でたらめ者同士
「結局一発も当たってないじゃないかお前」
先程と同じようにペンギンを倒した俺は、ペンギンの上で座りながらシスティを見下ろす。
「うう、こんなはずじゃないのに」
システィはちょっと涙目になりながら、杖を支えにして座り込んでいた。
これまでは悪運が強かったお陰でかろうじて活躍できたシスティだが、今回はそうはいかなかったらしい。
まあ、今回の成果がいつも通りのシスティであって、これまでが運が良すぎただけだろう。
「まあ、いいや。ところでこのペンギンには売れる素材があるのか? 毛か? 嘴か?」
「ああ、それなら――」
ペンギンの素材を剥ぎ取りをしようとした瞬間、森の方から遠吠えのようなものが聞こえた。
突然の声に俺達は弾けるようにして森の方へと視線をやる。
「……この遠吠え聞いたことがあるんだが」
「……ブラックウルフね」
えー、王都に来る前にも襲われたし、あいつらってばどこにでもいるんだなー。
嫌だなー、とか思いつつ俺はフワフワとしたペンギンのお腹から飛び降りる。
「ブラックウルフがあの森から出て、丘陵地帯に出て来る事はほとんどないはずなんだけれど……」
システィがそんなフラグみたいな事を言った瞬間、ブラックウルフがぞろぞろと森から出てきた。
「もう! システィがフラグみたいなこと言うから本当に出てきただろうが!」
「ええええ!? そんな事言われても。というかフラグって何よ?」
俺達がそういう間にもブラックウルフ達はこちらへと向かってくる。
距離は結構開いているが、このままだと戦うことになるだろう。
「あいつら明らかにこっちに来てるよな? ペンギンの肉でも狙ってるのか?」
「だけじゃなく、私達も狙ってるのよ」
そうだった。ブラックウルフは執念深い奴等だった。
俺達を確認した以上、ペンギンの肉だけじゃ満足せずにこちらを襲うかもしれない。
他の魔物ならペンギンの肉だけを狙っていくだろうが、こいつらは別だ。
「むしろ、ペンギンの肉は確保できる前提で、先に俺達を襲いそうだな」
森からやってきたブラックウルフは八体。結構多いな。
今回は馬車という足もないし、大勢の人が弓で牽制してくれるわけもない。
前衛であり防御力がクソ高い俺ならともかく、魔法の当たらないシスティでは危ないかもしれない。
だって魔法が当たらないしな。
「おい、システィ。一体か二体そっちに行っても大丈夫か?」
最悪無理そうならば、システィだけを逃がして俺が盾になるという方法もある。
とりあえず噛ませれば、あいつらの動きは止められるだろうしな。
「平気よ。私だって短剣を持っているし、少しだけど武術をかじっているもの。一体や二体ならさばいてみせるわ」
心配無用とばかりに短剣の鞘を叩くシスティ。
「まあ、魔法が当たらないシスティだから、接近戦の鍛錬を積まないと死ぬものな」
「うるさいわよ!」
俺がボソッと言ってやると、システィが顔を真っ赤にして怒鳴った。
案外あの短剣一つで今まで戦い抜いてきたりしたのかもしれない。
「ブラックウルフなんて私の魔法で蹴散らしてやるんだから! 見てなさい!」
威勢よく言いながらシスティは杖を構えて前に出だした。
そして、いつも通り詠唱をして、杖を疾走するブラックウルフへと向ける。
「『ファイヤーボール』ッ!」
杖の先端から勢いよく火球が生み出され、それはこちらへと真っすぐ走ってくるブラックウルフの群れの所に着弾。
「……綺麗に誰もいない所を撃ち抜いたな」
あれだけ密集しているというのに、一体にも傷つけることなく着弾させるのはある意味凄いことだと思う。
「い、今のはウォーミングアップよ!」
お前さっきからペンギンに何発も魔法使ってたじゃないか。長いウォーミングアップだな。
「いいけど、今の攻撃でブラックウルフが警戒して蛇行するように走り出したぞ?」
密集していた八体のブラックウルフは先程の魔法を警戒してか、直線的に走るのではなく蛇行するように走り出したのだ。
これではシスティの魔法がますます当てにくくなるんじゃ……。
「『ファイヤーボール』ッ! 『ファイヤーボール』ッ!」
俺がそんな心配をするのをよそに、システィは次の魔法を放っていた。
いや、確かに迫って来るブラックウルフの数を減らすには、少しでも魔法を多く放つことが正しいんだけどね? ちょっとは忠告を聞いてくれてもいいじゃないか。
俺が不満に思いながら、火球の行く末を見守っていると、何と火球が二発ともブラックウルフに命中した。
爆炎が二体のブラックウルフの身を焦がし倒れる。
「……えっ? ……当たった?」
「当たっただと!? あり得ねえ!」
「あり得ないは言い過ぎよ!」
これでブラックウルフは六体。結構距離が縮まりプレッシャーも高まる。
その間にもシスティはファイヤーボールを放ち続ける。
その度にブラックウルフが一体、また一体と地に沈んでいく。まるで正確に狙っているかのように、吸い込まれるが如し。
俺はその光景を見る度に戦慄を感じた。
あのシスティが魔法で魔物をドンドンと沈めていくだと!? あり得ない。
そんな……そんなの、本当に魔法使いみたいじゃないか。
「本当に吸い込まれるが如し、ブラックウルフへと……ん? ……あれ?」
回避した先に吸い込まれるように火球が直撃する……? あんなランダムな動きをどうやって予測しているんだ? システィにそんな力があるはずがないし……。
何かを見逃している気がしたので、俺はじーっと発射される火球を眺める。
最初は感動にも似た面持ちで見守っていたのだが、火球の動きを見ているとそれは違うという事がわかった。
そう、火球がブラックウルフに吸い込まれるようにして当たっているのではなく、ブラックウルフが火球へと当たりにいっているのだ。
もともと出鱈目な方向に飛んでいった火球が、出鱈目に避けたブラックウルフに当たっただけのこと。ただそれだけ。
出鱈目同士がかみ合っただけなのである。
それからの俺は仕掛けのわかった手品の如く、冷めた目でブラックウルフが地に崩れていくのを眺めた。
◆
「す、凄いわよデューク! 私こんなに魔法が当たったの初めてなんだけど!」
自分でも信じられないとばかりに、嬉しそうに俺の腕をバシバシと叩くシスティ。
もうその浮かれっぷりは凄いもので、ハッキリ言ってうっとうしい。
魔法使いが魔法を当てたことで、ここまで喜ぶのはどうなのか……。
戦果を言えば、システィが接近するまでに六体のブラックウルフを仕留めたことになる。
そして近付いてきた二体のブラックウルフを、俺が楽々と大剣でスライスしてやった。
最初に八体と遭遇したのに、これだけ楽に勝つことができたのは間違いなくシスティのお陰である。
まあ、タネがわからなければ俺も一緒に喜んでやったのだが、今では到底できない事だ。
間違った能力を実力だと勘違いすると痛い目にあうからな。悪運が強い子なので、そこらへんはしっかりとパートナーである俺が教えてやらねばならない。
調子に乗って難しいクエストを受けようとか言われても困るし。
「私ってばブラックウルフと相性がいいのかしら?」
出鱈目具合は一緒だと思う。
「そうかもな」
「ねえ、デュークってばどうしてそんなに冷めてるの? 私が魔法を当てて、大活躍したんだからもっと褒めてくれてもいいじゃない」
俺がシスティの言葉を適当に流してブラックウルフの素材を剥ぎ取っていると、システィが唇を尖らせて不満そうに言う。
そんなシスティに対して、俺は毅然とした態度で言ってやる。
「……システィ、ブラックウルフの活躍についてはノーカンだ」
「何でよ! ちゃんと私の魔法が当たったじゃないの!? 接近してくるまでに六体も倒したのよ!? どう考えても私の活躍じゃないの!」
「じゃあ聞くがお前、本当にブラックウルフを狙って当てたのか?」
いきりたつシスティを諭すように、俺はゆっくりとした口調で尋ねる。
「…………ね、狙ったわよ?」
「嘘つけ! 当たった時は自分でも驚いてただろ!」
横で驚いていた俺以上に間抜けな声を出して驚いていた癖に。
「あ、あれだけ俊敏に動き回るブラックウルフに一回の軌道修正で当たったから驚いただけよ?」
お前にだけは軌道修正とか言ってほしくない。そういうのは、もう少し当てられる人になってから言って欲しい言葉である。
「そう、それだ。あれはシスティのコントロール力によって当たったんじゃない」
「だったら何なのよ?」
眉根を寄せるシスティに俺はきっぱりと言う。
「システィの外れた魔法が、たまたまブラックウルフの回避した所に飛んでいっただけだ。つまりたまたまだ! 決して自分の実力が上がったなどと勘違いしないように!」
「もー! デュークってばどうして私の実力を疑うのよ! あれだけファイヤーボールが当たったっていうのに!」
「よーし、じゃあ今から証明してやる。俺が十メートル離れるからファイヤーボールを当ててみろ。当たったら認めてやるから」
「いいわよ! 今日の私は絶好調なのよ? 十メートル離れたデュークを狙い撃つくらい余裕よ。当たって火傷したって文句言わないでよね?」




