38
部活を途中で抜けてきた花菱と、図書室に行くと言う桜井と別れて、一人で昇降口へ向かう。
園芸部の活動中止は揺るがない、と思う。花菱は倉本が園芸部を守るとかなんとか言ってたけど。活動再開させてもらえるなら万々歳だけど、駄目だったら駄目だったで、その時はその時だ。自分たちの手で、桜井と二人で、また一から頑張ればいいんだ。
「真田」
靴を履き替えていたら、倉本に声をかけられた。本当に来た。思わず身構える。
「何か用?」
「花菱から話は聞いた?」
「聞いたけど……」
そうだ。考えてみたらこいつ、一応俺のこと庇ってくれたんだよな。そのおかげで園芸部は解散命令だされたんだけど……いや、その原因は俺にあるんだから仕方ないか?
「倉本が園芸部を守ってくれるんだって?」
もう既に解散命令出されたし、守りきれてないけどな。
「お前たちが望むならね。ただし、条件が二つある」
倉本がニィっと悪そうな笑みを浮かべる。やっぱり、ただ、というわけにはいかないか。「二つ」っていうのがまた、なんとも。
「なに、条件て」
どーせろくでもない、とんでもないことに違いないだろう。
「一つはもうクリアしたよ。園芸部にまつわる知られざるエピソード。花菱から、あいつが知ってること全部聞き出した」
「倉本は、花菱と桜井が幼馴染みだって知ってたんだろ?」
だから、桜井だけじゃなく、花菱にまで発破かけてたんだ。
「幼馴染みとは思っていなかった。期待してたほど、面白い話でもなかったし」
「それは残念でした」
上履きを下駄箱にしまい、扉を閉める。
「で、もう一つの条件てのは?」
「これ」
倉本は一枚の紙を差し出す。
B5サイズの紙。タイトルは『契約書』。下には今日の日付、氏名を記入する欄がある。
「何、これ」
「契約書だけど?」
「見ればわかるだろ?」とでも言いたげな倉本。
「何の契約書?」
「園芸部を守る代わりに、これから先、半永久的に、僕を崇め称え、忠義をつくし、決して裏切りません、という契約書だよ。ようは僕の従者。もっとわかりやすく言うと奴隷になるための契約書。まあ契約書というと聞こえが悪いから、『倉本礼央様を崇拝する部』の入部届けだと思ってくれればいいよ」
言葉が出なかった。驚きと呆れで。
従者って、奴隷って、崇拝する部って……こいつ、頭大丈夫か?
「嫌ならいいんだよ。僕としては、目障りな部がなくなって、清々してるんだから。でも、僕が助けてやらなかったら、この学校で園芸部が復活するなんてことはもう二度とないだろうねえ」
「それでもいいの?」。倉本はニヤニヤ笑いながら、真っ直ぐに俺の目を見つめる。
俺も真正面から倉本を睨みながら、頭の中をフル回転させる。
人間としてのプライドをとるか。園芸部復活をとるか。
「……桜井にもこの契約書を渡すのか?」
「いいや。今回は渡さない。と言うのも、もう既に奴とは契約を結んでいるから」
「結んでる?」
その言葉に違和感を覚えた。でも倉本は俺の訝しげな表情を別の意味にとったらしい。
「奴は僕の配下に入ることになったんだよ」
そう言いながら、嬉しそうにニッコリ笑う倉本。
大嫌いで目障りな桜井を屈服させ、自分の思うままに操れる立場におとしこめたのが嬉しくて仕方ないみたいに。
「お前、本当に性格悪いな」
「喧嘩売ってんの?」
「真面目な話をしてるんだよ。そんなふうに生きてたら、将来本当にろくでもない大人になるぞ」
「ご忠告どうも。でも、大きなお世話だよ」
鼻で笑われた。こいつに何言ったって無駄だ。
ため息一つ吐いてから、紙を手にとった。下駄箱の扉に紙を押し当てて、今日の日付と名前を書き入れる。
「たかだか園芸部の復活のためによくやるよね。お前にはプライドってものがないのか?」
呆れたような声に、ペンを握る手に力が入る。自分で言っといて、ほんと何なのこの野郎。
「桜井の意志は俺の意志だ。桜井が契約書にサインしたっていうなら俺もする。俺は園芸部の部員なんだから、部長の桜井についてくのは当たり前だ」
倉本が「馬鹿馬鹿しい」とかなんとか呟いたのが聞こえたが、無視だ、無視。
そりゃ、不安がないと言えば嘘になる。でも、こいつだって俺と同じ人間なんだ。最低限の人権は保証してくれるだろう。たぶん。
桜井が俺のためにしてくれたことを考えたら、こんなこと屁のカッパだ。
契約書と俺の顔を見比べ、倉本は満足そうに頷いた。
「約束は約束だ。三日月祭までには、お前たちの大事な園芸部を復活させてあげるよ」
用紙を二つに折ってポケットにしまうと、倉本は背を向けて歩き出した。
「待て、倉本。桜井のことは大丈夫なんだよな?」
「桜井のこと?」
すぐには思い出さない倉本に苛立ちつつ、
「一昨日のこと、桜井が全部悪いってことになってるんだろ? 今のところ、園芸部の活動中止しか関口からは言われてないけど、停学とか退学とかになったりしないよな?」
「ああ」。倉本はバカにしたように笑って、
「当たり前だろ。奴は何も悪いことなんてしてないんだから。そんなこと僕がさせないよ」
「……本当に大丈夫なのかよ?」
口ばっか達者で、本当は何にも出来ない、なんてことないよな。
「見くびるな。自分の家畜は自分でしっかり守るさ」
フッと笑い、倉本は俺に向き直った。
「それが飼い主の責任というものだ」
「……ああ、そう」
倉本があんなに自信たっぷりに言うんだから、大丈夫。きっと大丈夫。だけど、家畜って、飼い主って……。
「ああ、そうだ。契約の証として、今日から僕のことは倉本じゃなくて、レオと呼べ」
「は?」
「お前のことは海生と呼ぶから」
「じゃあ、そのつもりで」と倉本、もとい、レオは校舎の中へ戻っていった。




