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「やだぁ、もう帰ってきたの?」


 玄関のドアを開ける音が聞こえたのか、階段の上から母ちゃんが顔を出して言った。


「ただいま。もうって7時すぎてるけど。俺の部屋で何してんの?」


「ちょっと捜し物をね」


「捜し物?」


 二階に上がると、昨日まではそこそこキレイだった部屋が今は空き巣にでも入られたかのようにぐちゃぐちゃになっていた。


「何これ」


「ハルちゃんに昔のアルバム見せてあげようかと思って探してたのよ」


「アルバム探すのにタンスの中まで見るか?」


 しかも中身は全部出されてる。探し方が尋常じゃない。


「ついでにいかがわしい本でも見つけたら捨てようかと思ってたのよ」


「……見た?」


「まだ探し中。どこに隠してあるの?」


「聞かれて素直に言うわけないだろっ!」


「そうよねぇ」


 母ちゃんがふーっと長いため息を吐く。


「ハルちゃんも女の子だからねぇ。色々まずいでしょ? もし何かの間違いで、そーゆーものが見つかっちゃったらて考えると怖くない? だから安全な場所に移動させなきゃなーと思ったんだけど」


 母ちゃんの言うことにも一理あるけど、なんか芝居臭い。


「ちなみに安全な場所ってどこ?」


「お母さんの部屋にある金庫の中とか。お母さんとお父さん以外番号知らないわよ?」


 それって安全て言えるのか。むしろ危険な感じがするけど。


「まぁ、気が向いたら持ってきなさい。隠しといてあげるから」


 母ちゃんはニッコリ笑って、部屋を出ていった。


「……て、片付けどうするんだよ!?」


 母ちゃんは下に降りていき、振り返ろうともしなかった。


 散らかすのは得意でも、片付けるのが苦手な主婦てどうなんだろう。とりあえず本が見つからなかっただけよしとしよう。


 適当に部屋を片付けて、そういえば家に帰ってからハルちゃんに会ってないことに気付いた。別に用事はなかったけれど、ハルちゃんにただいまを言おうと下におりていった。


 ハルちゃんが今使っているのは単身赴任中の父ちゃんの部屋だ。六畳一間の和室で、開閉式のドアなんてのはついていない。だけどハルちゃんはお客様だし、一応女の子だから、部屋に入る前に外から声をかけた。


「ハルちゃん、入ってもいい?」


 部屋のなかからは物音一つしない。靴は玄関にあったからいないわけないのに。


「ハルちゃん? 入るよ」


 襖をひいて中に入る。手探りで電気の紐を引き、足元に転がるハルちゃんを見つけ、飛びずさる。危うくハルちゃんを踏ん付けるところだった。何も部屋のど真ん中で寝ることはないのに。


 ハルちゃんは両手両足を目一杯伸ばして、気持ち良さそうに寝息をたてていた。近くに座り、まじまじとハルちゃんの寝顔を見つめる。そういえば子どもの頃はいつもこうやってハルちゃんが寝てるのを眺めてたな。


 ハルちゃんは俺より昼寝の時間が長くて、いつも俺のほうが先に起きてた。待てを言い渡された犬みたいにハルちゃんのそばに座り込んで、じーっと顔を見つめて、心の中で早く起きろーって念じながらハルちゃんが起きるのを待ってたっけ。


 ちょっと懐かしくなって、昔みたいにハルちゃんの顔に自分の顔を近付け、心の中で起きろーと念じてみた。


 俺の想いが通じたのか、おもむろにハルちゃんが目を開けた。寝起き特有のぼーっとした目で天井を見つめ、近くに座る俺を見る。2、3度瞬きをしたあと、言った。


「おはようのチューでもすんのか?」


 身を起こし、座ったままずりずり5歩ぶんくらい後ろに下がった。


「するわけないじゃんっ! 何を馬鹿なこと言ってんのっ!」


「何怒ってんだよ」


「ハルちゃんが変なこと言うからだよっ!」


 動揺を見せずに身をひけたと思ったのに、口を開いたら声は上ずるし、顔は熱くなるし、変な汗は出てくるしで、全然隠せてない。


 ハルちゃんは何でもないみたいに落ち着いてる。その態度が何か腹立たしい。ハルちゃんが気にしてないのに、俺だけ焦ってんのもカッコ悪いから、やめよう。


「そいつは失礼した。おかえり、遅かったな」


 わざとらしく咳払いして、心を落ち着かせる。


「部活やってきたから」


 部活という名目の便所掃除だけど。


「部活?」


 寝起きの一服しようと思ったのか、口にタバコを挟み、ハルちゃんは言う。


「何、お前部活入ってんの?」


「うん。園芸部」


 ハルちゃんはタバコを一度口からはずし、「は?」と言った。


「園芸部?」


「園芸部」


「何でまた園芸部?」


「え、ダメかな、園芸部?」


「ダメってことはないけど、園芸部。植物とか好きだったっけ?」


「いや、そんなに興味はない」


 あ、そういえば夕方、花菱ともこんな会話をしたな。


「じゃあ何で園芸部?」


「色々あって」


「色々って?」


「説明すると少し長くなるけど?」


 ハルちゃんが頷いたので、俺は花菱に話したことをハルちゃんにも話して聞かせた。


 話し終わったとき、肩を落としがっくりうなだれていた花菱に対し、ハルちゃんはタバコに火を点けるのも忘れてぽかんと俺の顔を見ていた。


「ハルちゃん? どうしたの?」


 ハルちゃんは俺の質問には答えず、代わりに手を伸ばしてきた。


 ハルちゃんの手は白くて指がほっそりしていて、とても綺麗で、女の子の手だった。そう思った瞬間、ハルちゃんの両手が俺の頬に触れて、心臓が大きく高鳴った。


「ハル、ちゃん?」


「海生?」


「なん、でしょう?」


「お前、海生だよな?」


「そうだよ」


「本当に海生か?」


「俺の偽物とかいるの?」


 あ、昨日もこんな話したな。いや、そんなことよりこの手はなんなのさ。


「いや。お前って本当に、」


 ハルちゃんがニィっと口元を歪めた。と思ったら、これでもかとおもいっきり俺の頬を真横に引っ張った。本日2回目。蘇る昼間の恐怖。


「なんだよもぉ! 9年も会わないうちに本当に男前になりやがって。嬉しいとおりこして何かムカつくなぁ! 昔はいっつも俺の後くっついて歩いてたあの海生が、近所の悪ガキに意地悪されるといっつも泣きながら『ハルちゃん助けてぇー』とか言ってたあの海生が、まさかこんなカッコよく成長するとはな。時の流れとはおっそろしいな。なんか悔しいな」


 ハルちゃんは女の子のらしかぬ豪快な笑い声を上げ、俺の頬を引っ張った。そして一度手を離して、もう一度優しく俺の頬に手を添えた。


「その桜井くんとやらもカッコいいけど、お前もすげぇカッコいいよ。漢だな」


  優しい顔したハルちゃんに至近距離から真っ直ぐ見つめられて、さっきのこと思い出して、恥ずかしくって、目を逸らしたくなった。


「俺は、桜井に比べたら全然かっこよくなんてないよ」


「そんなことねぇって。友達のために全てを捨てて一緒に戦う、なかなかできることじゃないぞ。美しい友情じゃねーか」


「ハルちゃん大げさ。俺は何も捨ててないし、戦ってもない。美しい友情とか言われても、桜井ともちゃんと話すようになってまだ半年だし」


「大げさなもんか。実際桜井くんとつるみ始めて、お前の生活変わったんじゃねーの? どっちかというと悪いほうに?」


 ハルちゃんの目の中に情けない顔した俺が映る。我慢できずに目を動かしたらハルちゃんが静かに笑った。


 昔からこうだ。ハルちゃんの目は何でも見透かしてしまう。何も言ってないのに、全部わかってしまう。俺が隠してること言いたくないこと、すべて言い当ててしまう。


「……ちょっとだけ、変わったよ。今まで普通に接してくれた友達がよそよそしくなったり。逆に先生からはよく声をかけられるようになった」


 今ではクラスの奴とは必要最低限のことしか喋らない。今までと変わらず友達感覚で話してくれるのは花菱と紫音さんくらい。


「海生は嫌じゃないのか? 桜井くんと一緒にいたら周りの奴らから白眼視されるんだぞ?」


「いい気分はしない」


 だけど責めることは出来ない。何度も言ったけど、少し前の俺もそうだったから。


「桜井くんから離れようとは思わないのか」


「それ昼間も言われたな」


「誰に?」


「クラスメイトに」


 そこでまたふと思い出す。桜井とつるみ始めて半年。クラスの友達は桜井を恐れてか俺に話し掛けてこなくなったのに、逆に半年前まではあんまり話したことがなかった倉本がやけに俺に絡んでくるようになったな。理由はわからないけど。


「俺は桜井のこと友達だと思ってるし、これからもいい友達でいたいと思ってるから、離れようとは思わない」


 というか、今の俺には友達らしい友達がほとんどいない。それなのに桜井から離れたら俺はまた一人友達をなくすことになる。


「それを聞いて安心した」


 頬から手を離し、ハルちゃんは優しく俺の頭を撫でながら微笑んだ。


「そういう気持ちがあるなら、大丈夫だな。周りが何を言おうと、お前たち二人をどういう目で見ようと、そのうち気にならなくなる」


「そうだね」


 ただ、正直、桜井は俺のことをどう思ってるのかよくわからない。


 桜井は部活の時以外、例えばたまたま廊下ですれ違っても、偶然学食や購買で会うことがあっても、反応を示すことがほとんどない。


 俺から声をかけても、一瞥し、ちょっと手を挙げて、何も言わずに去っていく。始めのうちはあまりの反応の薄さに、もしかして俺って嫌われてるのかなって心配になったりもした。だけど部活のことで用があれば、申し訳なさそうな顔しながらも自分から話し掛けてくるし、むしろ部活中だと桜井のほうから話をふってくることが多いから嫌いとか嫌だとか思ってるわけではないんだろう、たぶん。


「でもやっぱり不安になるんだ。俺が園芸部に入りたいって言った時、桜井はすごく動揺して、渋ってたから」


 どうしてもって言う俺に桜井は困ったみたいに笑って、仕方ないなって感じで「いいよ」って言った。


 あの時もしかしたら、桜井は内心では俺のこと嫌がってたんじゃないか。半年間毎日顔を突き合わせた結果、慣れてしまったけど、本当はあの時、内心では迷惑だって思ってたんじゃないか。桜井は優しい奴だから、口にしなかっただなんじゃないか。


 でもまさか桜井にそんなこと面と向かって聞けるわけもなく、桜井が何を考えているのかわからないからますます不安になる。


 俺、園芸部にいていいのかな。桜井と一緒にいて本当にいいのかなって。


 花菱は「二人は親友だね」なんて言ってくれたけど、俺だって花菱と同じで、本当は一方通行なのに、友達になれたなんて勝手な勘違いをしてるかもしれないんだ。



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