三話 優しいあの子ーTwo Day
その日は私にとって最大のクラス行事である席替えを行う日だった。
好きな人の隣の席になれるように神様に祈ることも少なくなかった。
天国のような日々を過ごせるのか、地獄のような日々を過ごすことになるのか運命の日だと言っても過言ではないほど、待ち望んでいた日。
それもそうだろう。
もしも席替えで隣の席を勝ち取ることができれば、告白しようと思っているからだ。
そんな時、やっと神様が味方してくれたと思った。
ついに隣の席になれたのだ。
(やった…!本当に隣になれるなんて!)
自分の強運に内心でガッツポーズをしながら、上機嫌に机に肘をつく。
おそらく、唇の形は満足げに弧を描いていることだろう。
それほど嬉しいことだった。
「**、よろしくね」
好きな人が隣にいることで恥ずかしさが増し、赤みがさしているであろう頬を隠すように両手を当てて**の方を向いて軽い挨拶をする。
たった14日間の日々を無駄にすることなく過ごすために、必死に好感度を稼いで幸せな未来を掴むために。
これは最初の一歩。まだ私の本当の戦いは始まったばかりだ。
一度だけ瞬きをすると改めて**を見つめる。
すると、優しく微笑み口を開く。
「ん、よろしく、茜沢」
それだけで、今の私には十分だった。
そして思う。
――神様ありがとう
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…………っ!?は、なに……、今の」
夢から醒めて放った言葉はこれだった。
自分の記憶にはないはずの光景だというのに、何故か自分の記憶だと分かる。
その事実がリリアの心を恐怖で支配する。
恐怖に絡めとられそうになった心に平常心を取り戻させるように胸元に手を当て、少し乱れた呼吸を整える。
(こんなの知らないのに…!それに、茜沢って、誰の事…)
泣き叫びそうになるのを抑え、疑問の答えに辿り着きたい探求心のようなものも抑えながらゆっくりと起き上がり、まだ薄暗い外を窓から見遣る。
ランプは消えており、室内も暗いが、朝日が昇る直前といったところだろうか。
いまだ平常心を取り戻せないことに苛立ちながら体育座りになるようにして体を丸め、両手で自身の肩を抱き、静かに呼吸を繰り返す。
しばらくそうしている内にいつの間にか呼吸も落ち着きを取り戻していた。
長い溜息を吐き出しながら、そっと隣のベッドで寝ているはずのシーアの様子を窺う。
だが、深い眠りについているのかこちらの様子にも気づかず、規則的な寝息をたてているだけだった。
さすがに寝ているシーアを起こしてしまっていないか心配したが、杞憂だったらしい。
(そろそろ時間かな)
外の暗さを今一度確認すると、日が昇り始めたのか少しずつ明るくなりはじめていた。
ベッドの上で伸びをすると寝室の床に降り立つ。
軽く布団をまとめると、荷物があるリビングへ向かうために寝室の扉を開ける。
(まだ暗いか…)
寝室よりも窓から光が入りにくいため、まだリビングは暗い。
扉のすぐ隣にあるスイッチを押し電気をつける。
ついたのか確認してから、寝室とリビングを繋げる扉を閉める。
そのまま荷物を置いた場所まで移動し、今日の分の着替えを鞄の中から出していく。
全て出してしまうと、近くにある昨日水を飲んでいたテーブルに無造作に放り投げて並べる。
寝巻用の服を脱いで、出した着替えに袖を通し終えると、外へ出た。
(気持ちいい朝…)
爽やかな風が頬を撫でる。
ときおり森を鳥が通りシンとした静寂を破り、新しい朝が来た事を知らせてくれる。
大きな伸びをして新鮮な空気を吸う。
澄んだ空気に体が浄化されるような心地だ。
「おーい!ソフィア~~~!!!」
大声であだ名を呼び手をこちらに向けてブンブン振っている少女が駆け寄ってくる。
すぐ近くまでくると歓喜に打ち震えたように体を震わせて、満面の笑みでリリアをぎゅっと抱きしめる。
「やっと会えた…!心配したよ~~…」
この少女はリリアの昔からの親友の一人―――キャリシア・エバンロッティン。
同じ宿の3番目の家に泊まっている少女だ。
友達のためならばと言って、自分が傷つくのも厭わず、障害になるものを片っ端から片付けて、道を切り開いてくれるお節介な友達思いな少女だ。
そのためか相談に乗ってもらう回数も多い。
「キャリシアってば大げさすぎ。なに、やっとって…。一昨日会ったじゃん」
苦笑を交えながら、はっきりと言う。
そんな私の言葉に涙目になりながらも抱きしめていた腕を解いて反論する。
「うう~…。けど昨日は会えてません!」
「忙しかったし」
強く主張するが、一言で返されてしまい、更に目尻に涙をためながら頬を膨らませている。
一見涙を堪えてるようにしか見えないが、彼女なりの怒ったときの仕草である。
そんなキャリシアに呆れながら改めて彼女の容姿を眺める。
コバルトグリーンの髪色を持ち、白を基調としたワンピースや小物を身につけている。
髪は肩につくかつかないかギリギリの長さで、右上で腰ほどの長さの髪を黒いリボンで束ねている。
こういった外見に後押しされてか、たくさんの人に愛されている女の子だ。
無論、同世代の少年でも例外ではない。
(可愛いから当たり前だろうけど)
キャリシアの外見や性格は私とて魅了されるものがある。
それほどまでにこの少女は魅力的なのだ。
ただし、もちろん苦手な人もいるだろう。
たまに自分が熱くなりすぎると周りが見えなくなり、入ってきてほしくないラインまで踏み込んできてしまうときがあったりするからだ。
「もう…!!朝起きて会いに行ったら出た後だった!」
「すぐ出ないとつかない距離だったもん」
「せめて置手紙とかさ、あってもいいじゃない!」
「……」
置手紙すら書くのを忘れていたことを思い出し、気まずくなった目線を逸らす。
案の定、綺麗な緑が広がっていた。
「なんで黙るの!?忘れてたんだ~!?ひどいよ、ソフィア!!」
もう怒りましたとでも言うように腕を振りながら更に涙目になり、いまにも涙が零れ落ちてきてしまいそうだ。
うっ…と息を詰まらせながら自分の非を認める言葉を発する。
「…ごめんなさい」
「そ、それならいいんだよ!そうそう!!」
少しだけ上ずった声で大きく頷きながら、目尻にあった涙を手で拭う。
全て拭ってしまうと、話を続けようと口を開けようとしたが、すぐに開けかけた口を閉じてしまった。
どうしたのと尋ねる前に後ろから声がかけられた。
「リリア?」
知っている声だった。
つられるように振り向くと自分が思い描いていた声の主と一致していた。
眠そうに顔を歪めているシーアの姿がそこにあった。
「シーア?何でここに…」
先ほどまで熟睡していたはずの人物が目の前に立っている。
起こしてしまったのだろうか。
「今起きたのですが、リリアの姿が見当たらなかったもので…。慌てて外に出てきてしまっただけですわ」
ふふと肩を揺らしながら上品に笑う。
よく見ると昨日の夜から寝巻に使っている服のままだ。
「じゃあ、私起こしたの?」
内心慌てながらシーアに問う。
変な夢を見たせいで動揺しすぎて無意識のうちに大声で叫んでしまっていたのだろうか。
それとも物音がしていたのだろうか。
そんな推測をたてていくリリアの思考を遮るようにシーアは言う。
「いつもこの時間に起きているだけですわ。リリアのせいではありませんわ」
全てを温かく包み込みそうな笑顔を浮かべて、リリアに落ち度はなかったと告げる。
その言葉に肩の力を抜く。
すると一連の会話を傍観していたキャリシアが戸惑った声をあげる。
「え、えっと?ソフィア、その人は誰?」
「あ、この人はシーア。今の新しい依頼者」
手をシーアの方へ向けて、キャリシアに説明する。
キャリシアはリリアの隣にきたシーアに訝しむ視線を向けながら、へーとだけ呟いてじっくりと観察するように顔を舐めるように下から上へと動かす。
ひとしきり見るとリリアに向き直る。
「それじゃあ、そろそろ行くね!お邪魔しました~!」
明るく敬礼しながら言い切ると、そのまま踵を返してきた道を戻っていく。
まとめた長い髪を揺らしながら歩く背中に聞こえる音量で手を振りながら声を出す。
「じゃあね、また明日!」
「うん!!また明日~!」
嬉しそうにこちらを振り向きながら元気に手を振り返す。
無邪気な満開の笑顔で。
幼い背中が完全に木々の間に隠れるまで見送ったところで、隣に立ってリリアとキャリシアを見守っていたシーアが話しかける。
「仲がいいんですわね」
「…うん」
短く、微笑みながら返事を返す。
そんな様子に優しい笑みを零しつつ、おもむろに口を開く。
「中にはいりましょう。…昨日の約束通りお願い致しますわ」
「ん。あ、朝食取りにいかないと」
そう言うとすぐに家とは違う方向に足を向けて歩き出す。
が、シーアが寝巻のままだということを思い出して足を止める。
「シーアはここにいてもいいけど、どうする?」
「いえ、一緒に行きますわ。…それで、朝食、ですか?」
シーアを気遣っての事だったが、不要だったようだ。
再び歩き出すと、シーアも遅れて歩き出し、リリアと並んで歩く。
「そう。朝食と軽食は宿の管理人が作ってくれるの」
「そうなんですの」
関心するような声を出したシーアは、どんな朝食が食べられるのか期待に胸を膨らませていた。
管理人の家に着き、朝食を受け取り、泊まっている家で食べる。
朝食と言っても、サンドイッチや菓子パンのようなものだけだ。
もちろん管理人の焼きたてで、味もとても美味しい。店で売ってもいいレベルの味だと思う。
全て食べてしまうとシーアの髪を結う。
横の髪を一房ずつ両側に三つ編みを作り、それを後ろで合わせて短いリボンで留める。
いわゆる三つ編みハーフアップと言う髪型だ。
「出来た。これでいい?」
「ええ…!可愛いですわ!!」
昨夜同様、嬉しそうに鏡を見つめ毛先をくるくると回す。
シーアが座っている洋風の椅子の背もたれの上に両腕を置き、鏡を見つめる。
「…そう」
顔をほころばせながら、まだ弄る手を止めないシーアを一瞥する。
再度鏡に視線を移すと自分の髪を整えていないことに気付き、新しいリボンとピンを取りに行くため、化粧台から離れる。
着替えを出したものと普段持ち歩いている別の小さなバックから黒い2本のリボンとピンを取り出し、化粧台に戻る。
「髪結ぶからいい?」
「ええ。もちろんですわ」
席を立ちいまだニッコリ笑顔を崩さないシーアに嘆息めいた溜息をしながら、ストンと椅子に腰を沈める。
寝る前に櫛で梳いていたからか、絡まりもあまりなくスルスルと櫛がとおっていく。
一応一通り梳いてしまうとツインテールに結っていく。
黒いリボンで留めた、ツインテールを後ろへ流すと前髪にピンをつける。
「よしっ…」
朝の気合いを入れる一言を控えめな声で発し、自分自身を勇気づける。
勢いのまま椅子から立ち上がり、シーアがいるであろう方向を向く。
しかし、予想していた場所にも部屋を見渡しても姿が見えない。
「……?」
疑問符を浮かべ、キッチンの方にも足を向けるが、やはりシーアの姿は見当たらない。
ならばと思い、寝室の扉を開ける。
すると、ページ数の少ない本の薄さを再現したようなものを片手で持ち、真剣な目で見ているシーアの姿があった。
「…シーア」
呼びかけると顔をあげたシーアと目線が合う。
顔をあげたシーアの表情は、驚きに満ちたものだった。
頭で理解できないことに出会ってしまったような。
だが、それも一瞬だけでシーアの専売特許であるだろう笑顔を浮かべて、手に持っていたものを腰につけているポーチにしまい、呼びかけに答えた。
「リリア、どうかしたんですの?」
「いや、どこにいるのかと思って…」
「あら、心配をかけてしまったようですわね。申し訳ありませんわ」
目線だけ俯かせると謝罪の意を示す。
「それは別に気にしてないから…。それで、準備は出来たの?」
「ええ。支度は済んでおりますわ」
ポーチを指でなぞり、リリアの目をみつめる。
全て終わっているようだ。
「じゃあ、行こ」
「ええ」
了承の言葉を聞き、半分ほどしか開けていなかった扉を全開にすると、シーアをリビングに誘導すると扉を閉め、小物を取り出した小さなバックを掴み、シーアに外へ出るように促す。
窓が開いていないか目視で確認し、シーアの後を追うように靴を履き、急いで鍵を持って外に出る。
シーアがいるかまた確認してから、施錠する。
そして自然な流れで街に向かって歩き出す。
シーアは、リリアの隣を歩かず、一歩後ろを歩きながら辺りを見渡す。
見覚えがある道を進んでいっている。
宿に来たときと管理人に朝食を取りに行くときに通ったルートを迷いのない足取りで進むリリアに必死でついていきながら、質問する。
「リリア。ここからだと街はどれくらいの距離になるんですの?」
「だいたい500メートルだったはず」
シーアの質問にすぐに応じるリリアは、前だけ見て、木の枝が当たったりしないように身を屈めたりしながら止まることなく歩き続ける。
石が転がっていないかも気にしながら先へ先へ進んでいく。
「意外と近場なんですのね」
リリアと同じく木の枝を避けつつ、その小さな背中についていく。
更に進んでいくと木が生い茂っていた森をぬけた。
すると小川を隔てた先にある街を見つける。小川を飛び越えればすぐに街に入れる。
「宿は街と同じような体制で運営してるから、相談したりするのにも近いと便利だし、なにより人が来やすくなる」
水位が高くなっていないか目を凝らしながら補足する。
雨は降っていなかったが、念には念を入れるのがリリアの信条の一つだ。
増水はしていないことが分かるとリリアが2、3歩助走を加え、軽々と小川を飛び越えた。
それに続いてシーアも飛び越えて、補足に頷きを返す。
「メリットが大きいんですわね」
「けど、雨の日には街にある民宿で済ませる人が多くて宿に来る人がいない」
それだけ言うと、街の門を潜り、入っていく。
シーアも遅れて街の敷地に入ると、人の多さに驚いてか感嘆の声をあげる。
キョロキョロと見渡してみるとリリアが言っていた民宿らしき建物を見つける。
「街にもそういったものがあったんですわね」
「そう。でも値段的には宿の方が安くなるから、わざわざ雨に打たれながら来る人もいるけどね」
いつの間にか足を止めたシーアに気付いたのか、リリアも足を止めて振り返りながら苦笑するように困った表情を浮かべて、自嘲するような声を出す。
「そうなんですのね」
苦笑するように微笑んで、民宿の方を見るシーアを一瞬だけ視認したリリアは、再び歩き出す。
そんなリリアに気付き後を追うシーアは、ふと屋台が並んでいる場所を見つけた。
ちょうどリリアが向かおうとしている場所のようだ。
屋台が並び、たくさんの人が行き交っている大通りまで歩くと、目的の物が売られている店を探し始める。
すると、すぐに食材を売っている店が目に入った。
人の波に押し流されないように気を付けながら、店先まで進む。
「いらっしゃい。珍しいね、女の子二人で買い物?」
気の良さそうな笑顔を振りまいていた背が高い若い女店主に声をかけられる。
仲のいい姉妹か友人にでも見えたのか、気さくに話しかけられたことに内心安堵しながら会話をしようと口を開きかけたが、リリアよりも先に声を発した人物がいた。
「ええ。足りないものを買いに」
隣にいたシーアだ。
社交界で慣れているからなのか、すぐに愛想笑いを浮かべながら肯定する。
少しだけ呆気にとられているとまた女店主から話しかけられる。
「お遣い?今日は何を買いに来たの?」
「食材や果物を。少々足りなくなってきていたもので…」
「そうなの?何か果物でもおまけしてあげようか」
女店主はにこやかな笑顔と共に、近くにあったリンゴを手に持った。
「いいんですか…!?」
リリアはぱっと女店主に顔を向け、嬉しい提案についつい食いつき気味に返事をしてしまう。
少しでも代金が安く済むのなら願ったり叶ったりだ。どれだけ長い依頼になるかも予想できていないのだから、出費も出来る限り少なくしたかったのだ。
気のいい笑顔に好感を持ちながら、シーアも女店主の顔色を窺った。
「もちろん!そんな可愛い娘みたいな笑顔見せられたらなおさら」
ふっと口元を更に綻ばせ、大きく頷く。我が子を慈しむような表情を見せながら。
その後も適当に会話を交わしながら、欲しいものを伝え、代金と引き換えに紙袋に詰めてもらった果物類を受け取る。
「また来てね」
ひらひらと手を振り送り出してくれた店主に、一礼して後にする。
他の日用品もある程度買い終え、街を散策していると、路地裏の前を通りがかった。
(…子供?)
そこには、擦り切れ、黒く汚れた服を着た、数人の少年少女が肩を寄せ合って蹲っていた。
おそらく自分と同じジョブクローと呼ばれている子供達だろうと結論付けたリリアは、ごそごそといくつもの紙袋の中から果物を取り出し、念のためにもらっておいた空の紙袋に詰める。
そして、掲示板に貼ってあった依頼が書いてある紙も取り出したところで、紙袋の音で気づいたらしく、先を歩く形になっていたシーアがこちらへ歩いてきた。
瞬時にリリアが何がしたいのか理解してくれたようで、わざわざ歩いてきた足を止めると、近くの壁に背を預けた。
それを見届けてから、路地裏へと入る。
「こんにちは」
子供達に声をかけた。
すると、怯えたようにリリアの方へ振り向いた。
異常な怯えっぷりに首を傾げつつ、子供達が集まっている中心に目を凝らすと、果物や野菜、小さな皿に乗せられた質素な食事がそれぞれ人数分用意されているようだった。
「もしかして、それ…」
「だめっ!持っていかないで!」
子供達の中で年上であろう一人の少女が声を荒げた。
幼いながらも迫力のある剣幕に圧倒されそうになりながらも、安心させようと屈み、目線を同じくらいにして柔らかい口調で続きを話していく。
「大丈夫。私は扼じゃないよ。それで、そこにあるものは盗んできたものかな?」
「…っ!……、ぅ、ん」
弱々しく肯定する小柄な少女は今にも泣いてしまいそうだった。
それでも涙を零さないようにしているのは、自分よりも年下である子を不安にさせないようにしているのだろうか。
「そっか。私ね、果物とかいっぱい買ってきたから、分けてあげるね。あと、小さな子でもできる仕事があったからこの紙も」
手に持っていた紙袋と紙を全員に見せてから目の前の少女に渡す。
泣きそうになっていたはずなのに、喜びで満ちた表情を顔に浮かべる。
渡せてよかったと思いながら、年相応の表情を浮かべた少女の頭を優しく撫でつつ、その場にいる全員に言葉を投げかける。
「盗むことは悪いことだよ。もうしないこと。何か困ったことがあれば、私に相談してね。また街に来て様子を見にくるから」
「ほんとうに…?」
「またきてくれるの~?」
「おねえちゃんくるの?」
「またちょーだい!」
「おいしいものたべたい!」
一人が呟いたのを皮切りに周りにいた子供達が口々にリリアに向けた言葉を発する。
その光景にふわりと微笑んだリリアは、ゆっくりと頷いて応える。
「また来るから待っててね」
「待ってる!」
元気を取り戻した子供達の笑顔に見送られながら路地裏を出る。
辺りを見まわすと座り込んで待っていたシーアの姿が目に入った。
「シーア、お待たせ」
近づきながら声をかけると、ぼーっと一点を見つめていたシーアと目が合った。
やっと気づいたシーアは、さっと立ち上がると紙袋を抱えなおす。
「では、行きましょうか」
「うん。帰ろう」
晴れやかな気分で頷き返したリリアは、陽光が反射し、煌びやかに輝く街の中を歩き始めたのだった。