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「あいつに、皆川に言われたんだ。本当は男になりたいなんて嘘なんだろう。母親に言われたことに反発して、引っ込みがつかなくなっただけなんだろうって」
「そうなの?」
首を振って否定する。
「半分はハズレ」
じゃあ、半分は当たりなんだ。
「どっちが当たり?」
「男になりたいなんて嘘だろうってのはハズレだな」
半分はハズレで、半分は当たりなんだから、引っ込みがつかなくなったっていうのは当たってるということになる。
「ハルちゃん小さい頃に男になるって言って、引っ込みがつかなくなったんだ?」
ハルちゃんは何も言わない。
「本当はお母さんと仲直りしたいって思ってるんだろ?」
ハルちゃんはやっぱり何も答えない。
「答えてくれないの?」
隣に座るハルちゃんを見た。
ハルちゃんは頑なに喋ることを拒否している。また膝を抱えて、顔を上げようともしない。
「あの、こんなタイミングで言うことじゃないかもしれないんだけど、昨日、ハルちゃんに相談のってもらった件、解決したんだ……いや、本当はまだ全部解決してないけど。ハルちゃんの言う通り、桜井は俺のこと庇おうとしてくれてたんだ」
ハルちゃんが俺の話を聞いているのかどうかわからなかったけど、構わず続けた。
「桜井だけじゃない。花菱も、一応倉本も俺のこと庇おうとしてくれて。桜井が俺に言ったひどいことも全部嘘だったんだよ。倉本に命令されて。でも花菱いわく、それは悪意があってじゃなくて、俺と桜井がケンカ別れしたって思わせるための作戦なんだって。ほんとかよって話だけどさ。でも俺、なんにも知らなくて、自分だけ傷ついたみたいな顔してハルちゃんに泣きついてさ。あいつら……主に桜井にだけど、ひどいことも言っちゃったし。本当のこと教えてもらってよかったなーって。仲直りできてよかった。誤解したままだったら、俺、ほんとに嫌な奴になってるとこだった」
色々あったような気がするけど、よく考えるとそれって全部ここ3日ほどの間にあったことなんだよな。
たった3日なのに、なんだかすごく長く感じたな。
「何が言いたいのか全然わかんない」
顔を埋めたまま、不機嫌そうにハルちゃんは言った。
「……つまり、ハルちゃんもお母さんと仲直り出来るよって話」
「飛躍しすぎ。ワケわかんねーよ」
ハルちゃんの声は刺々しい。怒ったのかな。
「……だってハルちゃんが言ったんだよ、思ってること言えって。本当の気持ちぶつけろって。ハルちゃんはお母さんにあの日なにがあったのか、お母さんの言葉にどれだけ傷ついたか、なんで男になるなんて言い出したのか、わかってほしかったんだろ? わかってもらえないのが悔しくて悲しくて、だから家を飛び出して来ちゃったんだろ?」
顔を覗きこむようにして、「ちがう?」と聞いた。ハルちゃんは小さく頷いた。
「なら言わなくちゃダメだよ。察してほしいって気持ち、わからなくもないけど、言葉にしなきゃわからないことってたくさんあるから。俺、桜井と話してしみじみ思ったよ。それを教えてくれたのはハルちゃんじゃないか」
「無理だよ」
ハルちゃんがゆっくり顔を上げる。
膝に当たっていたのか額が少し赤くなってる。
「わかってたんだ。いつかこんなくだらない意地は捨てなきゃいけないって。わかってたのに気が付いたら溝は深まってた」
ハルちゃんの声は少し、擦れていた。
「今更、無理だよ。どんな顔すりゃいいかわかんない。仲直りなんて、絶対無理」
肩が少し震えてる。泣いているのかもしれないと思った。
こんな時でも、へたれな俺はうろたえるばっかりで、どうしていいかわからない。
「あの、俺、頭悪いから上手く説明できるかわかんないんだけど、家族てそんな簡単に壊れるものじゃないと思うんだよ。綺麗事かもしれないけど、どんなに遠く離れていても、歳を取ってお爺さんお婆さんになっても家族は家族で、繋がってるし、たった一度の失敗で気まずくなったからって仲直りするのに今更なんてことはない、遅すぎるなんてことはないと思うんだよ。だからね、なんていうか」
うまく言えなくて、顔が熱くなる。変な汗が出てくる。
「ハルちゃんがお母さんと仲直りしたいって思うならきっとうまくいくよ。うまくって言っても、そりゃ最初からそんなうまくはいかないかもしれないし、時間も掛かるかもしれないけど、でもさ、他人の俺と桜井だって、第一印象最悪なとこからはじまって、今じゃマブダチといってもいいくらいに仲良くなれたんだし……そう思ってるの俺だけかもしれないし、てか、なんか例えが違うかもしれないけど、大丈夫だって、俺はそう信じてるよ」
いっぱいいっぱいになって、たまらずハルちゃんの手を握る。
「ハルちゃんが髪の毛を切って男になるって言ったときの姿が今でも目に焼き付いてるんだ。ハルちゃんは強い女の子だよ。ちょっとのことじゃへこたれない根性と我慢強さを持ってる。お母さんとの事もハルちゃんなら大丈夫だって信じてる。でも、どうしても辛かったり悲しかったりしたら言ってほしい。何の力にもなれないけど、話を聞くらいなら、一緒に怒ったり泣いたりするくらいなら、バカな俺にだって出来るから」
一旦言葉を切り、息を吸い込んだ。
「俺、ハルちゃんが好きなんだ。だから応援する。ハルちゃんが幸せになれるよう、自分の生きたいように生きられるよう祈ってる」
ハルちゃんの肩の震えがとまった。おそるおそるといった感じで、顔をあげる。
目尻と鼻の頭が赤くなってたけど、それは気づかないふり。
ハルちゃんは繋いだ手を、同じくらいの力で握り返してきて、照れたように笑って、「ありがと」と言った。
翌日、ハルちゃんは家に帰っていった。
ハルちゃんのお母さんから、「ちゃんと話がしたいから帰ってきなさい」と連絡がきたから。
ハルちゃんはすんなりと帰ることを決めた。
たぶん母ちゃんが、
「連絡もしなかったから、何か事件に巻き込まれたんじゃないかって、姉さん、すごく心配してたみたいよ」
と言ったのも効いたんだろう。
ハルちゃんが帰っちゃうのは、俺も母ちゃんもすごく寂しかったけど、母ちゃんが強引に「最低月2回はお泊まりに来てね」なんて約束させていたから、またすぐに会える。
翌朝見たハルちゃんの目は真っ赤だったけど、さっぱりした顔をして、「昨日はうだうだ言って悪かったな」なんて笑ってたから、大丈夫。
ハルちゃんなら、きっと、大丈夫。




