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独りと一つの願い  作者: 小鳥遊立夏
第一部 Blue And Gold
3/4

二話 青との出会いーOne Day

 一人の少女が、ツインテールに結った金色の髪を風に揺らして立っていた。

 

 腰につけている短剣を黒い皮手袋をはめた手で触り、目の前に広がる緑を眺める。

 なんとなく気配がしたような気がしたので警戒の態勢に入っていた。





 そこは、爽やかな空気が通り抜ける綺麗で美しい庭園だった。

 森のような広さを持ち、すみずみまで手入れされている植木たち。

 そしてなにより、庭園を抜けた先にある高くそびえる城が、ここは貴族の敷地だと主張しているようだ。

 だが、そんな光景に似つかわしくないものが目の前に存在していた。


(なに、こいつ…)


 それは、小さな植木から上半身が出た状態、というより挟まっていると表現がしっくりくるような状態で固まっている群青色の髪を持っている少女だった。

 服装としては、動きやすいものだったが、新品なのか着古した感じは受け取れない。

 そんな風に品定めする目つきで少女を見ていると、少女はふいに口を開いた。


「あの、そちらの方、少し助けてもらえないかしら…?」


 申し訳なさそうにこちらに助けを要求する。

 そして、いかにもお嬢様ですというような口調が気になった。

 そんな疑問を抱きつつもこの場に私しかいないことは分かっているので、とりあえず返事だけは返そうと思い、こちらも固く閉ざしていた口を開く。


「何?私に頼んでるの?」


「そうですわ。少しでいいからお力添えを頼めないかしら」


「…なんか偉そう。あんたの方が歳としては上だと思うけどさ、それが人にものを頼む態度なの?」


 嘲笑を顔に浮かべながら目の前の少女を見下ろす。

 どんなに目上の人物であろうと最低限人間としての礼儀は尽くすべきだと考えているからだ。


「あら、ごめんなさい。わたくし、物心ついたときからこのしゃべり方を叩き込まれてしまいまして…。普通の話し方というものがわかりませんの……」


 と言った少女は本当に困ったように頬に手を添え、肩を落とすような仕草をした。

 本当にこういうしゃべり方でしか話せないようだ。


「へえ…。ていうことは、あんた、ここの貴族の子?」


 ため息交じりに一番気にかけていたことを質問する。

 ここの貴族の誰にもばれてはいけないような仕事をしていたからだ。

 といっても、ここの貴族の誰にもばれないようにここに住んでいる貴族の調査をするというものだが。


「そうですわ」


「…じゃあ、私を見たのは運が悪かった、だから今からあんたを殺すけどいい?」


「どういうこと、ですの…?」


 突然雰囲気がガラっと変わった私に、少女は戸惑いと驚きで目を見開きこちらを凝視した。

 当然の反応である。

 自分は何もしていないのに相手が突然殺すと言ってくれば戸惑うとこは当たり前だろう。


「ただの仕事。あんたたちのこと、誰にも気づかれないように調べて来いって仕事」


「……そういうことですのね。でしたら、わたくしを殺しても意味はありませんわ」


「…は?」


 話が飛びすぎて思考が追い付かなかった。 


「わたくしは家出してきた身なのですわ。ですが、ご覧のとおり、こうして植木に挟まったまま抜け出せなくなってしまっているんですの…」


 先ほどの発言から呆けてしまった自分を心の中で叱咤し、一瞬にして思考を戻し、たった今の発言の意味と意図について考える。

 だが、裏をかこうとしても裏がなさそうな言い方だったため、うまく思考はまとまらず絡まってしまうが、別の結論には到った。 


(本当にこいつ、なんなの…)


 目の前の少女の人間性について、だ。

 さらに拍子抜けされつつも気を引き締め、改めて中断してしまった会話を続けてみる。 


「それで?私にたすけてほしいって?」


「ずばり、あなたはジョブクロー、と呼ばれている子供でしょう?…確か、何でも屋のようなものですわよね?」


「…っ!!」


 確かに少女が言った通り『ジョブクロー』は簡単に言ってしまえば何でも屋のようなものだ。

 しかし、この『ジョブクロー』という名前は、幼いころからどんな仕事でも引き受けて、その仕事を完遂させるためならどんな手段でも使う子供達のことを指した世間的な蔑称だ。

 もちろん私もそう呼ばれている子供だ。

 

 ただ、なぜ子供がこんなことをしなければいけなくなったのかには理由があった。

 特に親がもういない子供は『扼』と呼ばれている者から食べ物や金になる材料などを持っていかれてしまう。

 子供の間は親が払わなければいけない税のようなものがあるのだが、親が死んでしまうとその義務は子供の方に移ってしまい、成人する年齢まで自分で払わなければいけないのだ。

 だから、毎月その税を払わなければ、食べ物なども持っていかれて、税に替えられてしまう。

 食べ物を持っていかれないために、そうやって仕事をしなければいけないのだ。


(なんでそんなこと…!?)


 蔑称であるためジョブクローと呼ばれることは、そういった子供たちは嫌がっているのだ。

 世間的にも嫌われているため、ばれてしまうと嫌われ差別されることが多いのだ。


 だからこそ、うまく隠す必要があったのに、演技しきれていなかったことと、知られてしまったという事実で体は竦んでしまい、金縛りにでもあったかのように指一本動かすことができない。

 だが、口はすぐに動いていた。


「どうして分かったの!?」


 悲痛な叫び声が辺りに響いた。


「どうして、と言われましても…。そんな臭いを感じただけですわ」


 毅然と少女は言う。

 だが、少女は私の様子がおかしいことに気づいてくれたのか、こちらを宥めるように優しく話す。


「あまり、言われたくはないこと、ですわよね…。少し無神経すぎましたわね」


「…そう思ってるなら、別に」


 わざと気にしてないというように感情を込めずに呟く。

 大きな心情の変化をむやみに悟られたくなかった。

 たとえ、分かりやすい誤魔化し方になったとしても。


「…そこで、提案があるのですわ」


「……提、案?」


 気を取り戻しながら突然出てきたキーワードに首を傾げる。


「ええ。お互いばれたくないことが結果的にばれてしまいましたし…。それに、あなたのような方に依頼があったのですわ」


「仕事…」


 依頼という言葉は私たちにとって酷く残酷だ。

 ジョブクローはどんな仕事でも引き受けなければ十分な額の税を払うとこができない。

 例え誰かを殺すようなものでも。

 

 そう、私も誰かを殺したことがあった。

 一回だけではない。

 何度も殺したことがあった。

 だから、誰も殺したくはなかった。



「ええ。家出してきている身ですので、追手が来る可能性もないとは言い切れませんので、ボディーガードを頼みたいのです。それに、わたくしには一般常識がないので、色々と教えてもらえると助かるのですが…、どうでしょうか?」


「そ、れは、別に構わないけど…」


「なにか心配事が?」


「……、誰も殺さなくて、済むの…?」


一番心配していることを口にする。

 何を意図しているのかすぐに気づいた少女は一瞬の間をあけてできる限り笑顔で安心させるように答えを伝える。


「…ええ。追い払うだけでいいですわ」


 そういった少女はこちらに手を差し出した。


「では、最初の依頼ですわ。わたくしをここから出してくださいまし?」


「分かった。これからよろしく、…えっと」


 名前を聞いていなかったことにここでようやく気付いた。

 どうやって呼べばいいのか戸惑っている私にまた優しく微笑み、名前を告げた。


「シーア・エマリシントですわ。シーア、と呼んでくださいまし。…それで、そちらは?」


「私は…、リリア・ソフィレート。リリアって呼んでくれればいい」


「分かりましたわ。では、リリア。お願いしますわ」


「…うん、シーア」


 そうリリアは返事を返すと記念すべきシーアからの初仕事をこなすべく、シーアの手を握った。



 

 

そうして、とりあえず植木からも屋敷からも抜け出した二人―――リリアとシーアは、うっそうと生い茂る草木の中を並んで歩いていた。

 草木から発せられる、植物特有の臭いに顔をしかめながらも、依頼主であるシーアのことを少しでも引き出せるように会話をしていた。


「…それでリリア?わたくしのことはどれだけ知っているのかしら?もうあまり話すようなことは残ってないのでは?」


「そうね、名前、家族構成、表でやってたこと、裏でやってたこと…、それぐらいしか知らない」


 ある程度事前に調べていたことを指折り数えて確認する。

 ただ、調べていた名前の中にシーアという名前が存在していなかった気がする。


「ねえ、シーアって偽名でしょ?そんな名前のやついなかった」


「……お察しのとおり偽名ですわ」


 リリアが考えていた通りの答えが返ってきた。

 

「…へー」


 てっきり誤魔化すと思っていたリリアは、拍子抜けしながら隣を歩くシーアの様子を横目で窺う。

 もしかしたらと思っての行動だったが、当のシーアは予想していたような表情をしているわけでもなかった。

 ただ、会ったばかりと同じくらいのすっきりとした表情を浮かべているだけだった。


「…じゃあ、本名聞きたいんだけど」


「………分かりましたわ」


 純粋な興味から湧いた言葉を呟くリリアに、ほんの少し迷った表情を見せたシーアだったが快く明かすことを決める。

 そして、ゆっくりと足を止めるとリリアに改めて向き合う。

 

「…わたくしは、イート。イート・エルシアと申しますわ」


「イー、ト」


「ええ」


 小さく苦笑しながら肩をすくめる。

 なんとも言えない感情が入り混じった顔で目を細め、リリアの反応を逃さないようにリリアを見つめる。


「それで?なんで、その名前で名乗らないの?」


「そうですわね…。あまりイート、という名は好きではありませんの」


 犯人でも追い詰めるように疑問に思ったことを次々にぶつけていく。

 だが、そんなリリアを糾弾しようとせず答えるシーアは、パーティーで質問をよくされるので慣れているからか次々に答えを零していく。


「他にはないの?理由」


「下手に他の方に名乗ってしまうと、城内に噂が広まるわけでもありますし、他の方にどんどん知れ渡ってしまうのですわ」


 そう言いながら止めていた足を動かして歩き出した。

 そんなシーアに遅れまいとリリアもシーアと同じような速度で歩き出す。


「…知られて不都合でもあるわけ?」


 歩く速度を調整しつつまた質問をする。


「…ええ。これはしょうがないことなんですの。わたくしの母は、エルシア家の人間ではないのですわ。他の貴族の方で…」


「…うん」


「父はエルシア家の人間でして…。政略結婚というわけではなく、ただの不倫をしてできた子供がわたくしなのですわ」


「ああ、だからそんなに顔だちがきれいなんだ」


「ええ。他のお姉様やお兄様は正規の母から生まれておりますので、顔だちは……」


 自分の口からは言いにくいのか視線を逸らす。

 つまり、エルシア家では顔だちがきれいな人間は生まれない。いわゆるブスと呼ばれるような顔なのだ。

 そのため、美少女であるシーアは、エルシア家で不倫相手の娘として城内では浮いてしまっていた。

 

「まあ、それはそうだけど。隠す必要ないと思うけど」


「…そうですわよね。つい、気にしてしまうんですわ。だけれど、悪い癖は直した方がいいですわよね!」


 暗い感情を吹き飛ばすためにできる限り大きめの声で決意表明をする。


「……さて、これからどうしましょうか。まずは寝られる場所を確保しなければいけませんわ」


 ちゃんと踏ん切りがついたのか話題を変える。


「あ、それなら、心当たりあるけど…」


ふと、思いついたように声をあげる。

 しかし、その思いつきを否定する部分があったのか軽く握った右手を頬に添える。


「けど?」


 間髪入れずにリリアに聞き返す。


「ここからだと、遠いかも」


 先ほどのポーズのまま少し俯き、短く続きを答える。 


「どれくらいかかりそうですの?」


「…丸一日はかかると思う」


「そうですの…。走って向かうとしてもあまり変わらないでしょうし……」


 そう言ってシーアも他にいい案がないのか考える。


「………ねえ」


「…?」

 

 首を傾げながらリリアをじっと見つめる。

 期待でもするような目で。 


「この辺りだったら、宿があるけど…」


 そんなシーアに気圧されつつも出来る限り短い言葉で伝える。


「お金ですわね。確か荷物の中に入れてありますわ。宿泊費代でしたら問題ないですわ」


「……そう」


 微笑を浮かべて静かに息を吐く。

 俯いていた視線を前に向け力強く地面を踏みしめていく。


「それで、その宿は一体どこに?」


「もう少し先。ついてきて」


「…ええ」


 シーアの少し先を歩く。

 道を間違えてしまわないように周りを確認しながら脳内の地図と照らし合わせ、最短ルートを計算する。

 時折下を見て影を確認しながら。

 


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  

 リリアが宿と呼んでいた場所は、小屋のように小さな家が密集した集落のような場所だった。

 小さな村と言われても信じ込んでしまうほどの家の数だった。

 宿を管理している管理人に宿泊費だけ渡し、代わりに夕食用の軽食を受け取り、早々と一つの小さな家に入り、シャワーを浴びた。

 シーアに至っては、髪にも体にも泥がついてしまっているので、とてもありがたかったが。

 そんなこんなでシーアの次にシャワーを浴び終わったリリアも部屋に戻り、もらった軽食も食べ終わり、ゆったりとした雰囲気の中で一息ついていた。



「こんなところに宿があったなんて本当に驚きましたわ」


「…穴場の宿だから」


「いい場所ですわね」


「……当たり前でしょ」


 濡れた髪の毛の水気をタオルで吸い取りながら部屋の中を歩ていたリリアは、ふと思いついたかのように冷蔵庫の前で止まり、そのまま蓋を開ける。

 冷気が肌に当たり、上がっていた熱が下がりかける。

 そんな心地よさに浸りながら水が入っているペットボトルを手に取ると蓋を閉じる。 


「水飲む?」


 後ろを振り返りながら、化粧台の前に置いてあった椅子に座り櫛で髪を梳いているシーアに問いかける。


「ええ」


 振り向いたリリアを鏡越しに見ていたシーアは短く答えた。

 よほど念入りに髪を梳いているようだ。


「コップはどこにあったっけ…」


 独り言を零しながら、コップを求めてキッチンの中を探し始める。

 前にもこの家で泊まっていたため、物がある場所はだいたい把握していた。

 そのためかコップもすぐに見つかった。

 ペットボトルを片手に持ったままなので、もう片方の手で適当に二つ透明なコップを取ると、キッチンを出てシーアの元へと歩いていこうとするが、さすがに小さな手のひらでは二個のコップを片手で持ち運ぶのは難しく、落としそうになったため仕方なくシーアに呼びかける。


「シーア、コップ持って。一個」


「………?…あ!」


 櫛を髪に通したまま振り返り、リリアの状況を見て慌てて櫛を置いて椅子から立ち上がる。

 小走りにリリアの元へ来て一つコップを受け取る。


「…ごめん」


「いいですわ。こちらが頼んだことなんですから」


「そう…」


 分かりやすく肩を落とすリリア。

 自信ありげにツインテールに結っていた髪も今はおろしているため、俯いた拍子にリリアの視界を狭めていた。

 何とかして罪悪感を取り除いてあげたいという衝動に駆られながらもテーブルにコップを置き、クッションを引き寄せその上に座る。

 その行動を見ていたリリアもそれにならいクッションの上に座り、ペットボトルの蓋を開け、コップに注ぎ始める。

 注ぎ終わるとコップに口をつけ飲む。

 シーアも水を飲み始める。


「……、シーア」


「何ですの?」


 躊躇いながら名前を呼んだ。

 化粧台の方を一瞥すると再び口を開く。


「髪、もうとかない?」


「ええ」


「…ん」


 空になったコップを持って立ち上がり、キッチンの流し台に置いてから化粧台へ向かう。

 シーアが座っていた椅子に座り、櫛を手に取る。

 そのまま、金髪の髪に優しく通していく。


「……リリア」


「…っ!?」


 突然声をかけられたせいで勢いよく振り向いてしまう。

   

「……なに」


 胸に手を当ててなんとか落ち着きを取り戻そうとできる限り平静を保った声で問う。

 その様子にシーアはクスリと笑いながら髪を撫でて言葉を発した。


「いえ、なんだか髪の扱いに慣れていると思っただけですわ」


「…そう?普通だと思うけど」


「わたくしはいつも使用人の方にやってもらっていましたので、新鮮に思ってしまいましたわ」


「へえ」


 つまらなさそうな話でもしそうだと結論づけたリリアは化粧台に向き直り、また髪をとき始める。


「それでリリア。わたくしの髪を一度結ってもらえませんか?」


「…え」


 意外な頼み事を持ちかけられてまたシーアの方を向く。


「それは、別にいいけど」


「本当ですの!?」


「う、…うん」


 勢いに気圧されながら頷く。

 ここまで喜ばれるとは思わなかったからだ。


「じゃあ、今やろっか?」


「お願いしますわ」


 シーアに椅子を譲るため櫛を持ったまま立ち上がる。

 スキップでもしそうな足取りで椅子に座るとキラキラとした目で鏡に映るリリアを見つめている。

 子供っぽいところもあるんだなとかどんな髪型にしようかと考えながら、シーアの髪に櫛を通していく。

 ちゃんと手入れされていて、指通りもいい柔らかな髪質を楽しむ。

 しばらく触っていると弄り続けることにも飽きてしまったので、結う作業に入る。


「リリア」


「んー…」


 チラリとも見ずに曖昧な返事を返す。


「今後の予定を決めましょうか」


「あ、そうか。どうするの?」


 シーアの提案に顔を上げる。

 リリアにとっては大事なことだからだ。


「とりあえず近くの街に行こうと考えてはいるのですが…」


「明日はそれでいいんじゃない」


「分かりましたわ。では、また明日他の予定を立てましょうか」


「了解」


 事務的な会話をしながら進めていた作業も終わったため、シーアの髪を持ち上げてゴムでゆるくとめる。

 寝る前なのできちんととめておいてもただ邪魔なだけだ。


「できた」


「…すごいですわ。ありがとうございます、リリア」


 くるくるととめてもらった髪の毛先を弄びながら鏡越しに感謝を伝える。

 嬉しそうに笑うので気分がよくなるのを感じながら、まずまずの出来に達成感を覚え、リリアもふわりと笑う。


「そうですわ。リリア、明日も結ってもらえますか?」


「…明日だけじゃなくてもいいけど」


「…!でしたら、ずっとやってもらっても?」


「いいよ」


「本当にありがとうございます、リリア」


 先ほどよりも満足げに笑う。

 そんな笑顔につられてリリアも笑みを深くする。


「では、そろそろ寝ましょうか」


 そう言いながらシーアが椅子から腰を上げ、化粧台を離れて寝室へ向かう。

 

「…うん」


 短く同意すると化粧台の引き出しに櫛を戻し、リリアもリビングの電気を消してからシーアが入っていった寝室へ入る。


「リリアはどちらのベットがいいですの?」


 寝室の棚の上にあるランタンを灯しながらリリアに聞く。

 慣れた手つきに驚きながらもいつも寝る方の右側にあるベッドを指さす。


「右」


「では、わたくしは左ですわね」


 ランタンを灯し終えると左のベッドのそばに移動し、腰かける。

 リリアも右のベッドにもぐりこみ目を閉じる。

 いつもはすぐに目を閉じても眠気が襲ってこないのに、今日はすぐに眠気がきた。


 (疲れたのかな…)


 ぼんやりと思いながら眠気に誘われるまま意識を手放した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



(寝た、かな?)


 寝息を確認するため息を押し殺す。

 するとすぐにリリアの規則的な寝息が耳に飛び込んできた。


(寝てる。定期連絡してこよう)


 寝ているリリアを起こさないようにゆっくりとベッドを抜け出し、リビングへ行く。

 自分の荷物が入っている鞄から連絡用端末を取り出し外へ出た。

 扉もゆっくりと閉めて周りを見渡す。


「やっぱりちょっと寒いかな…」


 たとえ夏に近いからといっても今は春だ。まだ少し肌寒い。

 上着でも羽織ればよかったと後悔しながら端末の電源を入れ、電話帳から名前を探す。

 目的の人物の名前に辿り着くと電話をかける。


「支長、終わりました。順調に進んでいます」


『よろしい。記憶の方も大丈夫そう?』


「問題ないかと」


『そっかそっかー。んじゃ、お姉ちゃんのことよろしくね』


 軽い調子で支長と呼ばれた人物は話す。

 そんな相手に苦笑いしながら口を開く。


「はい。仕事はちゃんとこなします」


『ま、色々話したい事あるけど寒そうだから早く中入りなよ?じゃよろ~』


「はい」


 返事を返すとすぐに通話が切れる。

 二年の付き合いになるがいまだにこの人物が何を考えているのかよく分からないが、優しい人物だということは知っている。


「さ、寝ますか」


 伸びをしながら空を見上げると満天の星空が広がっていた。

 

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