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最初の異変が起きたのは一九九九年だった。もう、ずいぶん昔だ。
世界的にインターネットが普及したころだ。
Windows98が出たばかりの世の中ではPCの計算速度は飛躍的に上がって、かつての普通の人たちが日々で受け取る何倍もの量の情報や成果が日常に溢れた。
なんとかの大魔王が降りてくるとかなんとかって言うオカルトな都市伝説は、多面的な状況証拠を多くの人が共有することで、神秘性が剥がれていった。
普及しはじめたネットはせっかくのわくわくするようなナゾを日々ゴシップに変え続けて、ついにはどれもこれも日常の切り取り方の間違いであった。と言うような事が明らかになっていったことも多い。ノストラダムスの大予言なんていう2000年に一度の大イベントでさえインターネット黎明期の被害者だった。
そう言う時代に既にオカルトや超常現象の類はもう起きえないという認識が既に定着してる。何も起きない世紀末に全世界がどのような期待をしていたのか。
今となっては分からないことだが、不思議な高揚感は大予言とか言われていた1999年に至らずともその数年前から醸成されて、もしかしたらこの世が終わっちゃうかもね、というちょっとした魔法のような、ともすると躁鬱のような雰囲気が世の中に漂っていた。
「あの会社、社名に2000なんてつけちゃってるけど、いいのかよ。もう来年だぞ来年。未来感全くないよね」
なんて、世界中の飲み屋で数え切れないほどの酒の抓みにされた。
筋肉が詰まったような大男が主演した世紀末ムービーなど、いつもの何も考えなくてもいいんだよという優しい暴力を少し控えめにして、悪魔だの神だのを頼るような話だった。
「こういうの見ちゃうと、何にもおこんないって分かっちゃっていかがなものかと思うよ」
そういう種類のオカルト本などは、七月の大魔王がどうのこうのを商売にするにはもう時間がなかったから、何が何でもと棚をいくつも並べて専用のノストラダムスブースなどというものまで本屋が作り上げていた世の中だ。今となってはそうそう考えられないくらい、変な世の中だったのかもしれない。
「要するに、ずいぶん平和なんだよね」
眼鏡をかけた女の子は、ファストフードのロゴがプリントされた女子向けでは無いサイズのコーラをズルズルと飲みながら、骨の髄までその平和をありがたがっていますよと、背筋よくのびをする。ツヤツヤの髪の毛に女子力があるかって言うと、パツンした毛先にはちっともそういう戦闘力がない。
「マアマア、ツキシマサン」
なんでもカタコトで喋れば面白くなると思ってんじゃねえよ。という視線を向かいの男子にツキシマさんは向けると。彼は思う様目をそらして続ける。
「俺らが思ってるような世の中じゃない訳よ。平和が一番だよ。なんでこんな職業選んじゃったんだかって」思うわけ。と、男は少しひねたようでいて、紋切り型の返事をするという要するにあまり興味ないんだよなぁと少し困った顔で外を見た。
「高校出ていきなり曹候補生なんて、おまえも変わったやつだよ。クラスで今最も痛い女の子とか、言われなかったか?」オマエもさあ。と、車がノロノロはしる駅前の道を眺めながらストローの包み紙をギュッと中身のストローに沿わせて片方の端っこに固くよせた。
「そういうこと言わないでください。ものすっごく勉強したんですから。今だってほんとは後悔してるんですよ!日焼け、筋肉痛、日焼け、筋肉痛、日焼け、筋肉痛て!確実に女の子じゃなくなって行ってる自信があります」と、先輩らしき男子がストローから小さく押し固められた包み紙を抜き取るのを見つめる。
「あーそうかなー」うーん。などと濁すが、彼とて入隊後非常に後悔した口だ。しかし、脱走などというあまりに非現実的なことを妄想するあまり、脱走してしまったら妄想できないではないかと自分をいじめ抜くことに喜びを発見してしまった訳で、どちらの返事をしていいのか自分自身要領を得ない。
ぐしゃっと固まった包み紙に、スポイトみたいにストローで水を掛けて、
「ヘビだよな、これヘビだよな?」と、彼が月島二士に同意を求めた。
「汚なッ!中井さん!汚なッ!!」月島は話の腰を折って、紙くずを見つめる。あーあ、確かに蛇みたいだな、と眺めた。
ぼんやり無視されても打たれ強い彼は続けて、
「でもほら、小銃の分解とか集中力つくじゃん。ばらして組んでばらして組んで、って頭からにしてさ、どう?」とうとう方向性の見えない上から目線である。
ため息をつきながらそうですねと姿勢良く、またコーラが入っていたカップを持ち上げるが中身は氷だ。ずるると溶けた水を飲み込む、こうもさえない休日と、少し年上の同僚の方向のない話に妙な共犯意識すら涌いてくる。
物騒と平和は対極じゃないんだよな、彼女はつぶやく。
今朝の新聞では、太平洋上の海運事故だとか、海水浴場の事故や殺人事件は並んでいたが、星が落ちてくることや魔王が侵略してくるとか言う文字はテレビ欄にもない。