どこに行っても声をかけてもらえる衛兵だなんて、大変いいことじゃないか。それだけ市民に愛されている証拠だろ?」
「そ、それは確かにそうだな……って、違うぞ! 確かに気さくに声をかけてくれるし、花もくれたし、飯も大盛りにしてくれたが、何か違う気がするぞ!?」
「おうおう、予想以上にからかわれ……愛されているじゃないか」
「今何て言おうとした!?」
俺がマカロンに詰め寄られて大変面倒くさくなった時に、トカレフ隊長がやってきた。
「よーし、デューク! 今日も来たな」
マカロンはトカレフ隊長を前にして背筋を正す。悲しいかな、これが軍人って奴だよ。
それにしてもナイスタイミングです隊長。
「はい、お金がないので!」
あとはそこに、暇なので、楽にお金を貰えるのでという言葉が付くが、賢い俺はそんな事は言わない。
「清々しくダメな事を言うなお前は」
あれ!?
「まあ、冒険者の癖にこんなクエストを受けているのだから当然か。今日もマカロンとデュークがペアだ」
「ええ……はっ! 了解です!」
おい、ええ……とは何だ! 失礼な奴だな。
というか、コイツトカレフ隊長からマカロンと呼ばれても反応しなくなったな。
何だかんだ受け入れているのか。
「んじゃ、マカロン。今日も巡回に行くぞ」
「気安く触るな。それと俺はマカロフだ」
なんて風に今日も巡回をしようとしていた所だが、トカレフ隊長が俺達を呼び止めた。
「おい、お前達は巡回じゃないぞ。城門の警備だ」
◆
トカレフ隊長の命令により、俺とマカロンは城門の上へと来ていた。
何十メートルもある高さから見下ろす景色は、新鮮ではあったがいかんせん警戒する方は丘陵地帯や森だ。
当然景色が変わる事もなく。
「……暇だ」
「うるさい、黙って辺りを警戒しろ。最近は魔物達が不審な動きをしているんだ。何があるかわからんぞ」
「それって、最近森から魔物達がやたらと出てきているやつだよな?」
俺が真っ先に思い浮かべたのは、王様ペンギンを討伐する際に、森からブラックウルフがたくさん現れた時のことだ。
あれってば普通の冒険者なら結構洒落にならないレベルだと思う。
「まあ、冒険者として活動しているからお前も知っているだろう。最近はそこかしこで森にいるはずの魔物が、近くの丘陵地帯や大通りにやってきたりとしている。ここらにやって来たとしても不思議ではない」
黙れとか俺に言いながら丁寧に教えてくれるマカロン。その事を指摘してやると拗ねると思うので、俺はあえて何も言わない。
むしろ立っているだけで暇なので、情報収集も兼ねてさらに尋ねる。
「その魔物達がやってきた理由って?」
「恐らく、森の中に強い個体の魔物が現れたのだろう。こういう事は過去にも何回かあった事だ」
げっ! という事は王様ペンギンがいる辺りの森には強い魔物がいるってわけか?
だから森からブラックウルフが出て来たりしたのか。
うん、きっとそうだ。俺達の牛釣りが魔物達の生態系を壊して乱れているとかじゃないんだ。
マカロンの推測を聞いて、俺は少し胸を撫で下ろす。
「まあ、そうと決まったわけでもないが、今までの経験からその可能性が高いという話だ。まだその強い魔物とやらも見つかっていないのだろう?」
「今日もギルドに顔を出したけど、そんな話は聞いていないな」
チラリと視線を向けてくるマカロンに俺は腕を組んで答える。
予期せぬ魔物との遭遇のせいで冒険者達はいつもより慎重に準備をしてクエストをこなしている。時にはパーティーメンバーを増やしてクエストを受けたり、ときにはアイテムを買い込んで入念に準備をしたり。正確な情報が回るまで討伐クエストを受けない者と様々だ。
皆して原因となる情報を探しているが、未だに情報は掴めていないのだ。
「もし、強力な魔物がいたとしたら、早く退治されて欲しいな……」
「何を言ってるんだ? その時は冒険者であるお前の出番だろ?」
何気なく呟いた俺の言葉に、マカロンが突っ込む。
……あっ、そういえば俺ってば冒険者だった。
そういう時はデュラハンが見つかった時のように、緊急クエストが発注されるのか。
「今までそういう緊急クエストみたいなのが発注された事ってあるのか?」
「ゴブリンキングが統率するゴブリンの大群。オークキング、女王アリ、キングバッファロー、などの上位個体から異常種、アンデッドの大量発生の討伐と、たくさんあるぞ?」
「……ま、まじですか……」
何だか突っ込みを入れたい魔物や、聞いたことのある定番な魔物の名前が出てきたな。
そんな奴等に襲われてよく人類ってば生きているな。
この世界の住人は随分と逞しいようだ。いや、冒険者が逞しいのか。
「その時はマカロンも一緒に……」
「俺は衛兵だからな。打って出る事はないぞ。それと俺はマカロフだ」
俺がすがるように声を出したが、マカロンはきっぱりと断りやがった。
ケッ、衛兵の癖に内地でヌクヌクとしやがってからに。
とにかく、今はそんな強大な魔物が現れない事を祈るばかりだ。




