首がどこにもないデュラハン
連続投稿です。
「ああっ!?」
水面を覗き込んだ俺は、驚きのあまり自分の声とも思えない奇声を発した。
何故ならばそこには自分の首といえるものが無かったからである。
髪の毛がないとか、目がないとかそういう事ではない。
首から上のものが何もないのである。
「く、首がねえ……」
俺は水面を覗き込むのをやめて、改めて水面を覗き込む。
そこにはやはり――首がなかった。
「はあ!? 一体どうして!?」
トラックにはねられて死んだと思ったら、全身鎧の姿で森に放置。
そして水面を覗き込めば首がないときた。
わけのわからない事の連続で、俺は鬱憤を晴らすかのように叫んだ。
「な、なぜ首がない……」
確かに俺はトラックにはねられた衝撃で首が飛んでいって死んださ。
だから首がない存在になったってか?
もしこれが神様か誰かの仕業による異世界転移だとしたら悪趣味としか言いようがない。
「俺の首をどこにやった!?」
俺の怒気を孕んだ叫び声に、鳥や動物達が驚き去って行く。
辺りには俺の叫び声だけが遅れて響き、静けさのみが残った。
思いっきり叫んで少し落ち着いたので、その場に座り込む。
水面を見ながら自分の顔辺りを探るように腕を振る。しかし、腕は虚しく空を切るだけだ。
俺はため息をつくような声を出して、水面から目を離す。
自分の身体を覆う鎧の下を触ってみても肌というものがない。
鎧そのものが自分の肌という感じだ。
指でなぞってみると確かに感覚もある。それ故に今までの状態に気付かなかったのだが。
全身鎧の騎士のような姿に赤いマント。肌といった人間らしいものは一切なく、極めつけに首がない存在と言えば……。
「……デュラハン」
首なし騎士とも言われる、文字通り首の無い騎士の姿をした魔物。
首の無い馬、死の馬なんて呼ばれるコシュタ・バワーに跨るアンデッドだ。
死を予言する者、または死神のように魂を刈り取る存在と言われたりもする。
ゲームや創作物の世界でも定番のように扱われており、人々の中でも結構な人気を博している。
ゲームをよくやったりするので俺も勿論知っている。というかあまりゲームをやらない人でも、デュラハンと言えば首のない騎士の姿をした化け物だと答えられるのではないか。
本当ならば首が脇に抱えられていたり、手に乗っていたりするのだが、俺の場合はどこにもない。
デュラハンにとって自分の首というのは大事なもののはずなのだが。
もしかして最初にいた場所に転がっていたとか?
いや、ないない。あの場所から離れる前にきちんと周囲を確かめたのだ。
となると、初めから首がなかった?
デュラハンなので首がないのが当然なのだが、初めから手元になかったのか?
となると俺はデュラハンではない別の存在かもしれない。今のところ十中八九デュラハンだが。それ以外に思い当たる存在なんて知らん。
しかし、今のところ俺の存在って人間じゃなくて……。
「魔物じゃないか……」
俺の存在が魔物だとすると、この場所にも、世界にも魔物が存在するという事になる。
いわゆるファンタジー世界だ。
俺が普通の人間の姿をしていたのならば、興奮して喜んでいただろう。
いや、こんな武器もない一人ぼっちな俺が魔物と出会ったら死ぬこと間違いなしだが。
人里を目指していた俺だが、あのまま人間と出会っていたら不味かったのでないだろうか。
ある日、森を歩いていたら魔物であるデュラハンに出会いました。
魔物とはとても凶暴な生き物で人を襲います。
俺なら絶対逃げるね。仲間がいれば皆でリンチにしてやっつける。
「危ねえ、まじ危ねえ!」
魔物の認識がそんな感じであったのならば、討伐されるところだった。
人間としての身体ではなくなった俺だが、背筋が冷える感覚を覚えた。
しかし、不思議な身体である。
首がない、つまり目がないというのにちゃんと視界が見える。
理解に苦しむが、魔物の身体に文句を言ってもしょうがない。
魔物という存在自体がファンタジーなのだ。
ここで考えても答えは出ないし、どうしようもない。
視線としては自分の胸のような位置なのだが、結構身長がデカいので人間の頃の視線とほぼ変わらぬ高さだ。
人間の頃の俺の身長は百七十五センチだった。
そして今の俺の視線は人間でいう鎖骨のあたり。
つまり、首なしで百七十五センチはあるという事だ。
顔の平均サイズ二十三センチちょいを足すと、二メートル近い身長があるということ。
「くそう、これが普通の人間ならば大きなアピールポイントだと言うのに! どうしてデュラハンなんかになったんだ! 勿体ねえ!」
悔しさに打ちひしがれ、拳を握り込む。人間なら女性にモテたかもしれないのに……!
今では何かをする度に筋肉がないのに、どうやって動いてんだとか気になってしまうが、ねじ伏せる。
このまま、ジッとしていてもしょうがない。本当はわけがわからなくて、混乱しているがこれからの事を考えてみようと思う。
さて、これからどうするか。
俺はアンデッドの魔物なので、恐らく水分も食料もいらない。先程からずっと歩きっぱなしだというのに疲れも感じない。睡眠だっていらないだろう。
森を彷徨う身としてはとても便利なのだ。必死になって水を確保したり、食糧を調達する必要もない。もし、この森があまりにも広大な場合なら植物以外にも、虫や動物を食べなければいけないところだった。
文明の利器を使って暮らしていた現代日本人としては、それは辛い事である。
食材を探す途中で、獰猛な魔物や動物に遭遇して殺されてしまう可能性だってあった。
だが、代償に人間味を失ってしまった。
食べ物もお酒も全く必要ない。食べなくても生きていけるのだから。
口や歯といったものも臓器もないので、嗜好品として食べ物を味わうこともできない。
「あー、もう飯も食えねえのか……」
何て言いながら仰向けに倒れ込む。
空は雲一つない青空。大きな鳥が空を舞うように飛んでいる。
「平和だなあ」
何てしばらく仰向けになっていると、背後から茂みが揺れる音が聞こえた。
耳なんかないのに今までどうして聞こえていたんだ、とか思うが魔物の身体に突っ込んでも仕方がない。
今は茂みを揺らした存在に意識を向ける。
そこから現れたのは、灰色の毛皮をまとった一匹のオオカミであった。
「グルルッ」
そいつらは鋭く尖った犬歯を剥き出しにしながら、獰猛な唸り声を上げている。
や、やばい。こいつら人を襲う類の動物か魔物だ。
何で急にやってきたんだ!?
……もしかして、さっき俺が大声を上げたからだろうか?
…………多分それだな。
俺様納得。俺は急いで立ち上がり近くの茂みへと逃げようとするが―――
それを遮るように左右から一匹ずつオオカミが現れた。
何て狡猾な奴! 背後は水面だし完璧に退路を断たれたではないか。
勝負は仕掛ける前から決まっていると聞いた事があるが、まさにその通りだ。
このオオカミたち本当に頭がいいな、おい。
ど、どうする、逃げる場所なんてないぞ。
本当にやばい。例え逃げてもスピードでは勝てないし、あの尖った牙で噛みつかれるに決まっている。
そうやって慌てているうちにもオオカミは得物を包囲するように近寄ってくる。
そして一斉に飛びかかってきた。
「うわああああああッ!?」
戦闘の心得を持っていないし、武器を持っているでもない俺は最後の悪あがきとして、正面から胸元に飛びかかってきたオオカミに力いっぱい拳を突き出した。
視界一杯に広がる口を大きく開けたオオカミの横顔に拳が当たり、そして――オオカミが紙のように吹き飛んだ。
「はっ?」
呆然とした声を出す中、オオカミの犬歯らしきものが宙を舞う。
オオカミの顔は酷いもので、横からハンマーで叩かれたかのように陥没していた。
ピクピクと微かに脚が動いているが、あれでは立ち上がる事もできないであろう。
驚いていた俺だったが、左右の足が何かに挟まれた感触で我に返る。
「うあっ!? 足が噛み砕かれ……ないな?」
俺の左右の足をオオカミが骨を噛み砕こうと、噛みついて動きを止めようとしているのだが、牙が全く突き刺さっていなかった。
オオカミはそれでも何とか牙を突き立てようと、ガジガジと顎を動かしていた。
挟まれている感覚はあるが全く痛くない。
「そうだ! 俺の今の身体は人間ではなく、全身鎧の姿をしたデュラハンだ!」
デュラハンと言えば防御力が高い魔物だ。並みの攻撃では通用しないのは道理。
人間の形をベースとしているので鎧がない場所もあるのだが、ほとんど少ない。
仮にそこに攻撃を食らっても、大したものではないだろう。俺の身体には肌なんていうものはないのだから。
デュラハンの身体はオオカミの牙程度で貫かれるものではないのだ!
いや、本当に助かった。
もう俺はここでオオカミに貪り食われて死んでしまうのかと思った。
先程の凄まじいパンチも魔物であるがゆえの補正なのかもしれない。
というかそうとしか考えられない。
ここはおいおい確かめていこう。
今はとにかく、足に噛みついてきたオオカミが不快だな。
このまま湖に放り投げてもいいのだが、その後に増援を連れてきて襲われたりしたらたまったもんじゃない。
少し犬に似ているので気が引けたが、俺は拳をそれぞれのオオカミの頭に叩き落した。