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「それじゃ、ハルさん、お母さんと和解できたんですね」
「一応。ハルちゃんの気持ちはわかってもらえたみたいです」
ただ、いがみあってる期間が長かったから、すぐに母娘仲良くというわけにはいかないみたいだけど。
「時間が解決してくれますよ」
「そうですよね」
「よかったですね」
「よかったです」
紫音さんと2人、顔を見合わせ笑顔を交わす。
明日は三日月祭本番。今日は最終準備で、俺たちは各グループに分かれて手作りの花やメッセージを掲示する作業をしてる。俺と紫音さんは2人でお花掲示係りになった。
せっかく2人になったんだし、ハルちゃんのことは紫音さんにも話していたから、ハルちゃんが家に帰ったこと、ぎこちないけどお母さんと向かい合おうとしてることを報告した。
「これで真田くんの悩みも解決ですね」
「いや、まだ一つあるんですよ。園芸部のこと」
て言っても紫音さんには園芸部のことは知らないか。
「花菱くんから聞きましたよ。色々と大変だったみたいで」
「まあ」
俺よりも桜井のが大変だったろうけど。誰かさんのせいで、というか、おかげで、というか。
「でも倉本くんがいるなら安心ですね」
「それについては賛同しかねます。花菱は信じきってるみたいですけど」
倉本、じゃない、レオならなんとかしてくれるって、本気で思ってる。
何を根拠に言ってるんだか知らないが、世の中そんなに甘くない。
「真田くんは知らないんですね」
「何をですか?」
「倉本くんのこと。私、倉本くんとは小学生の頃から面識があるので」
紫音さんは何だか得意そうに笑った。
「倉本くんは嘘はつくけど、約束は守るんですよ」
「それ、花菱も言ってました。でも守れない約束だってあるでしょう?」
「それは大丈夫です。守れない約束は始めからしないので」
「じゃあ、今回のことは守れる約束だってことですか?」
「もちろん」
顔を近づけて、紫音さんは内緒話するみたいに、
「これはあまり知られてないみたいなんですけどね、倉本くんは、」
「え?」
……え?
そして三日月祭、当日。
午前中のオープニングセレモニー&舞台発表を終え、昼休み。
午後からは各クラス、クラブごとに模擬店を出すことになってるから、みんな昼食をとる暇もなく、開店準備に取りかかっている。
うちのクラスみたいに掲示・飾り付け係りだと、当日は楽でいいな。
やることがない俺たち、俺と花菱は、だからってわけじゃないけど、桜井に呼び出された。裏庭で昼を食べようということらしい。
午前中のステージ発表の時間でダンスを披露した花菱は(剣道部がダンス?)、片付けや着替えに時間をとられているらしく、まだ教室には戻ってなかったから、一人で裏庭へ向かう。
「やあ」
途中でレオにあった。
「どうも」
「何がどうもだよ。おっさんみたいな挨拶してさ」
「どうも」って言うのはおっさんの専売特許じゃないと思う。
「どこ行くんだ?」
「裏庭に。桜井に呼び出された」
「ふーん。リンチ?」
「違うよ。わかってて言うなよ」
「冗談が通じない奴だな」
倉本は短く笑って黙る。何だかぎこちない。
「く、じゃない、レオ。って、理事長の甥だったんだってな」
レオの目が見開かれる。すぐに批難するようなきつい眼差しに変わる。
「それは誰に聞いたの?」
「……友達」
「お前にそんなこというのは花菱か紫音さんだな」
「紫音さんだよ」
「余計なことを」
「紫音さんはお前の秘密ばらそうとか、悪気があって言ったわけじゃないんだよ」
「わかってる。別に隠してるわけじゃない。で、他に何を聞いたの?」
「……レオは理事長の甥だけど、そう言われるのが嫌だから自分からは絶対に言わないって。自分のことは自分で何でもするし、周りのことも自分で何とかしようとするけど、どーしてもダメなときは、嫌だけど、ものすごーく嫌だけど、おじさんに、理事長にお願いするんだって。でもそれは絶対誰かのためであって、自分のためじゃないって」
レオはつまらなさそうな顔をしていた。
「自分を良く見せようとする奴が嫌いだから、絶対言わないけど、実は見えないところで色々気つかってるんだって。ただの嫌な奴じゃないから、それだけはわかってあげてって」
「お気遣いいただいて申し訳ないねえ」
ため息一つついて、肩を落とす。
「嫌だったのか? その、理事長の甥だって知られるのが」
「そりゃいい気分ではないよね。僕は僕だけの力で園芸部を復活させ、お前たちに恩を売りたかったんだから。倉本がすごいんじゃない、すごいのはバックにいるおじさんじゃないかーなんて、有り難みも薄れるだろ」
二回目の息をついて、レオはふいと顔をそらした。
「薄れたりしないよ。感謝してる。6割くらいは」
「あとの4割はなんだよ」
「なんかモヤモヤした感じがあって。あんなに園芸部のこと目の敵にしてたのに。俺に対しては特にひどかったよな」
「そうだっけ?」
「そうだよ。それなのに結局、園芸部復活に手を貸してくれた。何がしたいんだかよくわからなくて」
「わからなくていいよ。海生なんぞにわかってほしいと思わない」
レオは楽しそうに笑う。笑うようなことじゃないのに。
「でも、わかったこともある」
「何の話?」
「あの契約書のことも、紫音さんに聞いた」
レオの目が、大きく見開かれる。虚をつかれた、そんな顔。
「あれは、友達の儀式なんだってな」
レオは「友情」とか「好意」とか「愛」とか「絆」とか、目に見えない、形のない、曖昧なものが嫌いだって。だから友達がいない、作ろうとしない。でも、自分が気にいった人間には、ずっとそばにおいておきたい人間には、目に見える、形に残る「契約書」を書かせるって。それを仲間内では「友達の儀式」と呼んでるらしい。
「それに花菱が言ってたんだ、『レオは海生と仲良くなりたいんだけど、素直になれないんだよ』って。だから思ったんだけど、」
本当は違うかもしれないけど、
「レオは俺と友達になりたかったんだけど、素直になれないから俺に辛く当ったのか? 園芸部を廃部に追い込もうとしたのも、俺と桜井の仲を引き裂こうとしたのも、桜井が邪魔だったからなのか?」
鼻で笑われるか、「馬鹿じゃないの?」って言われるかと思ったけど、レオは何も言わなかった。
「あたった?」
重ねて訊ねると、無言で足を蹴飛ばされた。俗に言う、「弁慶の泣き所」を蹴られて床に沈む。ひどい。
「馬鹿はこれだから困る。どうして逆だと思わないんだろうね」
「逆?」
聞き返したけど、答えはもらえず、
「お前が嫌なら、契約解除してもいいんだけど」
なんて言い出したから慌てた。
「だって、そんなことしたら園芸部が」
「それは安心していいよ。一度復活させた園芸部をまた廃部に追い込むなんて、僕はそんなに暇じゃないからね」
口ではそう言ったものの面白くなさそうな顔をしているのが、気になった。
「……いい、契約続行。レオが約束を守ってくれたんだから、俺も最後まで守りとおす」
立ち上がって、空いてた左手を差し出す。
「改めて今日から、『友達』として宜しくな」
レオはお得意のエンゼルスマイルを浮かべ、俺の手をひっぱたいた。
「調子に乗るな」
「別に乗ってないのに」
ひりひりする手をさする。やっぱこいつただの嫌な奴だ。
「これからは今まで以上に言動には気を付けた方がいい」
吐き捨てるように言ったレオの足音が遠ざかっていく。一度立ち止まり、
「それから、握手は普通、右手でするもんだ」
振り返って、それだけ言うとまた歩きだした。
俺が右手を出していたら、素直に握手をしたんだろうか。




