初めてのクエスト
登録用紙の記入を終えた俺達は、先程と同じ受付嬢の下へと行った。
受付嬢さんはざーっと俺達の登録用紙に目を通して、
「はい、これで冒険者登録は完了です。身分証明となる冒険者カードは、後程お渡しいたしますね」
「えっ! これだけ?」
え? もっとこう、魔力測定とか特別な事とかないの?
期待していたイベントだけに、あまりにもあっさりとしていたので思わず声を出してしまった。
もっとこう、ファンタジーな世界なんだからそういうのあってもいいじゃないか。
「何か問題がございましたか?」
この人は何を言っているのだろうか? というような受付嬢とシスティの表情。
「……いえ、何でもないです」
人間をデュラハンにして引きずり込んだ世界に期待しすぎた。
俺が何でもないと答えると、受付嬢さんは場の空気を変えるかのように咳払いした。
「では、ご存知かと思いますが改めて冒険者について説明しますね。冒険者とはこの世界にいる魔物の討伐を主に生業とする者です。主な仕事は魔物の討伐ですが、荷物の運搬、護衛、採取、掃除といった様々な形式の依頼や雑用といったものまで仕事に含まれています。言わば何でも屋のようなものですね」
ふむふむ、ゲームや小説で聞いたことのある冒険者と同じような感じだな。
俺の予想から大きく離れていないようで良かった。
「私達冒険者ギルドは様々な街や村、国、団体、個人といった方々からの依頼を、この冒険者ギルドのクエストボードにて紹介しているわけです。その代わり報酬から微量にお金を払っていただく事になりますがご了承下さい」
なるほどね。ギルドは仲介役ってことだな。
まあ、冒険者ギルドだって慈善団体じゃないんだから、少しくらいお金を取るよな。
「以上で冒険者の説明は終了となります。また何かあれば私共にお気軽にご相談下さい」
こうして俺とシスティの冒険者登録はあっさりと終わった。
◆
「どわああっ!」
「見て! 今、ファイヤーボールが当たったわよ!」
王都の近くの丘陵地帯では、いくつもの爆炎が上がっていた。
そのほとんどが明後日の方向だったり、俺の真横だったり。太ももに当たったり、腕に当たったり……。
それだというのに、システィは一匹の魔物を仕留めただけで嬉しそうな声を上げていた。
「当たったんじゃねえよ! 群れのところにたまたまファイヤーボールが飛んでいっただけだろ!? それよりも俺に当たってる魔法の方が多いっつうの!」
「何よ! デュークってばまた私の魔法にケチつける気ね!?」
「そんな事はどうでもいいから、早く後ろの牛たちを何とかしてくれ!」
そう、俺は大量の猛牛に追いかけられているのだ。
エイギルバッファロー。
王都の周辺の丘陵地帯に多く生息する魔物。
その姿はバッファローのような姿をしており、凶暴な前に突き出た三本の角で突進してくる危険極まりない牛だ。
すぐに数が増えるのと丘陵地帯が広いために、狩っても狩っても中々減らないのだと。
だからと言って放置しておくと、バカみたいに増殖して通りがかる人や馬車に構わず突進してくるのだそうだ。
食用としても美味しいために、毎日討伐のクエストが張り出されている。
屋台で売り出される串肉は、安くて美味いので人々から人気があるらしい。
突進してくるだけの牛なら余裕だし、巨体ならもしかするとシスティの魔法が当たるかもしれない、と思って引き受けたのだが……。
後ろからやって来る牛が多すぎる!
一頭や二頭ではなく、軽く数十頭はいるのだ。
最初に一頭の牛を見つけたのだが、そこでシスティが「ライトニングで黒焦げにしてやるわ!」とかほざいた。結局外して牛を怒らせただけである。
それから逃げているうちにどんどんと牛が寄って来て数が膨れ上がったのだ。
迎撃しようとしたころには一頭が二頭、二頭が三頭というわけだ。
原因はどうやら俺の背中でなびいている赤いマント。
どうやらこのマントに反応しているらしい。
闘牛などの牛は赤いマントに突撃するので、赤い布に興奮していると思われがちだが違う。
ヒラヒラとなびく布に興奮するので、俺の長いマントが走る度にヒラヒラとなびいているせいで興奮するのだ。
俺しか追いかけてこないのがその証拠だ。
だから俺が牛の大群を引き付けている間に、群れへと魔法をぶち込むように頼んでいるのだが……。
「おい! いい加減に当てろよ! このままじゃ数だけが膨れ上がって大変なことになるだろう!」
「わ、わかってるわよ。こんなはずじゃないのに」
俺が叫ぶと、システィがぶつぶつ言いながら再び詠唱を始める。
「『ファイヤーボール』ッ!」
システィの杖から放たれた魔法は、牛たちの群れのど真ん中へと突き進――むことなく、俺の横っ腹へと一直線に飛んできた。
「……あれ?」
「どわああっ!? お前! 俺に当てろって意味じゃないからな!? 綺麗に俺だけを狙い撃ちしやがって!」
ファイヤーボールが足にでも当たってバランスを崩したりしたら危ないだろ!?
さすがに俺の強靭な身体でも、一トンくらいの体重がありそうな牛の群れに踏み付けられたらヤバい気がする。
そんな思考を巡らせ背筋を凍らせていると、奥の方にギルドで見た冒険者達の姿が目に入った。
『おい、あの魔法使い仲間ごと魔物を打ちぬいているぞ』
『とんでもなく外道な魔法使いだな。というか、鎧の男はどうしてピンピンしてるんだよ』
『意味がわからねえ』
『しっかし、あの赤いマントがあれば、ああやって多くのエイギルバッファローが引きつけられるのか。悪くない作戦だな』
どうやら新人である俺達を見に来ただけらしい。暇な奴等だ。
どうせ見てるだけなら手伝ってくれませんかね?
「ご、ごめん! ライトニングなら当たるから!」
「ライトニングは最初に外しただろ! ブラックウルフの時は偶然だったんだよ!」
「さっきの方が偶然だったのよ!」
システィがムキになって詠唱を始める。
「『ライトニング』ッ!」
杖の先でバチバチと音をたてる紫電が……!
明後日の方向に放たれて土を巻き上げた。
「もういい! 交代だ! お前俺のマントを持って全力で走れ! その間に俺が後ろから一頭ずつ仕留めてやるから」
「ちょ、ちょっと待って! 私はデュークみたいに速く走れないし、無尽蔵な体力もないから! ちょっとこっち来ないで!」
俺はシスティの方へとダッシュで駆け寄る。
身の危険を察知したシスティが、狙ったのか偶然なのかは知らないが野次馬冒険者の方角へと走り出した。
ちょうどいい、そのまま手伝ってもらうか。
一応あいつらだって武装しているし大丈夫だろう。
『なあ、あいつらこっちに来てないか?』
『おい、嘘だろ!?』
『新人の癖に先輩に魔物をなすり付ける気か!?』
『お前らこっち来んなって!』
野次馬冒険者達が慌てながら、こちらに背を向けて走り出す。
失礼な。俺はシスティを追いかけているだけで、断じて先輩たちに魔物をなすり付けようとしているわけではない。システィが先輩たちの方に逃げるから悪いのだ。
こちとら体力無尽蔵のアンデッド。地獄の果てまで追いかけてやるぜ。
『おい、そこの全身鎧の男! そのマントを捨てろ!』
「そ、そうよ! マントを捨てて囮にして、その間に皆で攻撃すればいいじゃない!」
逃げる先輩冒険者の言葉にシスティが便乗する。さりげなく皆と言っているあたり野次馬冒険者を巻き込む気満々だ。つまり、こいつは確信犯だ。
「嫌だ! この赤いマントは俺のお気に入りなんだ! 捨てたら踏まれてボロ雑巾のようになるだろうが!」
デュラハンは赤いマントがあってこそデュラハンなのだ。首が手元にない俺が言えたことではないが。
「そんなもの買いなおせばいいでしょ!」
「ダメだ!」
ワイバーンの熱にも少し耐えた特別製のマントだ。買い替えればいいってものではない。
俺達がそんな事を言っていると、前方の冒険者が立ち止まって弓を構えだした。
とうとう覚悟して戦う気になったのか?
そう思った瞬間、弓から矢が二射放たれて俺の両肩を掠めた。
「お前! 俺を殺す気……あっ!」
それから俺の赤いマントがはらりと肩から外れて、宙を舞った。
それから赤いマントは地面にゆっくりと落ち、そこに興奮した牛の大群が転がりこむようにして突進。
前の仲間が転げようが、構わずに後ろから突進してくるのでとんでもない事になっている。
最早半分の牛が仲間の突進や、体重にやられて立つことができないだろう。
牛達がゴロゴロと転がり自滅している最中、俺の赤いマントがヒラヒラと舞い上がるのが見えた。
「待てええええ! 俺のマントォォ!」
俺は息を荒げてマントへと突進する牛達に、短剣を突き立てた……!




