衛兵との遭遇
「お待たせしました! AセットとBセットになります」
「はあ!? どういう事だよ姉ちゃん!」
「何でしょう?」
「俺達はAセットとBセット、それぞれ違うセットを頼んだよな!? なのに、きたのは二つともエイギルバッファローのステーキセットじゃねえか!? どうなってるんだよ!?」
クエストを終えて報酬を貰いにギルドへと帰還すると、野次馬冒険者の一人がウエイトレスさんにいちゃもんを付けていた。
「は、はぁ、本日のAセットはライス、Bセットはパンとなっておりますが? メニューにもこの通り、それぞれのセットは料理長の気まぐれによって変わりますと書いておりますが?」
「いつもはメインが変わっていただろうが!? チキンとかさコロッケとかハンバーグとかさ!」
野次馬冒険者がテーブルをバンッと叩いて抗議すると、他の冒険者達も「そうだそうだ!」と文句の声を並べる。
相変わらず、冒険者達はくだらない時に結束力を発揮するようだ。
「誰かさん達が馬鹿みたいにエイギルバッファローの肉を持ってくるから減らないんですよ! 私のせいにしないで下さい!」
ウエイトレスさんがトレーを勢いよくテーブルに叩きつけて叫ぶ。
痛い所を突かれた冒険者達は、先程の文句を言っていた姿が嘘のように大人しくなる。
結束するのは早いが瓦解するのも早いものである。
それを見たウエイトレスは「まだ文句あるの?」という風に鋭い目つきで当たりを睥睨し、反応がないことを確認すると鼻を鳴らして去っていく。
荒くれ者達が集まる酒場のウエイトレスは、これくらいの胆力がなければ務まらないのであろう。
懐の寂しい冒険者達は決まって、冒険者ギルドの酒場でセットメニューを頼む。
冒険者ギルドに併設された酒場である以上、冒険者がギルドへと納品した食材が出てくる事になるのは当然。
だからこそ格安で冒険者は食事ができるのだが……。
「この間の牛釣りでエイギルバッファローの肉の価格が落ちこんだみたいよ。今では一頭の買い取り価格は一万キュルツもないくらいかしら?」
というわけだ。先週だけでも軽く百頭以上のエイギルバッファローの肉が納品されていた。そりゃ、酒場でのセットメニューが牛のステーキになるわけだよ。余って余って仕方がないだろうに。
「まあ、安く牛のステーキが食べられるんだから、いい事じゃないか?」
俺はこの身体だから食べる事もできないので羨ましい限りだ。
ああ、俺も脂がたっぷりのったジューシーな肉が食べたいな。それと一緒に冷えたビールをグイッと……。
「そりゃそうだけど、宿でも日替わりセットを頼んだらエイギルバッファローのステーキが出てくるのよ? いい加減に飽きちゃったわ」
システィがうんざりした様子で言う。
あれだけ大量に納品すれば街中に出回るわな。恐らく安い宿屋はどこもそんな感じだろう。
だから冒険者達も鬱憤が溜まっていたというわけか。
まあ、何というか自業自得だな。
そんなわけで、今ではエイギルバッファローの討伐クエストを受ける者はほとんどいない。
受けても報酬が安い上に、セットメニューがステーキになると分かっているからだ。
受付嬢さんは、これの反動で冒険者達がエイギルバッファローを放置して、気が付けば大量発生する事態にならないか心配だそうだ。
何てフラグな事を口走る受付嬢さんなんだと思った。
そんな事を言ったら、確実にフラグになって牛たちが大量発生しちゃうだろう。
とは言っても、報酬的に美味しくないので、もう少し価格が戻ってきてから少しずつ討伐していく事にしよう。焼石に水かもしれないが。
クエストの報酬を貰った俺達は、そのまま宿へと戻り解散となった。
ここのところ、システィから貰った文字一覧表を使ってこの世界の文字を書けるように練習している俺。
文字自体は不思議と読めるので、あとは書いて書いて覚えまくるだけだった。
夜は書きまくって、本を読んだり寝転んだりする日々。
不眠のお陰か、眠くなることもないので時間はたっぷりとあった。
いくら不眠でも心は人間のせいか、休憩を挟んだり歌ったりダンスをする事もある。
そのせいで、システィに壁を叩かれて怒鳴られたの言うまでもない。
息を潜めて生活する様は、家に居場所がないニートのような生活だと一瞬思った。
そんなこんなで、簡単な日常文字なら書けるようになった俺。
今日の夜も文字の練習に励んでもよいのだが、夜の王都に繰り出してみたくなった。
思ってみれば、食事をする必要がなかったので夜の王都をうろついた事がなかった。
「よし、今日は夜の王都を探検してみるか!」
そんなわけで俺は意気揚々と宿を飛び出した。
日が落ちて闇色に包まれる王都だが、街灯による灯りのお陰で石畳の道は明るく活気に満ちていた。
大きな通りへと出れば多くの者達が肩を組み合って笑っていたり、歌ったりしている。
エルフ、ドワーフ、人間、獣人、多くの種族の者が交じり仲良く、時には喧嘩をして、酒を呑みと思い思いに時間を過ごしていた。
昼の活気と違った騒がしさに物珍しい様子で俺は周囲を観察していく。
昼と夜とではこんなにもイメージが違うんだな。
クエストを終えて帰ってきたばかりなのか、武器を持った冒険者達の姿。
野次馬冒険者達が酔っぱらって、店主に追い出される姿が目に入ったが、関わるとロクな事にならないのでスルーだ。
「街灯の光は確か魔道具によるものだってシスティが言っていたな」
詳しい理屈はわからないが、この世界にはゲームのようなマジックアイテムのような物がたくさんあるのだ。
火を出したり、水を出したりとする物があるのなら、光を放つ物があったり、そういう特性のある鉄鉱石なり魔石なりとあってもおかしくはないな。
何しろここはファンタジー世界なんだから。
見上げると、王城と神殿はひと際強い光の輝きに包まれていた。
王城は暖かみのある色で王都の街並みを照らさんばかりで、あの中では豪華な催し物が行われているのだろうか、という想像が膨らんでしまう。
神殿は灯りの数が少ないものの青白い燐光を放ち、どこか静けさと神聖さを漂わせるような佇まいであった。
神殿の中では何が行われているのか、想像ができないな。
聖女や司祭様とやらが祈りを捧げていたり、掃除でもしたりしているのだろうか。
そんな風に俺は周囲を観察しながら、人混みを掻き分けて歩いていった。
それから夜が更けて深夜。
王都の中心から離れた事もあるが、時間が時間なために人気が少なく辺りは静寂な雰囲気に満ちていた。
どうやら皆眠ってしまったらしい。
まあそれも当然か。今の時刻は午前二時だしな。
先程の騒がしさと明るさが嘘のようだ。
道を照らす街灯の明かりも徐々に失われ、最低限の範囲しか照らされていない。
こういう所は結構効率化されているらしい。あらかじめ照らす街灯を決めているのだろう。
静かになった王都の道を進むと、ガッシャガッシャと俺の鎧の音だけがやけに大きく響く。
「今ならここで紫炎に乗って走ってもバレないんじゃないか? 何てな」
「おい、そこのお前。こんな時間に何をしている?」
そんな冗談を呟いていると、後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、そこには騎士の鎧を着こみ、腰から剣を下げた衛兵であろう男がいた。
王都では一日中、多くの騎士や衛兵が巡回をしているために非常に治安がいいのだ。
道の端で酔っぱらって寝ている男が無事でいられるのもそのお陰だろう。
「……散歩だけど」
あれ、もしかして俺ってば不審者扱いされてる?
深夜に一人道を歩く全身鎧の俺。
……うん、俺が衛兵なら間違いなく声かけるわ。
「嘘をつけ! 今さっき『ここでならバレない』とか言っていただろ」
神経質そうな顔をした衛兵が警戒を露わにして言う。
何て都合の悪い所だけを聞いてくれちゃってんだお前! せめて『何てな』っていうところまで聞いていてほしかった。
タイミングが悪いヤツめ。
「ちょっとした独り言だってば! 俺ってば怪しくないから!」
「じゃあ、ここで何て言っていたか言ってみろ」
「……人のいない今なら大声で叫んだら皆起きるかな? 俺ってば逃げ足が速いからバレないだろうな」
「嘘をつくな。『ここで……走ってもバレないんじゃないか?』と言っていただろ」
「お前全部聞いていたよね? 何でそんな意地悪するの!?」
コイツ、しれっと嘘をつきやがって。お陰で俺の穏便に済ませる作戦がパアじゃないか。
計画通りなら今頃厳重注意を適当に聞き流しているところなのに。
「これ以上は本当に知らん。さっさと言え」
「…………」
ど、どうしよう。
この衛兵ってば本当に嫌な単語だけ聞いている。
下手な嘘をつくと、「怪しい奴め! ひっ捕らえてくれる!」とかになりそうだ。そうなれば、詰め所とかに連れて行かれて兜を取れとか言われそうだ。
というか『ここで……走ってもバレないんじゃないか?』って言われたら、とんでもなく変態的な行動しか思いつかないのだけれど。
しかし、本当のことを言っていても妄言の類とされてしまう。
……この衛兵を気絶させて逃げちゃ駄目だろうか? 上手くいけばこれこそバレないんじゃないか? 多分夢か何かと勘違いしてくれるに違いない。
俺がそんな物騒な事を考えていると、衛兵がとんでもない事を言った。
「どうした? 何も言わないなら『ここでなら裸で走ってもバレないんじゃないか?』という風にして上に報告するが?」
「おい! やめろバカ! そんな事をしたら変態の烙印を押されて、王都から追い出されるだろうが!」
「バカとは何だ! 違うというのなら本当のことをさっさと吐け!」
ついに言えから吐けになったよ。完璧に容疑者扱いだ。
……どうする俺。このままだとこの衛兵にとんでもない変態の烙印を押されてしまうぞ……。
ん? 待てよ? 今は暗闇だし、俺は名乗りすら上げていない。別にこのまま、回れ右して逃げ切ってしまえばバレないんじゃ。
「……少しでも怪しい動きをしてみろ。この笛を吹いて応援を呼んでやるからな。暗闇だが灰色っぽい全身鎧を着ている姿というのはわかっているんだぞ?」
ジリジリと後退すると、俺の思惑に気付いたのか衛兵が首に下げている笛を咥え出した。
どうしてこの衛兵は俺を追い詰めるのがこんなにも上手いのだろうか。
俺ってばデュラハンだから、着替える事もできないんだけれど!? そんなの一瞬でバレるじゃないか。
俺が衛兵を昏倒させるよりも笛を吹く方が速いしなぁ。
というか、夜の散歩をしていただけでとんでもない事になった。
どう言ってここを乗り切るか……言って?
「さあ、吐け!」
最後のとどめとばかりにキツイ声音で衛兵が言う。
それに対して俺は観念したように脱力し、
「俺は冒険者なんだが、とんでもない魔法使いがパーティーにいてな……」
「……?」
「恐ろしい魔法使いなんだ……。人使いが荒くて。俺がちょっと丈夫な全身鎧を着ているからって、魔物と一緒くたに魔法を撃ちこむ奴なんだ」
「き、聞いたことがある。仲間もろとも魔物を葬り去る外道な魔使いがいると……。まさか、お前がそいつの相棒なのか!?」
目を見開き驚く衛兵の言葉に、そうだと言うように俺は頷く。
「ああ、そうなんだ。彼女は何もわからない田舎者の俺に押し付けるように貸しを作って、それを返すように要求してきたんだ。だから、誰もいないここでなら……彼女の悪口を口走ってもバレないんじゃないかな? いいんじゃないかな? って呟いていたんだ……彼女、凄い怖いから」
「お、おお! そうか! それは済まなかったな。疑って悪かった。お前も苦労していたんだな。俺達衛兵は事件が起こらない限り行動はできないが、何か証拠を持ってくるなり、事件が起こったりしたら真っ先に頼れよ? 普段は詰め所にいるから、俺の名であるマカロフの名を出せばいい」
しまいには涙ぐんだ声まで出すと、衛兵が慌てて謝罪してきた。
ちょろい。
「ありがとう……マカロン」
「……マカロフだ」




