今後について
興奮した牛たちは目の前で仲間が転んでいるにも関わらず、赤いマントへと突進をしたせいで大惨事。
同じ巨体の牛が突進してのしかかってくるのだ、いくら頑丈な魔物でもたまらない。興奮していたせいで、牛たちは状況の判断もろくに出来なかったのだろうな。
あれだけいた多くの牛たちは、苦悶に満ちた声を上げて動けずにいた。
恐らく加重による圧死か、脚の骨が折れたりして立てなくなったのであろう。
僅かに残っている牛たちは、赤いマントに気を取られている間に野次馬冒険者が弓で楽々に仕留めた。
すかさずに俺のマントを取り返したが、土だらけになっていた。幸いにして破れているという事はなかったので、問題なく使える。
「よっこらせっ」
足を折って立てなくなった牛たちの首をへし折り、息の根を止めていく。
最初はやたらと暴れるので、上手くいかなかったものだが回数を重ねると段々慣れてきた。
今なら三秒以内にへし折ることができる。
コツはバッと掴んでグイッて感じだ。 俺のマントを射抜いた野次馬冒険者の首もこうしてやりたい。
「ちょっと、デュークがどんどん手馴れた感じになってるんですけど……よく、エイギルバッファローの首を腕力だけで折れるわね」
俺の近くで短剣をずぶりと刺しながらシスティが言う。
俺には短剣で倒すより、こうやって首をへし折ってやった方が早いので短剣は一旦システィに返したというわけだ。
俺からしたら、呻く牛共に容赦なく短剣を突き刺すシスティの方が凄いと思うんだが。
「いいから口より手を動かせ」
俺はそんな事を言いながら、また牛の首をゴキリと。骨が折れる感触がリアルに伝わり、牛の身体から力が抜ける。未だにこの感触には慣れないものだ。
「……おかしいわよ。その力」
システィがぶつぶつと呟く中、向こうの方では野次馬冒険者がご機嫌の様子で牛にとどめを刺していた。
「うっはは! 今日は休みの予定だったけど大漁だな!」
「ああ、これだけ状態のいいエイギルバッファローは高く売れるぞ!」
「今日は宴会だな!」
「しっかし、いい情報が手に入ったぜ。あの赤いマントを付けて走れば簡単にあいつらを誘導できるんだな! これからはバッファロー狩りが流行るぞ!」
と、上機嫌で高笑いする冒険者達。
あいつら、牛たちが足を折って立てないと分かると嬉々としてとどめを刺しに来やがった。
何とずぶとい奴等なんだ。いや、冒険者なのだからこれくらいの方がいいのかもしれない。何しろここは弱肉強食の異世界なのだから。
それにしても見事な手の平返しだった。
『新人冒険者を助けるのは先輩の役目だ』とか笑顔で言ってたよ。
言質は取ったので、その言葉をどこかで利用させてもらうとしよう。
◆
初めてのクエストで二十頭以上の牛を討伐することに成功した俺達。
二十頭以上の牛をギルドの職員、解体屋の協力を得て運び終わると、時刻は既に夕方近くとなっていた。
「私達の初クエストは大成功ね! ほら見て! いきなり三十万キュルツも手に入ったわよ!」
金貨でパンパンになった革袋を嬉々として見せつけてくるシスティ。
戦闘内容はどうかと言われれば大失敗ではあったが、いきなり結構な額の大金が入ってきた。
エイギルバッファローの討伐報酬は一頭につき、三万キュルツ。
しかし、俺達が倒した牛たちは状態が非常に良く、一頭につき四万キュルツで買い取ってもらった。首をへし折っただけだからな、肉の状態もいいだろう。
俺達で十五体。野次馬冒険者達がちゃっかり七体も持っていったので、俺達の取り分は六十万キュルツ。
パーティーなのでそれを均等に割るので、俺達は三十万キュルツを手に入れた事になる。
まあ、どちらが役に立ったかは明白なのだが均等にしている。――だが、
「おい、俺にファイヤーボールを当てた回数掛ける二万キュルツを寄越せ。治療費だ」
これくらいは言ってやらないと気が済まん。
俺が寄越せと言う風に手を出すと、システィが革袋を守るようにして抱いた。
「そ、そんな! 今日の報酬が半分になるじゃないの!?」
「半分じゃなくて半分以下な! お前が俺にファイヤーボールを当てた回数は八回だ!」
「……あれ? 六回じゃないの?」
俺が正確な数を教えてやると、システィがあれっ? という風に首を傾げて指を折り始める。
この野郎! 味方に当ててしまった回数すらも覚えていないのか!
それからシスティは指を折りながら、「あれはノーカンでしょ? いや、それならアレだって……」とか意味不明な事を呟くと、急に目を見開いた。
「というかデュークってば無傷なんだから、治療費なんていらないじゃないの!」
「だからってポンポンポンポン当てていい理由にならないだろうが! 開き直るな」
「ご、ごめんなさい!」
俺が怒りを露わにして叫ぶと、システィが涙目で頭を下げた。
まあ、システィだってわざとではないんだし、俺は頑丈で痛くないんだからいいけどな。
他の奴と組む時は大変だろう。というか仲間が死ぬ。
「まあ、次は当てるなとは言わないが、できるだけ当てる回数を減らしてくれ。それじゃあ、さっさと今日の宿を決めるぞ」
「……う、うん!」
俺がそう言うと、システィがホッとしたような表情をし、それから笑った。
王都の中心にある冒険者ギルドから近い宿は料金が高いので、中心から程なく離れた雑多な商店街の近くにある宿屋に入った。
一週間分の料金を先払いにして、それぞれ個別の小さな部屋をとった。
性別的には俺達が男女というのもあるが、それ以前に人間と魔物なのだから一緒の部屋なんて無理だ。俺なんて夜も眠らないアンデッドなのだ。
夜の時間だって普通に活動する時間帯なのだ。絶対に個室は確保しておきたい。
懐具合が寂しくなると、男性は男性、女性は女性という風に同じ部屋で寝起きしなければいけない事になる。
絶対にそんな事にならないようにしなければ。
不眠である俺にそもそも宿なんて必要なのかと思うかもしれんが、俺にだって自室でゆっくりしたい時もある。
この世界の文字だってわからないので、勉強だってしたい。読書だってしたい。
どうせ夜は何もすることがないので、当面は文字の読み書きだな。
夜の王都を探索するのもいいな。地形を把握しておくのはいい事だ。
安っぽくて、どこか埃の匂いがする六畳くらいの部屋のベッドに俺は転がり込む。
「うーん、村長の家のベッドの方がいい気がする」
もっとも全身鎧の俺には、ベッドが固いせいで腰が痛いという事とは無縁なのだが、できればふかふかのベッドに身を沈めたいものだ。
部屋には机と椅子、小さな棚が一つあるだけだ。お金に余裕ができたら一軒家を買おう。それだけで、俺のリスクはぐんと減る。
「デューク! 晩御飯食べないのー?」
ベッドで寝転びながら今後の事を考えていると、扉からシスティの声がした。
出たな、第一関門。食事問題。
不眠ということは個室さえ手にすれば簡単に誤魔化せる。
しかし、食事はそうはいかない。
特に同じパーティーであるシスティは当然俺と共に行動をするわけで、そうなると食事だって一緒にとることになる。
今日は王都についたばかりで、疲れているからいらない。後で食べると言えば回避できるが明日以降が辛い。
この世界だって朝、昼、夜と三回食事をするのだ。
何か明確な理由がなければ、断る度に怪しまれてしまう。
「あー、俺は一人で食うからいいよ」
「どうして?」
扉越しからシスティの疑問の声が聞こえる。
「あー、俺がずっと兜外していない理由を察してくれると助かる。あまり見せても気持ちのいいものでもないしな」
勿論、嘘だ。いや、確かに首がない魔物であるデュラハンの俺を見ても、気持の良いものではないが。
とにかく、顔に酷い怪我があるという設定だ。
長年連れ添った仲ならともかく、出会ったばかりのシスティが詮索するには重い内容のものだ。
迂闊に聞けば、俺の辛い過去(嘘だが)へと踏み込むことになるのだし。
「そ、そう。ごめんね。今日は一人で食べるわ。それじゃあ、おやすみ」
そのことについては少し予想していたのか、システィは余り狼狽することなく立ち去っていく。
馬車の中でも頑なに兜は脱がなかったしな。食事だって目を離した瞬間にパンを食っただのと誤魔化した。
恐らく、システィは今日のクエストの成功を祝って一緒に食べたかったのだろう。
一緒に喜びを分かち合えないことに、パーティーメンバーに嘘をついている事に罪悪感を覚えたが仕方がないことだった。
だって俺の正体はデュラハンなのだから。
「……それにしても、今日は一人で食べるか……。優しいなシスティは……」




