プロローグ 何故か全身鎧
新作投稿しました!
デュラハンが主人公のお話です。よろしくお願いします。
「ああ、楽しみだな。早く家に帰ってゲームをやりたい」
俺こと久比無宗介二十四歳は、仕事の帰りに新作のゲームを買い、プレイするのを楽しみにしながら帰路へとついていた。
とはいっても時刻は夜ではない。まだ日が暮れる前の少し明るい時間帯。
道を歩けば公園で遊んでいるらしい子供達の声が聞こえてくるほどだ。
今日は家に帰ってゲームをするために早く仕事を終わらせたんだ。
ゲームのためならばつまらないお仕事も楽勝。最速でこなせば早くプレイすることができるのだ。
明日は土曜日だし徹夜をしても問題はない。
思う存分やりこんでやるぜ。
俺は仕事で金を貰い、アニメやゲーム、ライトノベルといったオタク的な趣味に費やす男だ。
こういう今のような瞬間が俺の幸せだ。
「ゲーム三昧だ!」
テンション高めで歩いている俺だが、きっちりと赤信号を前にして止まる。
ここで浮かれて死んでしまっては元も子もないからな。
俺はそんな間抜けな理由でトラックに轢かれるような男ではないのだ。
遠くからやってくる大きなトラックを見つめながら、俺はふっと鼻を鳴らす。
隣で同じく止まっている親子の視線が痛い。特にお母さん、変質者を見るような目で見ないでもらいたい。
母親の隣にいる少女は歩道だというのにボールを地面について遊んでいた。
危ないのではないだろうか?
もうここは公園じゃないんだぞ?
少女を横目に見ながら俺は、最近の親はなっていないなと思った。
遠くから重苦しい音を立ててやってくるトラックを見つめる。
俺はただただ信号が青に変わるのを待つだけ。
「……あっ……」
そんな微かな声が聞こえると同時に、俺の視界を小さな影が横切った。
何と少女がボールを追いかけて道路へと飛び出したのだ。
ほら言わんこっちゃない! こんな所でボールなんかついて遊んでいるからだ!
心の中でそんな事を叫びながらも、俺の身体は何故だか動いていた。
鳴り響くクラクションと、甲高いブレーキ音が鮮明に聞こえる。時間がない。
道路へと飛び出した俺は少女を抱き上げ、母親の方へと少女を放り投げた。ゲームと一緒に。
母親は尻餅をつきながらも、何とか少女を受け止めていた。
残念ながら俺のゲームは受け止めてもらえなかったが。
ホッとするのも束の間、俺の身体にとてつもない衝撃が襲った。
その衝撃は俺の全身へと駆け巡り、俺の身体を破壊していく。
大切な何かが千切れ、壊れ、飛んでいく。
気付けば俺の視界は逆さになっていた。
「えっ?」
驚愕に染めた母親の表情が真反対に映り込む。
それから俺の視界は急激に変わり、俺の吹き飛ばされた身体へと移る。
そこには首がなかった。血に塗れた身体がボロ雑巾のように飛んでいく。
……ああ、首が吹き飛んだのか。
スローモーションな世界の中で、微かな思考を残した俺の脳は理解した。
俺の頭は吹き飛んだんだって。
それから視界がグルグルと回り、何も把握できることなくして――俺の頭はコンクリートに叩きつけられた。
◆
目が覚めると最初に感じたのは光だった。
枝葉の間から射し込んでくる木洩れ日によって、土にくっきりとした影ができている。
そんな道が奥までずっと続いている。
視界一杯に広がる木々。
何十メートルも高さがある木ばかりで、ジャングルや樹海を思わせるような森だ。
「……意味がわからん」
どうして俺が森の中にいるんだ?
俺は道路に飛び出した少女を助けて、トラックに轢かれた。
その衝撃で頭まで飛んでいって血塗れになって死んだはずだ。
もし、これが病院のベッドの上で見ている夢ならばビックリだ。空気や匂いといったものがリアル過ぎる。
まあ、そんなのあり得ないのだけれど。
頭が飛んでしまったのだから助かるはずもない。即死だし。
他に考えられるとするなら、俺が死んで異世界へときてしまった可能性くらいか?
ネット小説やゲーム、アニメではよくある展開だ。
現代日本で死んでしまった人が、神様にチートな能力を貰い異世界へと転生、転移する。
そして、異世界で無双したりのんびりしたり、事件に巻き込まれたりするやつだ。
俺もオタクの端くれなのだから、そういうものには胸が熱くなる。
現在の俺の立場に当てはめるとしたら異世界転移か。
だって俺ってば赤ん坊じゃない……し?
ふと視線を自分の身体へと向けると、何故か俺の下半身は黒に近い、灰色の何かに包まれていた。
「はっ!?」
一瞬下半身が機械化されてサイボーグかと思ってしまったが……違う。
俺の下半身を包んでいるものは鎧だ。
騎士が装備するような重厚な鎧で肌の露出なんてものは全くない。
足元を見れば後ろには赤色の布が垂れ下がっていた。どうやらマントだ。
同じく自分の胸元や腕、肩を見てみると同じくして鈍い光を放つ、灰色の鎧に包まれていた。
「何で鎧なんか装備してるんだ!?」
身を捻ったり、鎧を叩いてみたりして確かめる。
すると、金属のような音が森の中に響き渡った。
「…………本物っぽいな」
どうやら俺は全身鎧の姿をしているらしい。それもガチガチに防御力が高いやつだ。
何故俺がこんな姿で森の中にいるのか、全くわからない。
もしかしてこれが異世界転移の特典とやらであろうか。
だとすると、何かしら凄い能力があるのかもしれないな。
いや、待て待て。早まるな久比無宗介。
ここが異世界だとまだ決まったわけではない。
この森を抜ければ現代日本の街がありました。何てことがあるかもしれない。
今は情報が足りないな。とにかく人里目指して歩いてみよう。
それから判断だ。
◆
チュンチチチチチと鳴く鳥の声が森に響き渡る。
俺は情報を得るために人里を目指し、道なりにひたすら歩いていた。
周りの景色は大して変わらず、延々と樹木が視界を流れていく。
全身鎧の姿である俺だが足取りは軽い。というか全く重さを感じる事なく、自分の身体の一部のような感覚だ。
ガシャガシャと音が鳴るのがうるさかったが、もう慣れた。
今では全身鎧のコスプレをしている気分で歩く。
歩いても歩いても樹木が広がる道。ときおり見かける植物がどれも異様な形をしている。
樹木に寄生しているような赤いラフレシアのようなもの、紫色の毒々しい色をしたキノコ。
寄生しているラフレシアなんて触角のようなものまで生えており、生き物のように蠢いていた。
触っただけであの触覚に取り込まれて食われる、もしくは溶かされてしまいそうである。
やはり、日本のものとは思えない。
となると外国の樹海にでも飛ばされたとでもいうのか。はたまた異世界か。
面妖な植物の数々を観察しつつ、俺は足を進める。
しばらく進んでいると、開けた湖に着いた。
透き通るような水面には魚や生き物の影があちこちで見える。
倒れた倒木の上では、それらを狙うように佇んでいる色鮮やかな鳥の姿が。
見た事のない動物達もここの水を飲みに、水面へと口をつけている。
今まで見たことのない美しい湖だ。
なのだが、俺には嫌悪感のような感情しか抱けなかった。感覚的にいうと、今にも落ちそうな崖っぷちに立っているような感じだ。
意味が分からない。別に俺はカナヅチなどではないし、湖で昔溺れてトラウマになっているという事も別段ない。
なのに、俺の身体はあっちに行くなと反応している。
ただの深くも何ともない湖に恐れと不快感を抱きながら。
喉の渇きがあるわけではないが、この先いつ水分を摂れるかわからない状況だ。
この森が膨大なまでに広いかもしれない。
いつ人里にたどり着けるかどうか。
ならば渇きを覚えていなくても今のうちに水分を摂取しておく必要がある。
この湖の水は濁っているようでもないので、そのまま飲んでも大丈夫そうだ。
本当はきちんと沸騰させて殺菌してから飲みたいのだが、水を汲む物もないし仕方がない。
湖を恐れる意味のわからない感情を押し殺しながら、俺は草を踏み締めながら水面へと近付く。
一歩一歩近付く事に、逃げ出したい衝動に駆られる。
意味の分からない衝動だ。
身体がこの先に進む事を拒否しているようだ。
付近に凶暴なワニのような獣が潜んでいることでもない。
俺は念入りに周囲を確認してから、恐怖をねじ伏せて水面を覗き込んだ。
全身鎧の姿をした、俺が映っていた。
しかし、そこには首がなかった。