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 2006年の3月。東京には雨が降っていた。何度目の雨だろうか。

 厚い雲から落ちてくるその水滴には何かいやなものが込められているようで、雨はケイスケの心にすこし不快だ、なんて気持ちを与えている。

 体温をだらだらと奪う濡れた裾。それが攻撃的な気持ちを喚起するような気がして、すこし自分の優しくなさにがっかりする。


 先月例年より何日も早く春一番が吹いた。ちっとも春の香りはしてこなくて。

 何度も何度も冬に戻ったかのような天気と、気持ちの悪い雨が続いている。

「毎年毎年、天気が大雑把だ」

 全くもってその通りだよね、っていう答えが茶飲み話で返ってくる独り言を呟くと仕事から帰った彼は、デリで買ってきたカレーを食べる。晴れたら今度、三浦海岸にドライブに行こう、気晴らしが必要だよね、とぼんやりと考えていた。ナンに染みこんだバターが良い匂いで、気持ちの悪い天気だとか、何かの予兆であるとか、そんな事はすっかり頭の外に出て行って、

「辛っ!」とか言いながらテレビをつける。




 ケイスケがカレーを美味しそうにいただいたその時、巨大な地震が日本に襲いかかった。

「ちょ! まて!」

 あまりに揺れる部屋の中でがしゃがしゃと音を立てる工具や作りかけのロボットの部品。それを動かすためのゲーム機のコントローラーが飛んでいる。

「飛ぶとか!」素直に驚いている場合ではなかった。

 当時日本で想定されていた全てを上回る規模の、全てを上回るもので「普通な」規模の災害ではない、甚大、という言葉が些細であるかのようなスケールの天変地異だった。天変地異、この言葉がしっくりくるほどの災害だった。

 その災害のさなか、福島県で起きた原発事故は凄絶を極めるものだった。商用発電における事故としては、歴史上最悪のものになり、いつまで経っても収束しない。


 その事故の跡地に残った残骸とエネルギー、そして何らかのひずみは彼らを迎え入れるきっかけになっていたことに、誰も気づかなかった。

 この世界のものではない、異形の存在はこの世界においては生物ですらないのだが、彼らからすると我々生物が異形だ。

 そして、不幸にして我々生物は彼らにとって劣る存在だった。

 彼らにとって、人間という生物とは、脆弱な細胞という有機物の集合に自分たちと同じような思考や意志、感情を詰め込んだ物体であった。

 もし、彼らが慈しみの感情を持っていたなら。知能や知性とは違うそれを彼らが持ち合わせていたなら、色々起こってしまったことは仕方ないにしろ、取り返しはついたのではないか。

 しかし、彼らの感情の基礎は獰猛さであり、その上に残酷さが構築されているのだった。


 ユーラシア大陸で最初の異変が起きたのは1999年、核融合の実験が行われ、それが知られることなく各国が申し合わせて隠蔽したあの年だ。

 その事故の跡地に残った残骸とエネルギー、そして何らかのひずみは全部のきっかけだったんだろう。次々に、事は起き始めたのだから。

 色々なものが、壊れ始めている。そして誰も、それに気付いてはいない。




「田中さん! 大丈夫でしたか?」と、やっと繋がった電話で田中を気遣うと、

「ああ、かなりヤバかったな今の揺れ」

 ちょっとテレビつけたらさ、何が何だか分からない状態だぞ被災地。と、田中が言う。ケイスケもテレビに釘付けになって、カレーを口に運んだ。

「田中さん、こんな事してて良いんですかね?」と訊ねるが、俺たちテレビ見て驚く以外何が出来るか考えるまでもないだろと、大人の意見に黙らされた。

 実際は彼女と抱き合っていた田中は、まずは彼女を落ち着かせてそちらに集中したいだけだったのだが、「とにかく火元に気を付けよう」と合意すると、電話繋がらないと困るひとがいるかもしれないよな、と言う事で通話を終わらせる。

 そしてケイスケは一人に戻った。

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