エルドニアの王都に到着!
ブラックウルフの襲撃を受けて撃退した俺達。
あれから魔物に出会う事がなく、順調に進んだ俺達は無事に王都へとたどり着いた。
馬車から降りて、景色を眺めるとそこには中世ヨーロッパのような街並みが広がっていた。
煙突のある建物がひしめいており、その中を石畳の道が血管のように通っている。
その道を馬車や人力車のようなものが行き交い、多くの人々が商いに精を出して働いていた。
人々の中には騎士だったり、防具に身を包んで大きな大剣を背負った冒険者だったりと様々な者達がいた。
白のローブに丸い銀色の首飾りを着けている人々は、敬虔なるエリアル教徒であろうか。
その教徒が進む方向へと視線をやると白亜の城のような物が建っていた。
「あれがシスティの言っていた神殿か……」
「私も実際に見るのは始めてだわ」
何だ。道中で自信気に話すもんだから見たことがあるのだと思っていた。
神殿にはいくつものフライングバットレスが外側からの支柱として支えており、大きな窓が規則的に並んでいる。
王城と言われてもおかしくないほどに荘厳であるが、緑色の屋根と流れる水が見事に調和しており、いくらか柔らかい雰囲気に見えた。
敬虔な信徒が多いおかげであんなにも立派な神殿が建ったのであろう。
あの建物を見るだけで、エリアル教がどれほどの力を持っているかがわかる。
あそこに俺の天敵である聖女とやらが住んでいるのだな。絶対に近付かないようにしよう。
そう心に決めて視線を巡らせていくと、神殿よりも少し大きな王城が見えた。
いくつもの塔が重なっている集合体にも見える、建物は神殿とは違った威厳ある建物の雰囲気を醸し出していた。
この国は神殿といい王城といい建物が立派だな。
遠くから見ても、これほどの大きさや感動があるのだから近くで見たら、なおさら凄いのであろうな。
ひとしきり王都の街並みを眺めていると、商人のリーダーさんが声をかけてきた。
「また通りかかることがあれば是非護衛を引き受けて下さい! 次は正式に冒険者として雇いますからね!」
商人のリーダーさんが何度も頭を下げて去っていく。
彼らは王都で商品を売りさばいたあと、すぐに近くの村へと移動するらしい。
俺達の仕事ぶりをかなり評価してくれたみたいだが、買被りすぎだ。
特にシスティの魔法なんて運よく当たっただけなのに、道中でかなり褒めちぎっていた。
「さあ、デューク! 早速冒険者ギルドに行って冒険者登録をするわよ!」
お陰でうちのポンコツ魔法使いが完全に調子づいている。
ポニーテールを上機嫌に揺らし、だらしのない表情をしながら軽い足取りで歩いている。
今にもスキップでもしてしまいそうなほどだ。
ファイヤーボールは本当に偶然だったので、褒められても謙虚にしていたシスティ。
だが、ライトニングは本人曰く、「本当にブラックウルフだけを狙った!」との事でこれに関しては上機嫌で賞賛の声を受け入れていた。
しかし、俺はそれを信じられるほどめでたいヤツではない。
あの時、確かに「……あっ、やば」というシスティの素の声を聞いたのだ。
俺の兜の真横を通り抜けた感覚は、今でも鮮明に思い出せる。
てなわけで、俺にはライトニングの魔法も偶然としか思えないのだが、本人は自分の実力が上がったと勘違いしており、魔物との戦闘で試したくてうずうずしているのだ。
「というか冒険者ギルドってどこだ?」
「それならさっきの商人さんに聞いておいたわ。どうやらこのまま道なりに真っすぐに行けば着くらしいわよ」
こういうところは優秀だな。
口に出すと、怒って俺を振り切ったりしそうなので黙ってついて行く。
まあ、その時は適当に人に聞けばいいんだけれど。
活気ある街並みを、お上りの田舎者みたいにキョロキョロと見回しながら進むと、気になる人種がいた。
尖った耳に美しい金髪。さらには獣耳の生えた男に、狐の尻尾を生やしたような女性。
そうファンタジー世界でおなじみのエルフや獣人といった人々が普通に歩いているのだ。
俺は向こうから歩いてくるエルフを指さしながら、おずおずとシスティに尋ねる。
「な、なあ、あれってエルフだよな?」
「そりゃ、そうよ。王都なんだから獣人だってドワーフだっているわよ。失礼だから指さすのは止めなさい」
システィに言われて慌てて指を下げる。
俺が指さした女性のエルフは俺に気付いていたようで、すれ違う間際に不機嫌そうに鼻を鳴らした。
すいません。ついファンタジーな種族を見かけてしまったもので、つい指さしてしまいました。
「あっ、獣人だ……」
今度は目の前から獣人の女性が歩いてきた。
猫のような細長い尻尾をフリフリと振りながら歩いている。
俺はそれに引き寄せられるようにして手を出――
「ちょっとデューク何やってんのよ!?」
手を出したら思いっきりシスティに杖で横っ腹を殴られた。
カンッ! と甲高い鎧の音が響き渡り、周囲の人が何事かとこちらを見てくる。
ちなみにこの程度の打撃全く痛くない。
「何見ず知らずの獣人女性の尻尾を触ろうとしてるわけ? 獣人の尻尾は家族以外は恋人しか触っちゃダメなの!? 子供じゃないんだからセクハラで訴えられるわよ!?」
「なっ、そうだったのか!? ……というか、そんな大事なものなら出さずに仕舞っておけばいいのに……」
「その台詞は多くの女性を敵にまわすわよ」
俺は獣人の女性に頭を下げると、彼女は「気にしないで」と朗らかに笑って去って行った。
うーむ、俺が人間だったら惚れていたかもしれん。
もろ、二足歩行をした犬のような獣人に驚いたりと色々あったが、俺達は茶色い屋根をした冒険者ギルドらしき建物の前にたどり着いた。
「ここが冒険者ギルドね」
システィと二人して扉の前に立ち止まる。
中からは男女様々な楽しげに騒ぐ声と食べ物の匂いらしきものが漂ってきた。
もしかしたら物語でよくあるテンプレのような展開。新入りに絡んでくる冒険者がいるかもしれない。
もし喧嘩とかになったら、今後居心地が悪くなったりして嫌だなあ。
腕っぷしには自信があるけど、相手を怪我させるのマズいし……。
「じゃあ、入るわよ」
俺がそんな風な事を考えていると、システィがあっさりと扉を押し開けていく。
こいつってば結構度胸があるのかもしれない。
システィの後に続くように入ると、奥にあるカウンターが目に入った。
そこでは美人の受付嬢が三人。笑顔で冒険者らの相手をしていた。
どことなく薄暗い室内だが広い造りのようで酒場が併設されている。
そこでは様々な冒険者達が飲み食いしたり、作戦会議のようなことをしていた。
奥には職員用の通路。さらには二階までもがあるようだ。
右手側にはいくつもの羊皮紙は貼り出されており、あそこがクエストを受ける掲示板なんだとわかった。
「それじゃあ、登録をするために列に並びましょうか」
俺達がカウンターへと進むといくつもの視線が飛んでくる。
見慣れない全身鎧の格好をした大男と、容姿の優れた魔法使いのシスティに注目しているのだろう。
俺だって逆の立場だったらどんな新入りが来たのだろう、あの綺麗な子は誰だろうとガン見するからな。
好奇心による視線を無視して列に並んでいると、程なくして俺達の順番が回ってきた。
「はい、今日はどうされました?」
受付の人は落ち着いた雰囲気を持つ黒髪の美人さん。可愛いというよりか綺麗というタイプの女性だ。
カラフルな髪色が多いこの世界で、一番綺麗に黒く染まった髪色をしている。
「今日は冒険者の登録に来ました」
俺が目的を伝えると、受付嬢さんがにっこりと笑って答えてくれる。
「冒険者登録ですね。ありがとうございます。登録手数料として三千キュルツ頂きますが問題ないでしょうか?」
危なかった。老人から遠慮してお金貰ってなかったら登録手数料が払えなかった男という、不名誉な烙印を押されるところだった。
そんなことになったら、絶対に他の冒険者に舐められる。
「はい、ここに」
俺とシスティは革袋から銀色の丸い硬貨を三枚取り出して払う。
ふふ、既に硬貨の仕組みはわかっているのである。
システィに聞くのも恥ずかしかったので、ポダ村で出会った少年から聞いていたのだ。
金色の硬貨が一万キュルツ。銀色のものが千キュルツ、銅色のものが百キュルツ。そして青銅色のものが十キュルツだ。色で分けられていて非常に分かりやすい。
少年にはお礼としてパンをあげた。
「はい、確かに二人分の登録料金六千キュルツ頂きました。では、こちらの紙にお二人の名前と情報をご記入下さい」
受付嬢は銀硬貨六枚を受け取ると、カウンターの下から二枚の紙を差し出してきた。
どうやら、これを書けばいいらしい。
ふと、思ったのだが俺ってばこの世界の文字を読めるのか? 書けるのか?
ふと紙へと視線を落とすと、見た事もない文字が並んでいるのだが、何故か意味はわかった。
この四角だかひし形だかよく分からない文字でも意味は理解できた。
名前とか性別、種族、年齢、得意な事といった自己紹介みたいな事が書かれていた。
どうして俺がこの文字を理解できるのかわからないが書くことはできない。
「……システィ」
「どうしたの? 早く書いちゃいなさいよ?」
「文字は読めるけど……書けない」
「え? デュークってば文字も書けないの!?」
ちょっと声大きい。恥ずかしいからもっとボリューム抑えてくれよ。
俺が頷くような動作をすると、システィはため息をつき、
「そこのテーブルで書いてからまた来ます」
「ええ、構いませんよ」
テーブルへと移動することになった。
システィが俺の代わりに、インクのついた羽ペンをサラサラと動かしていく。
何だそれ。相変わらずただの四角にしか見えねえぞ。
「あっ、おいコラ! 性別は男だっつうの! 女の方に丸をつけようとするな!」
「本当に文字は読めるのね」
コイツ、俺を試したのか。陰湿なやり方を。
そんな事をやりながら、俺が口頭で伝えながらシスティが文字に書き起こしていく。
種族は魔物だけれど、そんな事を言えば周りの冒険者から討伐されてしまうので、勿論人間と言い張った。
「で、得意な武器は?」
「拳と蹴り」
「ふざけないでって言いたいところだけれど、ゴブリンの巣を潰した時の事を考えると冗談とは言えないのよね。本当に剣より拳の方が得意なの?」
「剣なんて全く使えないからな。これから大剣とか試してみるけど」
システィの短剣も取り回しが良くて使いやすいんだけれど、何か違う。
こう、どうせならデュラハンのパワーを生かせる大剣とかがいいと思うんだ。斬るというよりか、重さとパワーで叩き斬る感じの。
今はお金が心許ないが、ある程度貯まったら武器屋で買おうと思ってる。
「そうなの? じゃあ格闘術と大剣って書いとくわね」
それからカリカリと書き進めていくなか、不意にシスティの手が止まった。
「どうしたんだ?」
「……パーティー登録」
「ああ、一緒に活動する仲間のことか」
よくあるギルドの政策って奴だな。こうやって書類を書いている間に、同じ新人が声をかけてパーティーを組ませやすくするという狙いがあるのかもしれないな。
「私達でパーティーを組みましょう!」
俺がそんなことを考えていると、システィが身を乗り出して言ってきた。
「えー?」
「何よ?」
俺の難色を示す言葉に、システィが頬を膨らませる。
システィは物知りで優しい美少女だ。
この世界で出会って何もわからなかった俺に、ひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
一般常識であることでさえも、面倒くさがることなく、俺の事情に踏み込んでくることなくだ。
もし、システィと出会っていなければ兜を被る事などしていなかっただろう。そしてずっとあの村を観察しては、魔物らしく魔の森で寂しく暮らしていただろう。
例えそれが意図して起こしたものでなくても、俺はシスティに感謝している。
できれば、恩返ししてやりたいが……。
「魔法が当たらないしなー」
そう、この魔法使いは魔法が全く当たらないのだ。
確かに俺はゴリゴリの前衛だし、魔法使いが後方に控えていれば安心だ。
だが、その後方の魔法使いが味方の背中を狙う魔法使いだとしたらどうだ? 全く安心できないだろう?
「何よ! ブラックウルフとの戦いを見てなかったの!? 大活躍だったじゃないの!」
システィがテーブルに手をバンッと叩きつけて吠える。
「いや、ばっちし見てたよ聞いてたよ? 俺だってそこにいたし。だからこそじゃん! あの時のライトニングだってたまたまだろ? 『……あっ、やばっ』て聞こえたんだぞ!? 前衛の背中をいつ打ち抜いてくるかわからない、魔法使いに背中を預けられるか!」
「いいじゃないの! どうせデュークってば魔法を食らってもケロッとしているんだし!」
「ああ! コイツ、俺が頑丈だからいくら魔法を当てても大丈夫とか思ってるな!?」
コイツ、開き直りやがって。
「だってその通りじゃないの! 私の本気のファイヤーボールを受けても平気なんだし」
「おい、お前は本気のファイヤーボールを俺に当てたのか?」
「……いえ、嘘よ。まだまだ私の本気はあんなものじゃないわ」
目をフイッと逸らすシスティ。
俺はそのすきに、パーティー欄以外書き終わったであろう紙をひったくり、カウンターへと歩く。
「待ってよ! 私役に立つから! デュークがいればどんな依頼だってこなせる気がするのよ!」
すると、システィが涙目で俺のマントを掴んできた。
この構図どこかで見た覚えがあるぞ。最初に出会った時とは正反対だな。
「ええい、離せ! 俺のマントを引っ張るな! それ以上引っ張ると蹴るぞ! というか周りの冒険者見てるから!」
恩を感じている俺がシスティを無下にできることもなく、結局俺達はこのままパーティーを組む事になった。あと、周りの冒険者達の視線が痛かった。
構図的には少女を見捨てようとする男だもんな。
仕方がない。システィだってそのうちコントロールがつくだろう。コントロールなんてものは数打てば上達するものだ。
そうなれば、いずれは優秀な魔法使いになるだろう。
その時にはこき使いまくって、俺が戦わなくてもいい状態になる。
大丈夫。俺はデュラハンだ。システィの魔法くらい耐えてやればいい。
そう、これは未来の自分への投資なのだ!
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