実はとんでもない魔法使いなんじゃ……
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王都までは馬車で一日半の距離なのだそうだ。俺達は朝早くに出たので、予定が遅れようと一泊するだけで王都に着く計算だ。
「なあ、俺達が行く王都っていうのは具体的にどんなところなんだ?」
ポダ村から馬車を走らせることしばらく。
最初は変わりいく風景を眺めていた俺だが、同じような景色ばかりが続いて飽きたので、ちょうど暇つぶしにいいと思ってシスティに聞いてみた。
「なあに? そんなことも知らないなんて今までどんな田舎に住んでいたのよ? まあ、いいわ。私が教えてあげる」
システィも暇だったのか。ぼーっと外を眺めていた視線をこちらへと戻した。
すいません田舎者で。
「私達が向かってるのは広大な土地と資源を有する大国、エルドニア王国の王都よ。大国の中では食料生産がトップと言われていて、食料の種類が豊富で流通も盛ん。何よりご飯が美味しいわ」
へー、初めて国の名前を聞いたな。勿論俺の知ってる国名じゃないな。
というか、ご飯が美味しい国なのか。
でも、食事不要というか食べられない俺にとってはそんなの全く意味をなさないぞ、おい。
その国ではデュラハンと人間が共生しています、とかない?
「……あとの特徴といったらエリアル教が国教として定められていて敬虔な信徒が多いことかしら。神殿には聖女という美しい神聖魔法使いがいて、国民からの信頼が高いみたいよ? 大きな神殿とか造られているみたいだし」
何か神殿とか聖女とか出てきちゃったよ。
「へー、聖女ね。そんなに凄いのか?」
システィが俺に回復魔法を使おうとした時に、聖女の名前が引き合いに出されていたが一体どんな奴なのだろう?
「そりゃそうよ。何ていったって希少な神聖魔法の使い手なんだから」
「システィの回復魔法とは違うのか?」
「私達、魔法使いが使う回復魔法は小さな傷を治すくらいのことしかできないわ。でも、神聖魔法の回復は違うの。腕が千切れようと、千切れた腕さえあればくっつけることができるし、猛毒だって解毒できるわ。まさに神の御業ね。聖女は女神様の代行体なんじゃないかっていう噂まであるし」
「へ、へえ、そりゃ凄いもんだな」
つまり、回復魔法でダメージを受ける俺が、聖女の神聖魔法を受けたらとんでもない事になるのではないだろうか。
俺ってばアンデッドだし。そういう聖なる属性には弱いんだけれど。
天敵である聖女がいるであろう場所には絶対に近付かないようにしよう。神殿とか絶対に行かない。
そんな事を思っていると、前方の馬車から悲鳴のような声が聞こえた。
「ま、魔物が出たぞ!」
その声に俺とシスティが弾かれるようにして反応。
どうやら見張りをしていた商人が魔物を見つけたらしい。
そうすると、戦闘員として乗せてもらっている俺達は積極的に戦わねばならない。
「全員武装! 慌てないでください! 魔物はどんな奴ですか?」
落ち着きながら指示を出したのは、老人と話していた商人さんのリーダーだ。
指示を聞いて、御者と見張り以外の者が剣や弓、ボウガンといった獲物を手にする。
いや、もう商人さん達だけで勝てるんじゃ。
「ブラックウルフです!」
「ブラックウルフとは厄介な。冒険者のお二人さん。ブラックウルフが出たのでよろしくお願いします!」
商人のリーダーさんに返事を返し、俺達は周りの状況を確認する。
馬車は一定の速度を保って道を走っており、それに並走するように走る四つの影。
全身が真っ黒の毛に覆われたオオカミ型の魔物だ。鼻の頭に角が伸びており、赤い目を興奮したように光らせながら唸り声を上げている。
どうやらこいつらがブラックウルフであるらしい。オオカミ型の魔物って最初に魔の森ではめられてから何か嫌いなんだよな。
デュラハンじゃなければ、俺ってばオオカミに食い殺されていたわけだし。
もう片方は小高い崖のようでこちらからは様子を窺う事ができない。
そっちにも念の為に気を配っておこう。
「おい、システィ。せっかくだから魔法でも飛ばしてみろよ。あんだけ固まってるんだからノーコン魔法使いのお前でも当たるだろ?」
「ちょっとそのノーコン魔法使いって言うのやめてよ! すっごく腹が立つから」
「事実だろうが。俺の横っ腹に当てやがって。違うってんならあのワンコ共に当てて見ろ」
「やってやろうじゃないの!」
俺が挑発すると、システィが意気揚々と杖を振りながら馬車の屋根に登った。意外と身軽な動きだ。運動神経はいいらしい。
ちなみに俺は屋根には登らない。だってあいつの隣に立っていたら、被弾しそうだから。
疾走する馬車の風によって、システィの青いポニーテールが宙に奇跡を描くかのように揺れる。
それからシスティは杖を並走するブラックウルフに向けて、呪文を唱えだした。
おっ、今度は杖を使うんだな。
それからシスティの杖先から火球が出現した。
例の五回に一回が当たると本人がのたまう、ギャンブル魔法である。
しかも昨日よりもサイズが大きい。その分だけコントロールが難しくなるんじゃないのか? 何だか見ているこっちが不安になってきた。
「『ファイヤーボール』ッ!」
俺の不安とは裏腹にシスティの厳かな声が発せられ、火球が――真後ろに飛んでいった。
「……あっ」
「お前の魔法ってどうなってるわけ!?」
俺が突っ込みの声を上げると同時に、火球は後方の崖に着弾。昨日よりも魔力の込められたらしい、火球は大きな爆炎を上げて後方の崖を崩した。
もうちょっと前の崖に当たっていたら、俺達の進路を塞いでいたぞ。
「ギャインッ!?」
その中から聞こえる、悲痛な獣の声。
崩れる岩の中には赤い炎に身を焼かれて、落ちていくブラックウルフの姿が。
「さすがは魔法使い。他のブラックウルフが最初から崖の上にいると気付いていたんですね!? 前方しか見ていなかった我々は上空から降りてくるブラックウルフの餌食になるところでしたよ」
「……へっ? ああ、いえいえ! これくらい当然ですよ!」
商人のリーダーの声に遅れて反応するシスティ。
「……偶然だろ」
「狙ったわ」
俺が屋根によじ登ってそんな事を言うと、即座に否定した。
「嘘つくな」
俺達がそんなやり取りをしている最中、他の商人さんが士気の上がった声を発しながら、近付こうとしてくるブラックウルフに矢を放つ。疾走して揺れる馬車から並走するブラックウルフを当てる事は難しいらしく、結構な数が外れ、避けられる。
それでも一匹の脚に何本か当たったらしく、転がっていき脱落。
残りの二匹が前方の馬車へと接近しようとしていたので、俺は屋根から屋根へと移動。
どうやらブラックウルフは無防備な御者を狙っているらしい。
それに気付いたボウガン持ちの商人が必死に矢を放つ。一匹は額に当たって仕留めたようだが、もう一匹は無傷だ。
「う、うわあああっ!?」
ブラックウルフが跳躍して、御者に噛みつこうと襲いかかる。
そこに俺は左腕を無造作に突っ込む。
御者を遮るかのように伸びてきた俺の腕をブラックウルフは迷わずに牙を突き立てた。
当然デュラハンの籠手を牙が貫通することはない。
獰猛な唸り声を上げて牙を何とか食い込ませようとするブラックウルフに、俺は右ストレートをお見舞いしてやった。
あばら骨が砕ける感触が伝わり、ブラックウルフは口を離してゴミのように吹っ飛んでいく。
「……あっ、ありがとうございます! 腕は大丈夫ですか!?」
「ああ、丈夫な籠手なんで問題ないです」
ヒラヒラとどこにも傷がないと見せると、御者の人は安心したように息を吐いた。
ブラックウルフを退治した俺達は、一旦馬車を停車させた。
商人達は、辺りに他の魔物がいないか警戒をしながら矢を拾い、ブラックウルフの牙や毛皮を剥ぎ取っていた。
多くの矢を消費したんだから、素材くらい取れないと割が合わないと笑顔で言っていた。商人さんって怖いな。
「いや、デュークさんとシスティさんの活躍で助かりました。お二人がいなかったら、犠牲者が出ていたところでした。システィさんの魔法は素晴らしかったですね。崖の上に潜むブラックウルフを見抜いて、ドカンっと!」
「い、いえ、そんな」
魔法の事で褒められたことがないらしい、システィは頬を微かに染めて嬉しそうにしていた。うちのポンコツ魔法使いを褒めるのは止めていただきたい。
調子に乗ってポンポン魔法を放つようになっちゃうだろ。
「デュークさんも身体を張ってまで、うちの仲間を助けてくれるなんて感激でした。彼も非常に感謝していました」
「いえいえ」
感謝されるのも悪くない。そんな事を言われればもっと働きたくなるでは……はっ! これは商人さんの策略だな?
感謝の気持ちを述べることは無料だ。声かかけるだけでやる気が出るなら、安いもんだと会社の上司が言っていた。
やはり、この商人あなどれない。
「う、うわあっ!?」
そんな事を思っていると、男の叫び声が聞こえた。
恐らく矢を回収している男の声。
声の方へと視線をやると、ブラックウルフに男が追いかけられていた。
矢が脚に刺さって血を流している様子を見るに、脚に矢を当てて脱落したかと思われたブラックウルフだ。
あの負傷した状態でここまで追いかけてくるとは、何て執念深いヤツなんだ。
俺が助けにいこうと走り出したが、距離が開いて間に合わない。
「リック! 矢なんて捨てろ!」
混乱の余り、矢を捨てずにいた男が商人のリーダーの声を聞いてブラックウルフに矢を放り投げた。
偶然、矢の尖った剣尻がブラックウルフに当たったらしく、苦悶の声が上がる。
その隙に男は一目散に逃げだす。
これならギリギリ間に合うか? そう思ったところで、後方から声が聞こえた。
「紫電よ 我が杖に宿り 敵を貫け『ライトニング』ッ!」
突き出された杖からバチバチと音が鳴り、一筋の紫電が唸るように駆け抜けた。
その動きは獰猛な大蛇のようにグニャグニャと曲がりながら進み、
「……あっ、やば」
俺の兜の真横を通り抜けた。
危ねえ!? もうすぐで俺の兜が飛んでいくところだったぞ!? それに今、確かに「……あっ、やば」って聞こえたぞ!
というか、このままじゃ男に当たるんじゃ!?
そう思った瞬間、グニャグニャと曲がる紫電は男を避けるようにして回り込み、ブラックウルフへと直撃。
ライトニングに当たったウルフはプスプスと煙を上げて黒焦げになり、地へと沈んだ。
……俺ってばたまに思うんだ。システィってばある意味すごい魔法使いなんじゃないかって。
当の本人へと振り返れば、当たるとは思っていなかったというように間抜けな面を晒している。
シーンと静まり返った空気の、二秒後。男達の歓声が上がった。
「あの魔法使い、射線が確保されていない状況だっていうのに、ライトニングの魔法を曲げて、ブラックウルフだけを狙い撃ったぞ!」
「とんでもねえ魔法使いだ。一歩間違えればリックに当たるっていうのに。……それほどコントロールに自信があるのか」
俺には彼らの純粋な賞賛の声があおりにしか聞こえない。
聞こえないのだが、システィは嬉しそうに頬を緩ませていた。
嫌だなぁ。これからの道中で調子に乗って魔法をポンポン撃ちそうなんだけれど。
今だってほんの数センチ逸れたら、俺が黒焦げになっていたんだぜ?
一発目のファイヤーボールは狙ってないからノーカウントと数えて、次にライトニングの魔法を放ったら高確率で暴走する。
システィは偶然宝くじに当たったようなもので、運をここで使い切ったのである。
それにより、次に魔法が当たるのは前衛である俺だ。
「でも、ライトニングって直進する魔法じゃ……?」
「現に曲がってウルフだけを正確に撃ち抜いたじゃねえか。腕のいい魔法使いなら曲げるるんじゃねえか? 蛇のように唸っていたぞ」
システィの妙技ここに極めりだな。
直進に進む魔法の性質すら歪めてしまうとは、システィの魔法ってば恐ろしい。もう、新魔法だろ。




