一話 私の思い
戦争を終わらせるために、人々は試行錯誤を繰り返した。
特に日本はその意思がどの国よりも強かった。
それは、戦争を経験したものが、戦争のせいでどれだけの尊い命が消え、どれだけたくさんのものを失ったのかを語ってきてくれたおかげだ。
誰も話さなかったら、戦争への危機感や恐怖もとても薄く、軽く考えていただろう。
だからこそ、戦争というワードが政治家の口から出てくるたび、『また戦争が始まってしまうのではないか』、『今度は私たちが戦争に行かなければいけないのか』といった不安の声が広まっているのだ。
だが、なにも自国だけが平和でいいという考えは持っていない。
他国の平和ももちろん誰もが望んでいるのだ。
そんな日本の中で、一段とその意思が、想いが強いものがいた。
それは、茜沢明里というたった13歳の少女だった。
彼女は戦争を終わらせるためだけに独自の機械を自分ひとりで設計し、作り出した。
そう、彼女は天才だった。
そんな彼女は、その機械を手に、政府に機械を使った、戦争を終わらせるための実験を行わせてほしいと頼み込んだ。
そうして、実験を行うことを許された彼女は、その日のうちにどういった実験を行うか詳細をすべて記したマニュアルを作った。
この数日後、実験に協力してくれる人を集め、決して少なくない人数の少年少女たちも集め、実験を始めたのだった。
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午前の授業も終わり、給食を食べ終わった昼休み。
「ああ……。………、はあ~~ー…」
窓際の席に座っている少女――――茜沢弥生は盛大にため息をつき、教室から窓の外の景色を眺めていた。
外は日差しが強く、少し眺めているだけでも目が焼けるような錯覚に陥るほど天気がいい。
そんな晴れ晴れとした空を眺めているはずなのに、心の中にある靄がかかったような深い場所にかかる雲は晴れることなく、汚い感情として渦巻いていた。
(いつ…、私は君に会えるのかな…?)
今日は外をいくら眺めていても目が痛くなるだけなのに、考え事をすると必ずと言っていいほど外を眺めてしまう。
自分にしてはとても分かりやすい癖がついてしまったものである。
「はあ……」
また小さくため息をつく。
なぜだか一人の少年の顔が浮かんでくる。
一日中飽きもせず、忘れようとしているはずなのにどうしてもその少年のことを考えてしまうのだ。
これが原因だということは誰の目にも明白だろう。
(もう、絶対嫌われてるよ…。こんな私のことなんて覚えてないよね……)
そう思いつつも、どうしても弥生は忘れることができずにいたのだった。
「おーい、弥生?どした?また好きな子のこと~?」
「う、えっ…!?」
突然後ろから声をかけられ、視界がグラリと揺れた。
頬杖をつきながら外を眺めていたため、勢いの余り肘が倒れかけてしまったからだ。
動揺が思いっきり行動に出てしまった。
「べ、べつにそういうのじゃ…!ていうか急に話しかけないでよ!びっくりしたんだけど!?」
「あはは、ごめんごめーん。でもさ、思いっきり図星だよね~?その言い方」
もちろん、図星だ。
ただ、これ以上心配をかけたくないという理由で虚勢を張ったわけだが、おそらく全部見透かされているだろう。
そうだと思いつつも必死に弁解をしてしまうのはあの少年の事を考えてしまっているからだろう。
「だからそんなんじゃないんだってば!あと、もっと反省して!椅子から転がり落ちて前転するかと思った!」
「もう、大袈裟じゃない?そんなこと弥生ができるわけないでしょ~?」
「なんかひどくない!?」
「ひどくない、ひどくないよー。はっはっはー」
先ほどから弥生弥生と親しげに話し、適当に誤魔化そうとしているこの彼女は、弥生の小学校からの親友の洲本菜々野だ。
いつも明るく、よく面白いことを言って笑わせてくる元気が良い少女だ。それに、相談すると親身になって一緒に考えてくれ、いつも助けてもらっている。
本当に私にはもったいないくらいの友人だ。
「んで、やっぱりなんも進展ないわけだ?」
「そうだよ…!!悪いか!」
「まあまあ、落ち着き給えよ。弥生氏」
「……ん、あれ?叶ちゃんは?委員会の仕事あったっけ?」
ふと、もう一人の仲の良い少女の姿が見えないことに気が付く。
そう、『叶ちゃん』というのは、菜々野と同様小学校からの親友の一人で、フルネームは官波叶と言う。
顔も可愛く、運動も勉強も完璧にこなしてしまうため、男女ともに人気もあり、モテモテなのだ。
中学に上がってからも、告白される数がどんどん増えている。
「ないよ~?たぶん告白、されてると思うよ~?」
「…やっぱりか。羨ましいな」
(私なんて告白されるような子じゃないもんな…。絶対好きになってくれる人なんていないもん…)
自嘲気味に頭の片隅で思う。
もしも、誰かに好きだと告白されたら付き合う気ではいる。
いくらなんでも叶わない恋にずっと焦がれている方が辛い、というのはあるが、その場合、一番は告白してきた人ではなくて今と変わらず、あの少年だと思う。
「だよね~。嫉妬しちゃうくらい」
(本当、私叶ちゃんだったらな…)
叶のように完璧な女の子であれば、あの少年と付き合えただろうと考えてしまう。
ないものねだりをしてもしょうがないと頭では理解していても、やっぱり心はねだってしまうのだった。
「あ、帰ってきたよ、弥生」
「…あ、ほんとだ」
色んな感情を振り払うように軽く頭をふり整理して、椅子から立ち上がり、聞こえるように叶を名前を呼ぶ。
「叶ちゃーん!」
「あ!」
そうしてこちらに気づいた叶は、オーバー気味に手をブンブンと振りこちらに駆け寄ってきた。
「叶~?告白されてきたのかなあ?」
開口一番、要らぬ世話を焼く菜々野に対し、怒るわけでもなくその言葉を聞いた叶は思い出してしまったのか、顔を赤く染め、上がってしまった熱を冷ますように頬に手を添える。
こんな風に純粋に感情を出して行動をするところも男子に受けるポイントなんだろう。
「もう、菜々野ちゃんってば…!そうだけど…」
「どうだったあ?」
「相手には悪いけど…、ふってきたよ?」
「「ああ、やっぱり…」」
見事なシンクロに叶は一つの結論を導き出したのか、さらに顔を赤く染めた。
ほんの少し怒ったように口を膨らませるとそのままの勢いで言葉をぶつける。
「その反応の仕方は、もしかしてその話してたんでしょう?もう!」
「ごめんね、叶ちゃん」
すぐに謝り弥生は思いっきり怒られると思い、俯く。
分かりやすい落ち込み方をする弥生を見て、叶は本気で怒るつもりがなかったように先ほどまでの怒った表情を崩し、ふんわりと微笑む。
「いいよ、弥生ちゃん。気にしてないし、怒ってないから落ち込まないで」
「さすが叶ちゃん。フォローも女神さまだよー…」
「ふふ…。でもね、菜々野ちゃんには怒ってるかな、私」
顔は笑顔だが、声は怒っていることが分かるほど少し低めの声だった。
そんな叶の尋常じゃないものを感じたのか、涙目になった菜々野は、逃げるように教室を飛び出して叫んだ。
「わああああああ!!!ごめんなさいいいい!!!!」
その後、午後の授業も部活も終わり、菜々野と叶と途中まで一緒に帰り、家までもう少しという距離になると、十字路から白衣を羽織った小柄な少女が曲がってきた。
その少女は見覚えがある少女だった。
(あれ…?もしかして!!)
「明里!!」
とっさに思いついた名前を叫ぶとその白衣の少女はこちらの声に反応し、目線を上げた。
その少女はまさしく、弥生の妹の茜沢明里だった。
「あ、お姉ちゃん!」
明里はしっかりと弥生の姿を確認するとたたたと駆けてきた。
「久しぶり、お姉ちゃん」
「元気そうでよかった…。明里、おかえり」
「ふふ、ただいまお姉ちゃん。……ねえ、早速だけど、お姉ちゃんの願い、叶えたくない?」
「え…………?」
やんわりと微笑んだ明里を見つめていた弥生は、一瞬明里が何を言ったのか分からなかった。
それほど、明里の口から出てきたとはと思えない唐突な質問だった。
だが、その質問は弥生にとって最高の誘いだった。
そう、弥生にはどうしても叶えたい願いがあった。
簡単に予想できると思うが、その願いは、弥生が好きなあの少年と付き合いたいという願いだった。
一度告白し、ふられはしたもののまだ付き合える可能性があったからだ。
菜々野からの話にもそういった類のものがいくつも存在していた。
だから、その少年のことはまだ諦めるわけにはいかなかった。
ただ、学校が違い会うきっかけが無くなってしまい、もう会うことが出来ないと思って諦めかけていたのだ。
「今のどういうこと…?」
「そのままの意味だよ。お姉ちゃんは、お姉ちゃんが好きな男の子と付き合いたいんでしょ?それがお姉ちゃんの願いなんでしょ?」
「…そう、だけど」
はっきりとした声で明里は話す。
自分の言葉は何も間違っていないのだと告げるように、自信しか持ち合わせていないかのように。
「ママにはもうお姉ちゃんのこと相談したから、拒否権も無いわけだし…。何か問題でもある?だって、お姉ちゃんがその人と付き合えなかったこと、ず~っと気にしてたの私知ってるんだよ?そのせいでもう死んじゃおうかなとか思ってたことも」
「うそ…」
「嘘じゃないよ?お姉ちゃんには幸せになってもらいたいの。もう、あんな顔しててほしくない。私もそんなお姉ちゃん見てるとすごく……、辛いんだ…」
明里は泣きそうな表情で本当に辛そうに服の胸のあたりを両手で精一杯ぎゅっと掴む。
そんな明里の態度に比例して弥生の顔も泣きだしそうに歪んでいき、視界が滲んでくる。
「明里……」
「だからお姉ちゃん。お願い、一緒に来て。お姉ちゃんが幸せになれる場所はここじゃない!私が作った誰にも干渉されないようなあの場所にしかないんだよ」
泣きつくように明里は弥生を抱きしめる。
必死に説得するように、懇願するように。
(こんな姉のために頑張ってくれたんだ…。明里が言う通り私の居場所はこの場所ではないことは分ってる。…でも)
「でも、あいつはその場所に来てくれるの……?私のことなんて、あいつは…っ!!」
泣き出しそうになるのを必死に堪えながら明里に訴える。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
そう言って、明里は顔をあげ、またやんわりと安心させるように微笑んだ。
「お姉ちゃんが行くなら俺も行く、って。今度はもう一人にはさせない、だからそんなことで茜沢が喜ぶならいくらでも、何回でも傍にいてやりたい、そう言ってくれてた」
「……っ!!」
「だから、お姉ちゃんは、もう意地はって頑張らなくていいんだよ」
「あ、あかり……」
ポロリと弥生の目から一粒の涙が零れ落ちた。それを皮切りにとめどなく涙があふれ出した。
今まで誰かに受けてきた傷が全部一瞬にして癒えたような温かく優しいものが心を包んだ。
(死ななくてよかった…。生きてて、よかった…!)
初めて心の底からそう思えた。
「あり、がとう…。明里がいてくれて、本当、よかった…」
「じゃあ、お姉ちゃん。行こう?いままで、お疲れさま」
「うん…、明里」
涙に濡れた声で返事を返した。