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――2001年――
「まさかとは思うけどさ、そちらは把握しているのか?」
ブロディは電話の向こうに問いかける。もちろん傍受されている。自分の組織が、というより普段から自分自身が便利に運用しているエシュロンがこの会話を素通りするわけがないので、いっそ堂々と、単刀直入に聞いてみる。
「こちらでもみていたよ。君たちの衛星の画像をさ」まあみてたけどさ、なんだあれ?
と、梅津嘉一は質問を質問で返した。
「みたまんまだ」驚いてコーヒーこぼしたぞほんとに、と冗談めかして言うと、俺はコーヒー吹いちまったよと梅津も返す。
二人は会話の字面とは裏腹に、重い空気に乗っかって、どうすんだよこれはと、言い出せないでいる。
「つくばの基地化が正式に決まりそうだ。もう、内閣が総辞職しても変えられないだろう」
梅津が切り出すと、
「いよいよ持ちこたえられないだろうな、人類」
ああ、EUがのんきすぎてもうダメだ。などと太平洋側で陰口を言う。
「当分は海兵隊だけが軍組織として、自衛隊から切り離される。階級構造も別体だから命令が連動しなくなる。望みどおりだろ? 君らの」
ああ、と同意するブロディは、「ここからはオフレコだが」と言うが、実際はしっかりエシュロンは記録している。
「言質取るのか?」と、梅津は笑った。
取らせてくれよ、お前は裏切るな。と、思ったより真剣な声が帰ってきた。
「指揮権を合衆国に移せるんだろ?」NSAとしてか、個人としてか、はっきりは捕らえきれない質問だが、いずれにせよ局面としては何らかの後ろ盾も必要だと、二人は考えた。
「ああ、そのために、つくばは特区になって日本国から切り離される」君らの大統領はもの凄く嫌がっているみたいだが、日本の決定スピードじゃたぶん、間に合わないからな、といつもの話にのっけた。
うっかり日本が合衆国に編入にでもなってしまうと、一億人もいる日本人が日系の大統領でも擁立しかねない。冗談半分にやっても通ってしまいそうで、そういう類のジョークは酒を吞むといつも二人のテーブルで踊った。だが、それが現実味をほんの少しでも帯びるような変革が、極東で起こっている事に恐怖がないわけではない。
ひどくいやな沈黙が流れて、エシュロンのフィルタに記録されたこれは、今後メディアにのることはないことが確定した。
新聞社やらネットやらでこの会話を誰かがリークしようなんて企もうものなら、ブロディが既に日本で動かしている人材がそのお調子者を殺害するだろう。多少ラフなやり方でも、簡単に情報の中に埋もれさせてしまうくらい、彼らも本気だ。
ついこの間、事態を悲観した高官が米軍の工廠で、C4を爆発させる事件が起こったが、梅津も驚くほど報道にのらなかった。燃料火災と言うことになり、ネット上で騒がれる事もなかった。きっと、ブロディの仕業だろう。
梅津は、これから死ぬ顔も見たことのないうっかりもののために、あらかじめ背負ってしまった罪の重さで、手のひらの湿り気を大げさなほど、感じた。