大剣の勇者デューク
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衛兵と遭遇した翌日。
結構な額のお金が貯まったので俺達は王都の武器屋へと向かっていた。勿論、俺の武器を買うためだ。
商店街が立ち並ぶ大通りでは活気ある声が多く飛び交い、今日も賑わいを見せている。
「……ねえ、何か今日ってばすれ違う衛兵からやけに睨まれている気がするんだけど。気のせいよね?」
そんな活気とは正反対に、システィが不安そうに杖を抱えながら言う。
「気のせいだろ? 別に俺達は何も悪いことしてないし、睨まれる理由がないだろ?」
「そ、そうよね。何も悪い事してないわよね私達。衛兵さん達は今日も悪い人がいないか警戒しているだけで、目つきが鋭いだけ。悪気はないものね」
俺がきっぱりと言うと、システィはホッとしていつも通りの様子に戻った。
「…………」
さっきからすれ違う衛兵達の視線がシスティに突き刺さっている。
ヤバいな。間違いなく昨日の夜に俺が口走った台詞のせいだ。
確か甘いお菓子のような名前をした……マカ……マカロン。
衛兵のマカロンが仲間に言いふらしたのであろう。
それで要注意人物としてシスティはマークされてしまったというわけか。
まあ、俺が昨日あんな事を言わなくても衛兵からマークされるのは時間の問題だと思う。
何しろついた二つ名が外道魔法使いなのだから。
俺が衛兵なら真っ先にそいつの情報を調べ上げてマークする。
そんな通り名がついた奴は絶対にロクな奴じゃないからな。
しかし、自分の身を守るためにシスティを悪役に仕立ててしまった。
でも、何とかして誤魔化さないと詰め所に連行コースだったからな。仕方がなかったんだ。
まあ、本当の事も混ざっているから完璧に嘘ではないな。
嘘と真実を織り交ぜるのが人を騙すコツだと書物にも書いてあったし。
「……外道」
「ん? 外道?」
俺がボソッと通り名の二文字を呟くが、システィは小首を傾げてこちらを見上げるだけだ。
幸いシスティはこの通り、自分の通り名に気付いていない。
こんな不名誉な通り名を知っていたら、こういうキーワードには敏感になるはずだしな。
これなら大きな騒ぎさえ起こさなければ問題なく過ごせそうだな。
「いや、何でもない。早く武器屋に行こうぜ」
商店街通りを抜けた俺達は武器屋へと来ていた。
小さな造りの建物の中にはところ狭しと多くの武器が立ち並んでいる。
壁に立てかけられた剣や斧、短剣、槍。無骨なものから装飾に凝ったものまで様々だ。
恐らく、丁寧に棚の上や中に置かれていたり、壁にきっちりと固定されている武器は高価な武器なのだろう。お店の中で一番目立つように置かれている。
俺は壁に寄って、壁に掛けられている長剣を手に取る。
軽いな。短剣じゃないんだし、もっと重くてもいいだろう。
鞘から抜いて試しに振ってみるとフォンッと空気を裂く音が鳴り、その余波で壁に掛けてある武器が落ちてくる。
「ちょ、ちょっと困るよお客さん! 素振りするなら外でやってくれよ!」
「す、すいません」
ちょっとキレ気味の店員さんに頭を下げて、落ちてきた武器を戻す俺。
壊れたら弁償とか言ってくる人じゃなくて良かった。
「デュークの馬鹿力で素振りなんてしたらそうなるわよ」
向かい側では、槍を手にしたシスティが涙目で言ってくる。
片手で頭を抑えている様子を見るに、壁に立て掛けてあった槍が倒れてきて頭を打ったらしい。
「はは、悪い悪い」
俺が笑いながら謝ると、システィは「はは、じゃないわよもう」とか呟きながら手にした槍を壁に掛けなおす。
それにしても、この長剣は見た目の割に軽いな。実は中身がスカスカだったりするんじゃねえか?
壁に掛けられた値段を見ると、
「百万キュルツ!? こんな武器が!?」
俺の手持ちである八十万キュルツよりも高いじゃないか!? 一体どんな素材で作られてるんだよ。
「こんなとは何だ!? というかそれ両手持ちの長剣なんだが……」
店に客が俺達しかいなくて暇なのか、店員さんが結構反応してくる。
そっと長剣を壁に戻して、店内をうろつく俺。
やはり、デュラハンの俺には普通の武器を振るには重さが足りない。
ここは重量のある大剣一択だな。剥ぎ取り用ナイフはこの間買ったのでいらない。
奥の方へと歩くと、武骨でどっしりとした大剣が壁に掛けられていた。
長さは俺の身長と同じくらいあるのではないだろうか。幅も三十センチくらいはありそうだ。鈍い光を放つそれは結構な重量感を漂わせている。
隣にはあらかた見終わったらしいシスティがいた。
杖はこの武器屋にはないしな。システィが主に買う物は魔道具店の代物だろうし。
俺は無骨な大剣をおもむろに手に取る。
見た目の重量感とは裏腹に、俺の手にはこれでも軽く感じられた。
素振りにならないように持ち上げたりしてみるも変わらない。木の棒でも振っているかのようだ。
「……デュークが大剣を木の棒みたいに持ってるんですけど」
「やけに軽いんだよな。持ってみるか?」
俺が大剣を差し出すと、システィがスッと後ろに下がった。
「私みたいな華奢な魔法使いが大剣なんて持てるわけないじゃない」
何だろう。今のシスティに堂々と魔法使いと言われると腹が立つな。
このまま大剣を押し付けて無理矢理持たせたい衝動に駆られるが、次に騒ぎを起こせば追い出されそうなのでやめておく。
それからお店にある大剣を片っ端から持ってみたり、店の外で素振りをしてみたりしたが、全てダメだった。
「それもダメなのね」
「ああ、軽すぎる。もっと重さがあるやつがいい」
自分の命を預ける武器なので、ここは妥協せずに選びたい。
「店員さんに他の店を紹介してもらったら? もっと重量のある大剣を扱っている武器屋とかあるはずよ」
というシスティの提案通りに店員に聞いてみた。とにかく重量のある大剣が欲しいと。
それで貰った地図に書いてある通りにやってきた場所が、
「……ドワーフ工房。ドワーフが営む武器屋ね。まさか人間の私達がドワーフの武器屋に案内されるなんて」
大通りから離れたこの場所では、あちらこちらで鉄を打つ音が聞こえ、それを遥かに超える野太い男達の怒声や罵声といったものが聞こえていた。
武器屋というよりは鍛冶屋や鉄工所といった方がしっくりくるような感じである。
ここでは鍛冶場と武器屋が隣接しているのだろう。
「おお? 人間か? 珍しいな? ここはドワーフ専門の武器屋だぜ? 一体何しにきたんだ?」
ドワーフ工房の中に入ると、早速一人のドワーフが俺達の方へとやってきた。
システィの胸元ぐらいまでしかない身長で、樽のようにずんぐりとした体型にもじゃっとした髭を生やした男。典型的なドワーフだ。ファンタジー種族だ。
その肩には自分の身長の二倍程あろうハンマーを肩にかけていた。
そう、ドワーフとはその小柄体型には似合わない程のパワーを持つ種族なのだ。
その為、ドワーフ専門の武器にはかなりの重量があり、普通の人間では持ち上げることさえできないのだとか。
いきなりドワーフ専門武器の店に行けって言うなんて、さっきの店員も極端だな。めんどくさかったのだろうか?
「重さのある大剣を探しているんだ。大通りの武器屋を回ったんだが、どれも軽くてな。そしたらここを紹介されたんだ」
俺がここにきた経緯を軽く説明すると、ドワーフは「ほお?」と眉を上げた。
「ちょっとお前さんこれを持ってみな」
ドワーフが肩にかけていたハンマーをずいっと差し出してきた。
俺はそれを片手で受け取り、軽く振ってみる。
「おお、これはある程度重さがあるから使いやすいな! まだ軽いけど」
まだ少し軽いが先程より遥かに振っている感じがある。
『親方のハンマーを片手で持つなんて……』
『同じドワーフ? 化け物か?』
「ま、まさか人間が片手で振っちまうとはな。お前、本当に人間か?」
俺がブンブンと振る様子を見て、ドワーフが苦笑いしながら言う。
「に、にに、人間に決まってるだろ!」
「何でそこで慌てるのよ」
いきなり核心ついた事を言ってくるから、ハンマーを落としそうになったじゃないか。
ずっと持っていても邪魔なので、さっさとドワーフにハンマーを返す。
「人間にしちゃあ力持ちすぎるから、もしかしてドワーフの血でも入ってるのかと思ったぞ」
すいません。普通の血すら通っていない鎧の魔物です。
「こんなにスラッとしたドワーフがいるか」
「ちょっと顔貸してもらおうか。ドワーフについてどう思っているのか詳しく聞きてえな」
顔なら俺の方が貸して欲しいくらいだ。なんせこっちはないんだから。
そんなこんなで、ドワーフの男に案内されて向かった先は地下室だった。
どうやら先程いた場所は武器を作る鍛冶場だったらしい。
室内は魔道具らしき橙色の光が仄かに灯っており、並べられた武器を怪しく照らしていた。
「デュークだったか? お前さんが使おうと思っている武器は何だ?」
「大剣だ」
「大剣ならこっちだ。付いて来い」
ドワーフについていくと、意外にこの地下室が広いということがわかった。
奥の方に視線をやるとまだ枝別れしている。どこまであるんだ。
「結構広いんだな」
「ここには武器を作るのが好きな奴ばっかりいやがるからな。保管するのも大変なんだ」
俺の呟いた言葉に、どこか誇らしげに答えるドワーフ。
声が大きいせいでかなり声が響く。
「ここだな」
ドワーフが止まり、灯りをつけていくと壁面にずらりと大剣が横に掛けられていた。
「「おおおおー」」
王都の店よりも遥かに多い武器の数々に圧倒され、思わず声を漏らす俺達。
というか、ドワーフ達作り過ぎだろ。
さて、どれくらいの多さなのだろうと壁に近寄ってみるが、システィは立ち止まったままである。
「どうしたんだ?」
システィも暇なんだ。さっきのように近くで見たりすると思ったのだが。
「いや、これって全部がドワーフ専門の重量武器でしょ? こんなの一つでも倒れてきたら私死んじゃうわよ。私はここにいるから早く決めてね」
と、少し青い顔をするシスティ。
まあ、ここに掛かっているのは百キロ以上ある武器ばかりだろうしな。寄りかかってきた時点で死ねる。
「さっきのハンマーくらいの重さの大剣ってあるか? できればハンマーより重いくらいのがいいんだけれど」
「俺のハンマーより重いのつったら大分少ないぞ? ドワーフでも持てなくなるからな」
「おい、お前はそんな重いものを挨拶代わりに持たせてきたのか!? 何も知らない、普通の力自慢だったら重さに耐えきれなくて死ぬじゃないか!?」
「いやー、よくいる調子に乗った力自慢の人間かと思ってな。手っ取り早く追い返せると思ったんだ。まあ、その時は圧死する前に助けてやるから大丈夫だ」
がははと笑うドワーフ。一体何人の力自慢が犠牲になったのやら。
「しっかし、あのハンマーより重い大剣かぁー……そんなのバカみたいに重いヤツしか……ん? おお、あったな! とびっきり重いネタ……大剣が!」
「おい、今ネタ武器って言おうとしただろ」
「こっちだ! 付いて来い」
このドワーフ無視しやがった。
それからさらに奥へと移動すると、開けた一室へとやってきた。
もはや、ドワーフなしでは地上へと戻れる気はしない。いや、まあ通って来た場所には灯りがついてるから大丈夫だけどね。それに俺はアンデッドだから暗視だってできるし。
「こいつだ!」
ドワーフが灯りをつけて、中央に鎮座する物に被せてあった布を取った。
すると、そこには台座に突き刺さる大剣があった。
何だこれ? 選ばれし勇者が引き抜く聖剣みたいだなおい。
「アダマンタイト製の特別武器だ! アダマンタイトが大量に手に入った時、酒の勢いで作った奴だ。重すぎて一人では誰も持てん。だから、こうして酒の余興で力自慢が引き抜こうとして競う道具になっている」
「バカだなお前ら」
「うっさいわい!」
俺の率直な感想にドワーフが唾を飛ばさんばかりに叫んだ。ちょっと、ここ地下室だから音が反響するのでうるさい。
「だけど、まあこういう遊び心は嫌いじゃないな。持てないからといって武器庫に放置するんじゃなく、台座にも拘って遊んでいるところが好感を持てる」
「おお、お前さんわかってるじゃねえか。お伽話で英雄が引き抜いたっつう剣をモデルにして作ってんだよ。実は台座に彫ってある模様や文字にも拘りがあってだな……」
「いいから早く持ってみなさいよ」
俺達が熱く語り合っている中、水を差すシスティの言葉。
俺達は互いに見つめ合って、大きくため息を吐いた。
「「……これだから女は」」
◆
猛るシスティを宥めて、俺は早速台座へと向かう。
ドワーフが凝りに凝った灯りの角度により、地上から僅かに顔を出した大剣がカッコよく光を反射する。
何とも憎い演出だ。わかってる。
早速俺は大剣の柄へと片手を伸ばし握りしめ、そして力を込めて引き上げる。
台座が底から籠ったような音が鳴り、徐々に刀身が上がってくる。
さすがはアダマンタイトでできたドワーフの大剣。中々の重量があるな。
だが、デュラハンである俺からすればちょうどいいくらいの重さだ。
「お、おお! お前なら抜けるぞ! デューク!」
ドワーフが興奮したような叫び声を上げる。
俺はわかっている男なので、あっさりと引き抜いたりはしない。
少しずつ少しずつ引き抜くように力を込める。
俺の様子を見て、システィが胡散臭いものを見るような目をしているが無視だ。
これは男の浪漫なのだから。
「デューク!」
「わかってる!」
十分に場を盛り上げた。引き抜くべき時は今だ!
手に力を込めて大剣を一気に抜きにかかる。
すると、白銀に輝く刀身がシャランとした音を立てて、地上へと姿を見せた。
しかし、ドワーフの言葉の意味はそれだけではないのだ。
浪漫ある俺は、勢いよく引き抜いた大剣を片手で頭上へと振り上げた。
俺の身長程ある白銀の大剣の切っ先が、魔道具の光にカッコよく照らされる。
それから五秒ほど場に沈黙が訪れ、それから俺達は言葉を漏らした。
「「……完璧だ」」
「…………意味わかんないんだけど」




