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 今日は何なんだろう。


 花菱と桜井から色々と衝撃的な話を聞き、まあでもそのおかげで桜井とは和解し、園芸部を復活させるために倉本、じゃない、レオと主従契約を結んだ。


 騒々しいというか、慌ただしいというか。次から次へと色んなことがあって、何だか頭の中がこんがらがる。ワケがわからなくなってくる。安心したのもあるんだろうけど、何だかどっと疲れた。


 こんな日は早く帰ろう。そうだ、早く帰って、ハルちゃんに報告しなきゃ。ハルちゃんのアドバイスのおかげで桜井と仲直り出来たよって報告しなきゃ。


「海生くん、」


 足早に校門を出たところで呼び止められた。また、何かめんどくさいことが起きそうな、嫌な予感。


 門柱に寄りかかった皆川さんの姿を見つけた瞬間、全力疾走で逃げたくなった。


「急にごめんね。一昨日のこと、君たちに迷惑かけちゃったから謝りたくて」


「え?」


 一昨日のこと怒ってると思ったのに。絶対、俺に文句言いに来たんだと思ったのに。


「君に話したいことがあるんだ。少し時間をもらえないかな?」


「え、や、でも」


「本当に少しでいいから。ハルのことで相談したいんだ」


 ハルちゃんのこと? 皆川さんが何で俺に相談?


「……わかりました。いいですよ」


 本当は怖いからあんまり関わりたくないんだけど、ハルちゃんのことって言われたら気になるから。


「場所を変えよう」


 歩き出した皆川さんについて、俺は少し後ろを歩く。


 連れてこられたのはハルちゃんを迎えに行ったドーナツ屋だった。皆川さんはコーヒー。俺はオレンジジュースを持って、向かい合わせに席につく。


「まず確認するけど、君はハルと付き合ってるのか」


 皆川さんの質問に、面食らう。唐突だなー、この人。


「違いますけど」


「けど?」


「あ、いえ、違います」


 皆川さんは頷いて、コーヒーを一口飲む。


「もう一つ確認するけど、君はハルが男になりたがってるのを知ってる?」


「一応、知ってます」


「一応というのは?」


 いちいち細かいとこつっこむな。


「男になりたがってるのは知ってます。でも理由とかその辺の事情は知らないです」


「そうか。なら話は早いな。君に頼みたいことがあるんだ」


「頼み、ですか」


「難しいことじゃないよ。ハルを説得してほしいんだ。性転換なんてやめろって」


 皆川さんは平然と言ってのけたけど、それ、ものすごーく難しくないですか?


「どう? やってくれる?」


 おまけにせっかち。突然そんなこと言われて、はいわかりましたと言えるわけがないじゃないか。


「いや、それは……俺なんかがやるより、皆川さんご自身でやったほうがいいんじゃ」


 だって皆川さんはハルちゃんの中学からの親友で、良き理解者で、ハルちゃんが男になるのを応援してくれてて――あれ?


「皆川さん、ハルちゃんが男になるのを応援してたんですよね?」


 ハルちゃんは確かにそう言ってた。


「表向きはね」


 皆川さんは肩をすくめて言った。


「下手なこと言って、ハルに嫌われたくなかったから」


 嫌われたくなかった。それは、つまり、


「皆川さんは、ハルちゃんが好きなんですか?」


「好きだよ。じゃなかったら友達にならないから」


「あ、いや、そうじゃなくて、ハルちゃんに恋をしてるってことですか?」


 皆川さんは、答えない。静かにコーヒーを飲む。肯定はしないけど、否定もしない。


「……ハルちゃんのこと、ずっと騙してたんですか?」


「この前、ハルにも同じこと言われたよ。でも俺はそんなつもりなかったんだから、そういう言い方はやめてほしいんだけどね」


 一昨日、ハルちゃんはすごく怒ってた。皆川さんの顔も見たくないって、すごく怒ってた。


 女であることを思い知らされた。ハルちゃんは悔しそうに言っていた。


「皆川さん、もしかして、ハルちゃんに告白とかしました?」


「した。したけど、ふざけんなってキレられた」


 やっぱりな。


「だから、ハルちゃんあんなに怒ってたんですね」


「告白しただけで怒鳴られるなんて、俺は思わなかったよ」


 ハルちゃんはどう思ったんだろう。


 一番の親友が、自分を女だと見ていた。周りがどんなに反対しても、たった一人だけ、皆川さんだけはハルちゃんの味方をして、いつも応援してくれてたんだろうな。だからハルちゃんは、皆川さんと一緒にいたし、皆川さんには何でも話してたんだ。俺のことも。男になりたい理由も。


 ハルちゃんは裏切られたと思っただろうか。


「皆川さんはハルちゃんが好きなんですよね?」


「好きだよ。つい今しがた言ったばかりだ」


「だったら、何でハルちゃんの気持ちを大事にしてくれなかったんですか」


 ハルちゃんが好きなら、本当に好きなら、黙っててあげればいいのに。


「俺はハルのためを思って言ったんだよ。ハルは自分が女であることを嫌がっていたけど、女であるからこそ、魅力的なんだ。いいところをたくさん持っている。それを捨ててまで男になる必要なんてない。俺はハルを止めたかったんだ。ハルには女の子として幸せになってほしいんだ」


 ハルちゃんの拗ねたような顔が頭の中に蘇る。


 9年ぶりに再会したあの日、『おまえなんかにはわかんねーよ』と言われたっけ。


 確かに俺にはハルちゃんの気持ちがわからないよ。でもそれは、この人だって同じじゃないか。


「皆川さんの言い分はもっともです。でも、それって結局は自分のためじゃないですか」


 皆川さんが眉を寄せたが、俺は気にしない。


 皆川さんはハルちゃんに恋してるから、ハルちゃんが男になったら困るから。ハルちゃんの気持ちを知ってるくせに、自分の気持ちを優先した。そういうことだ。


「すみません。俺はハルちゃんに男になるのをやめろなんて言えないです。それにハルちゃんの生き方は、ハルちゃんが自分で決めることですから、俺らがとやかく言うのは間違ってます」


 オレンジジュースはまだ残ってたけど、もう、いいや。


「ごちそうさまでした」


 立ち上がって、一礼する。


「君はハルが好きじゃないのか。あいつが男になってもいいっていうのか」


「好きですよ」


 でも、皆川さんとは違う。


「好きだから、ハルちゃんのこと応援したいんです」


 なんて。つい3日前は俺だって反対してたのによく言うよな。


「男だって女だってハルちゃんはハルちゃんです。俺の知ってるハルちゃんに変わりはないです」


 事実、9年ぶりに会ったハルちゃんはあの頃と変わらなかった。俺の大好きだった強くて優しくてカッコいいイトコのハルちゃんだった。ハルちゃんが男になったって、きっと今のハルちゃんと変わることはない。


「それじゃあ、失礼します」


 もう一度頭を下げて、今度こそ店を出る。


 早く帰ろう。早く帰って、ハルちゃんの顔が見たい。


 俺は勢いよく、夕方の駅前通りを走り出した。



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