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「だけどね、勘違いしてもらっちゃ困るんだよね」


 妖しげな笑顔をしまい、また愛くるしいエンゼルスマイルを浮かべた倉本は、今までのこと何でもなかったかのように、「ちょっとそこにしゃがんでくれる?」と言った。


「は? 何で?」


「いいから。しゃがんで」


 いったい何をするつもりなのかわからなかったけど、とりあえず言われた通りしゃがみこむ。


 倉本は俺の前に立ち、俺の手からペットボトルを取り上げると、腕を高く振り上げてペットボトルを頭に叩きつけた。


 空のペットボトルだったから、叩かれてもそこまで痛くはなかったけど、とにかくびっくりして茫然と倉本を見つめてしまった。


 倉本はエンゼルスマイルを浮かべながら、「今、何時だと思う?」と尋ねてきた。


「え?」


「時間。今何時?」


「えぇっと……一時半だな」


「僕が真田の姿を見つけてここに来たのが1時20分くらい。つまり僕がここに来てから約10分経ったわけだよ。さて、これが意味することは何かな?」


「何って?」


 何もないだろ、倉本と俺が約10分ここで立ち話をしたってだけの話。


「おまえ、本当に頭が悪いね」


 倉本の口調が変わった。嫌な予感がして、立ち上がろうとした瞬間、倉本に右の耳をこれでもかというくらいに引っ張られた。


「痛っ! 倉本、耳!」


「このほうがよく聞こえるだろ? いいかい、真田。僕が今からとっても大事な話をしてやるからちゃーんと聞くんだよ? それから、僕が話し終わるまでは口を開いちゃいけないよ? 万が一僕の話をさえぎるような真似したらこれで口を塞ぐからね?」


 500mのペットボトルをちらつかせながら、倉本は爽やかな笑顔でとんでもなく恐ろしいことを言う。


 俺は自らの口を手でしっかり、無言で首を縦に振る。


「いい? 僕はつい今しがた、おまえの姿を見付けた。無視するのも可愛そうだからと、ついでに言うならただ声をかけるだけじゃ面白みがないからと、ペットボトルを投げるという、ユーモア溢れるイタズラを提供してやった。そのうえ、何の得もないのに10分もの間話相手になってやったんだよ? 馬鹿で阿呆でのろまで図体でかいわりに蟻んこみたいに気が小さい、愚かなおまえの相手をしてやったんだよ、この僕が。その僕に対して何て言った? 『倉本は意地悪だよな』。は? 仏のように慈悲深い僕が、おまえのことを心配して忠告してやったのに、言うにことかいて『嫌いだから意地悪言うんだろう』とは。まさに失礼千万、無礼極まりない所業だよ。身の程をわきまえろ」


 そう言ってようやく倉本は手を離した。


 耳は解放された後もじんじん痛いし、笑顔で俺を見下ろす倉本が怖くて思いがけず涙が出てきた。


「さて真田、ここまで言ったんだから頭の悪いお前にもわかるだろう? 僕に何か言うことあるよね? もちろん『意地悪』以外の言葉で」


「え?」


 爽やかな笑顔を浮かべる倉本につられて、俺も引きつった笑みを浮かべた。


 何か言わなくちゃいけないらしい。だけどその何かがなんなのかわからない。


「はい、時間切れー」


 まだ5秒くらいしかたってないのに、やっと解放されたと思ったのに、今度は嫌というほど両頬の肉を真横にひっぱられた。


「何でかな、何でわからないかな。命短い花のごとし、十代の輝ける時間は一分一秒も無駄に出来ないんだよ。さっき言ったよね? 頭の悪いおまえの話に慈悲深い僕は10分も付き合ってやったんだよ? その僕に『わたくしのような愚図のためにレオ様の貴重なお時間を割いて頂き、感謝の言葉もございません』ぐらい言えないのは何でなの? ひょっとしてアレ? 真田は僕に頬の肉をひっぱられるのが好きなのかな? きっとそうなんだね。真田が望むならいつまでもこうしてやっててもいいよ。なんだか僕もすっごい楽しくなってきたからねえ」


 いつの間にか妖しい悪魔のような微笑みを浮かべていた倉本はなんとも言えず、楽しそうに俺の頬を引っ張る。痛いのに、涙出てるくらい痛いのにやめようとしてくれない。


「ね、真田。痛い? それとも嬉しい?」


 痛いに決まってるだろ、馬鹿野郎! なんて心の中で叫んでみても倉本に伝わるわけがない。喋りたくても倉本に頬の肉をひっぱられてるから喋れない。痛いんだよ、本当に。やめてくれよ。誰か倉本にこの想いを届けてくれ!


「何してるの?」


 そんな声とともに、突然パッと手が放され、二回目の尻餅をついた。三回目を恐れ、慌てて立ち上がり倉本から離れる。


「そんなに怖がらなくてもいいのに」


 慌てて逃げた俺を見て、倉本は冷ややかに笑う。さっきまでの危険な雰囲気は消えていた。


「何してるの?」


 声がしたほうを見ると同じクラスの花菱聖が目を真ん丸くして、じーっとこっちを見ていた。


「やあ、花菱。昼休みも生徒会の打ち合せかい? 大変だね」


「そうでもないよ」


 花菱はとことこ歩いて、立ちはだかるように俺と倉本の間に入り込む。爽やかな笑顔を浮かべた倉本の眉が一瞬だけピクッと動いた。


「まさかとは思うけど、レオ、海生のこと苛めてるんじゃないよね?」


「何でそう思うの?」


「だって、さっき海生の頬を引っ張っていたじゃない」


「あれはスキンシップ、遊んでただけだよ」


「でも、すごく痛そうだったよ?」


「真田は痛いのが好きなんだよ。ねえ、真田?」


 変態みたいな言い方するなて言い返したいけど、倉本の楽しそうな笑顔には妙な圧力があった。


「そうなの、海生?」


 眼鏡の奥の無垢な目で花菱は俺を見上げた。答えるわけにもいかないから、適当に笑ってごまかす。


「海生、涙ぐんでるよ」


「悦びの涙だよ。真田は、痛いのが涙が出るくらい嬉しくて、大好きなのさ」


「そっかー、そうなんだ。痛いのが好きで嬉しいだなんて、すごいねえ。僕は痛いの大っ嫌いだから羨ましいな」


 無邪気な花菱は心底感心したように「すごいなー」と繰り返す。


 別にすごくないし、それじゃあただの変態だよ。何でそんな簡単に倉本の言うこと信じちゃうんだよ、花菱。何か変だなとか思わないのかよ。


「でもよかった。てっきりレオが弱い者いじめしてるのかと思って心配しちゃったよ」


 弱い者いじめ。そうか俺は弱い者いじめを受けていたのか。いや、わかってたけどさ。


「失礼な奴だね。僕は弱い者いじめなんてしないよ。ここを通りかかったら真田がいたから声をかけただけだよ」


「そうだよね。レオは弱い者いじめなんてしないよね。ごめんね。海生も邪魔しちゃったみたいで悪かったね」


「あ、いや」


 俺としてはむしろ助けてもらって感謝したいくらいだよ。倉本の前じゃそんなこと口が裂けても言えないけどさ。


「ところで、海生はこんなところで何してるの?」


「真田は裏庭の見回りに来たんだって」


 倉本の言葉に花菱は目を丸くする。


「裏庭の見回り? 何で?」


「真田が園芸部に所属してるからだよ」


「園芸部? 海生が?」


「そうだよ。花菱、知らなかったの?」


 自分で言うのはあれだけど、けっこう有名な話だと思ってたのに。


「学園一の不良・桜井くんがなにやら良からぬ企みをしていて、そのために園芸部を設立しようとしてるってのは知ってるよ。そういえば最近桜井くんが舎弟を手に入れて、園芸部設立に向けて手伝わせてるって話を聞いたけど、海生が園芸部にいたってのは初耳だな」


 首を傾げたまま三秒、花菱は目を見開き、


「そうか! 桜井くんの舎弟て海生のことだったんだね!」


「舎弟って、」


 そんな無邪気に言わないでくれ。倉本は花菱の言葉に満足そうに笑っている。


「すごいなあ、海生! まさか桜井くんの舎弟が海生だったなんて。みんなの注目独り占めだね! 生徒会顧問の関口先生も園芸部には一目置いてて、『あいつらいつになったら園芸部を諦めるんだ』てぶつぶつ言ってるよ!」


 そういうのって一目置いてるて言うのか。


「でも何で桜井くんの舎弟になったの? ていうか、何がきっかけで桜井くんと知り合ったの? あ、そうか。海生と桜井くんは一年の時同じクラスだったんだよね。それで、園芸部てどんな活動してるの? 正式な部活動として認められてないからたいした活動出来てないって聞いたけど、その辺は大丈夫なの?」


 目をきらきらさせながら花菱は迫ってくる。まるで新しいオモチャをもらった子どもみたいだ。


「真田、花菱。楽しそうに話をしているとこ悪いんだけどさ、もうすぐ予鈴が鳴るよ」


 校舎からチャイムの音が聞こえる。


「僕は先に行くよ。英語準備室に今日の授業で使うプリント取りに行かなくちゃならないんだ。真田と花菱も早く教室に行ったほうがいいよ」


 前に向き直るその瞬間、倉本が俺を見てクスッと笑った。すごい意地の悪い笑い方だった。


「レオはね、本当はすごくいい子なんだよ」


「は?」


 何の脈絡もなく、花菱は突然そう言った。


 花菱は俺と目が合うと、ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべて、


「ただね、意地っ張りで素直じゃないから、言い方キツくなったり、偉そうになったりしちゃうんだよ」


「そう、なんだ」


 去りゆく倉本の後ろ姿に視線を投げ掛ける。倉本がなんの反応も示さないってことは、たぶんこの距離じゃもう聞こえていないってことだろう。


「え、それで、それがどうかしたのか?」


「さっき、海生と遊んでたでしょ」


 遊んでたっていうか、俺の捉え方としては、いじめられてたんだけどな。


「ああいうのね、どーでもいい人にはやらないから。本当は、レオは海生と仲良くなりたいんだよ」


「……嘘だぁ」


「本当だよ。素直になれないから意地悪しちゃうんだよ」


 力なく言う俺に、花菱は力をこめて言った。


「だから、レオのこと嫌いにならないであげてね」


「ん、わかった」


 頷いたものの、そんなこと今更言われても、もう遅い。だいぶ前から、あいつのこと嫌いだもん。


 花菱が何で急にこんなこと言いだしたのか、何で倉本のことなのに一生懸命になってるのか、よくわからなかったけど、もう倉本の話はしたくなかったからあえては聞かなかった。


「そういえば、海生。今日も部活あるの?」


 急に話が飛んだな。


「あるよ」


「遊びに行ってもいい?」


「え、」


「ダメ?」


 途端に眉を八の字に下げて花菱は悲しそうな顔をする。


「ダメじゃない、けど」


「じゃあ、行ってもいいよね?」


「うん、まあ、いいよ」


 本当は先に桜井に相談した方がいんだけど。でも、平気だよな。花菱は園芸部に興味を持って来てくれるんだから、きっと桜井も喜んでくれるはず。


「やったね! 楽しみだなぁ」


 こどもみたいにはしゃいだ声を出し、花菱は嬉しそうに笑った。


 今日も今日とて例のごとく関口先生から嫌がらせみたいな雑用押しつけられたから、園芸部らしいことは何もしないのに、そんなに楽しみにして後でがっかりしなきゃいいけど。



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