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「……親父は俺が物心つくまえに亡くなった。俺がこの学校に入ったのも、園芸部復活、花壇設置を目指したのも、ほとんど記憶にない父親の影を追い求めたからなんだ」


 桜井は俯いて、静かに語りを終えた。


「桜井は、お父さんの意志を継ごうとしたんだな」


「そんなたいそうなものじゃないよ。ただ、ここに来て、同じようなことをしたら、父親のことが何かわかるかなーとか思ったんだ。それに、一応ここは両親の思い出の場所になるわけだから、廃れさせとくのは悲しいかなって。それだけだよ」


「そうか」


 じわじわと、水が染み込んでいくみたいに、桜井の話が胸に染みていった。自然に頬の筋肉が緩んでいく。


「いい話だな」


「いい話なもんか……倉本の言うとおり、本当の理由は隠してたし、海生に嘘ついて園芸部復活の手伝いをさせてたんだから」


 桜井は眉を寄せ苦しそうな顔をして言った。


「気にするなよ。隠してたって嘘ついてたって、悪気があったわけじゃないんだし……てか、嘘とか隠し事とか、本当はそんなことどうでもいいんだ」


 眉を寄せる桜井と首を傾げる花菱の視線が気恥ずかしくて、俯いて言った。


「桜井に嫌われてなかったってわかったから、もうそれでいいんだ」


 昨日からずっと、そのことばっかり気にしてたから、本当は違うんだってわかって、今、すっごい嬉しい。本当に嬉しい。


「嫌いなわけないじゃない、桜井は海生と一緒にいるのが楽しくなっちゃって、本当のこと言えなかったんだから」


 「ね、桜井?」と問いかける花菱に対し、桜井はバツが悪そうに「まあ」と呟いた。


「桜井の性格からしてね、海生が一番最初に園芸部を手伝いたいって言ったとき、断るつもりだったと思うんだよ。でも海生があんまり熱心だから、その気持ちが嬉しくて、園芸部の手伝いを許しちゃったんだろうね。裏庭を憩いの場にするなんて建前で、真の理由は別のところにある。でもそれを言ったら、海生は『みんなのためじゃなくて自分のためだったのか。俺は桜井の私益のために利用されただけなのか』って幻滅するかもしれない、離れていってしまうかもしれない。それを恐れた桜井は嘘を吐き続けるしかなかった……というのが僕の予想」


 桜井はムスッとして、否定も肯定もしない。


 幼馴染みの花菱に全て見透かされていたことが、悔しいのかもしれない。


「僕だっておばちゃんに聞いてたから、園芸部のことは知ってたんだよ。それなのに、いくら僕が学校ではリョーチンて呼ばない、部活以外の時間では声をかけたりしないって言っても、園芸部の手伝いはさせてくれなくてさ」


 膝を抱えて、花菱は拗ねたように呟く。


「実のとこ、嫌われてたのは僕の方じゃないのかなー。中学入ってから急にそっけなくなっちゃってさ、海生が園芸部の手伝いをするようになったときだって、すぐに教えてくれなかったし。僕が海生に余計なこと話すんじゃないかって考えてたんだろうけど」


 頭の中に、三日前、花菱とトイレ掃除をした時の会話が蘇った。


 花菱がしきりにいいなと言っていたのは、親友がいることじゃなくて、桜井と親友みたいに付き合えることを言っていたのか。


「悪かったよ」


 黙っていた桜井がため息とともに言葉を吐き出した。


「お前のこと嫌いなわけじゃない。中学生になったら生徒会に入るって言ってたのに、俺みたいな素行不良の生徒が一緒にいたらまずいだろうと思ったんだよ」


「なら、もういいじゃない。僕はこうして生徒会長に就任できたんだし」


「生徒会長と不良が仲良くしてたら益々まずいだろうが。ましてや俺は生徒会顧問の関口が目の敵にしてる園芸部の部長だぞ。肩入れしてるって思われたらお前までとばっちり食らうかもしれないだろ」


「僕は全然平気だよ」


「俺は平気じゃないの」


「気にすることなんてないのになー」


 残念そうな言葉とは裏腹に、花菱は相変わらずニコニコ笑っている。


 言葉と表情、花菱の本心はどっちにあるんだろうか?


「そんなことよりも、一番大事な昨日のことを話してあげないと」


「わかってるよ。お前が余計なこと言って話を脱線させたんだろ」


「ごめんごめん。僕のことはいいから続けて」


 桜井は俺に目を向けた。


「……昨日は本当に悪かったな」


「いや、大丈夫だよ。もう気にしてないから」


 でも、あの発言の真意を聞きたい気持ちはある。


「昨日は、何であんなこと言ったんだ?」


「それは、」


 口を開きかけた桜井は一度言葉を切り、キョロキョロと辺りを見回す。何を気にしているんだろうか。


 誰もいないことが確認出来たのか、改めて桜井は、俺に向き直った。声をひそめて、


「倉本の命令なんだよ」


「倉本? 倉本が桜井に、あんな酷いことを言えって命令したってのか?」


 桜井はこっくりと頷く。


 あいつ、昨日はそんなこと素振り全然見せなかったのに……結局、あいつが裏で糸を引いてたのかよ。


「もちろん、あれは俺の本心じゃない。でも、勘違いしてくれるな。倉本は海生を傷つけたくてあんなことを俺に命令したわけじゃないんだ」


 驚いた。桜井が倉本を弁護するようなことを言うなんて。


「どういうことなんだ?」


「一昨日、海生が帰った後にちょっとごたごたがあってね」


 花菱が楽しそうに口を挟んできた。


「海生と一緒にいたあの男の人、なかなか目を覚まさなくてね、心配になったからレオと桜井を呼びに行ったんだよ。それから間もなく目覚めたけど、気が動転していたのか、僕らに食って掛かってきて。咄嗟に桜井があの人を押し止めようと手を出したら、力が強すぎて、あの人はまた地面に逆戻りしちゃったんだ。それで僕らもさすがにまずいかなと思って、こっそり逃げたんだけど」


 いや、そこは逃げるなよ。目が覚めるまで介抱してやれよ。て、俺が言える立場じゃないか。


「そしたら、運悪く、一連の流れが学校にばれちゃって。レオがその情報をいち早くつかんで、僕に知らせてくれたんだ。騒ぎを起こしたのは神明学園の男子生徒4名で、そのうち1人は柄の悪い、見るからに不良っぽい少年」


「それは……桜井のことか?」


 花菱は頷き、


「あとの3人のうち2人については、これといった話は出てないらしいんだけど、残りの1人は背の高い男子で、仲間を置いて走って逃げたって。ご丁寧に、一番最初に騒ぎを起こしたのは、先に逃げた男子らしいってことも報告されたって」


 その背の高い、走って逃げた男子っていうのは、当然俺のことだよな。


「そんな電話が入ったものだから、放課後臨時の職員会議が開かれたんだって。話し合いの末、騒ぎの原因を作ったのは海生で、一緒にいた柄の悪い少年は桜井だろうってことになって。翌朝、2人に事情を聞き、事実であったなら、それ相応の処罰も必要だってなったらしいんだ」


 花菱の顔は珍しく真剣で、これがどれだけ重要な問題かを表している。


「それ相応の処罰って、」


「最悪、退学だよね」


 退学。退学って?……あの退学か!?


「何でっ!? だって、俺、悪いことしてないよ!? 何で俺が退学になるんだよ!?」


「大丈夫、もうその心配はないから。落ち着いて、海生」


 花菱は、やんわりと俺を宥めた。


「レオはね、関口先生が海生と桜井の話を真面目に聞くはずないって言ってた。目障りな桜井と園芸部をまとめて排除するチャンスだから。ろくに話も聞かないまま、二人に処分を与える、あの先生ならやりかねないって。レオは関口先生のこと好きじゃないみたいだから、あいつの好き勝手させるくらいなら、まだ園芸部を守ってやる方がいいって、作戦を持ちかけてきたんだ」


 花菱は自分のことのように得意気に笑って、


「海生と桜井の名誉を守り、園芸部も守る、レオにしか出来ない作戦だよ」


 と言った。


「具体的には、まず桜井にすべての罪を被せること。とりあえず一度桜井が全部悪いってことにして、関口先生の目を海生に向けさせないようにしたんだ。事件の元凶は海生だと思われてたからね。そのためには、レオが目撃者を装って、悪いのは桜井です、海生はたまたま自分と一緒にあの店にいただけです、て関口先生に嘘の報告をする必要があったんだ」


「あいつ、そんなこと、言ってなかった」


「そりゃそうだよ。僕も桜井も、海生を庇ったことはナイショにするようにってレオに言われてたんだもん」


 じゃあ、倉本も、一応俺のことを庇ってくれたってことなのか……でも、何で教えてくれなかったんだろう。


「それからレオは、桜井に海生を冷たく突き放すことを言いつけたんだ。もう二度と立ち直れないくらいにひどいことを言えって」


「なんだよ、それ」


 その行為に、いったい何の意味があるってんだよ。


「言ったでしょ? レオは関口先生の目を誤魔化すため、嘘の報告をしたんだ。その嘘の中の一つに、桜井と海生は前の日に園芸部のあり方について揉めて、絶交したってのがあったんだ。桜井と海生が絶交したとすれば、桜井の関わった騒動に海生も関わってるとは考えにくいじゃない?」


 そりゃ、まあそうかもしれないが。あの関口がそんな嘘を簡単に信じるか?


「レオは信頼されてるからね。レオが嘘つくなんて誰も思わないよ……でも念のために、レオは桜井に言ったんだよ。海生を遠ざけろって。話に信憑性を持たせるためにね。生半可な演技じゃ関口先生の目は誤魔化せない。だから海生には内緒にして、本気で絶交をしたように見せたかったんだよ」


「なるほど」


 あれは俺を守るための演技。桜井はともかくとして、倉本は楽しそうにしてたけどな。それでも、みんなが俺の知らないとこで、俺を守るために必死になってくれたのは事実で、その結果、桜井は汚名を着せられ、園芸部は活動中止を命じられてしまったわけか。


 釈然としない部分もあるけど、花菱が言うんだし、桜井も反論しないし、この話に嘘はない、全部本当のことなんだろう。


「……俺のことなんか、ほっとけばよかったのに」


 多少の誤解はあるかもしれないけど、あの騒ぎの原因は本当に俺にあるんだし。


 桜井の方こそ、たまたま現場に居合わせただけ、悪いのは全部俺。そう言えば、俺以外の誰も嫌な思いをすることなく、うまくいったのに。


 俺なんかよりも、園芸部の方がずっと大事じゃないか。それなのに。


「じゃあ訊くけど、海生が逆の立場だったらどうする? 自分を、園芸部を守るために正直に原因は桜井にあるんです、桜井が全部悪いんですって言った?」


 花菱が澄んだ真ん丸の瞳で、俺をまじまじと見つめる。


「逆の立場だったら、海生だって、きっと桜井と同じことをしたと思うけどな」


 「そうじゃない?」。にっこり笑う花菱。


 そうかもしれない。いや、きっと、そうだ。俺だって部よりも友達の方が、桜井の方が大事だから。


 桜井が、不安そうな顔をして、俺を見てる。


 学園一の不良と詠われる桜井も、こんな情けない顔するんだよ。あんまり知られてないけど。


 俺、自分ばっかり傷ついたって顔して、大事なことを忘れてたな


「桜井、ありがと、庇ってくれて」


「いや、そんな」


 桜井は気恥ずかしそうにモゴモゴ言う。


「短い間だったけど、桜井と園芸部の活動出来て楽しかったよ」


 園芸部はもうないけど、


「でも、これからも友達として一緒にいさせてほしいんだ。もちろん桜井が迷惑じゃなかったらだけど」


 桜井にとっては思いがけない言葉だったのか、目を見開いている。


「やっぱり、ダメか?」


「ダメじゃない……ダメなわけない。俺だって、園芸部がなくなっても普通の友達として付き合っていけたらって思ってるから」


「そっか。ならよかった」


 俺が笑うと、桜井も照れたような笑みを浮かべた。


 俺と桜井の顔を見比べながら、花菱もニコニコと笑っている。


「よかったね、二人とも。でも、さっきも言った通り、レオはちゃんと園芸部を守ってくれるよ。だから園芸部がなくなっても~なんて例え話は必要ないよ」


「だといいけどな」


 桜井は肩をすくめて、小さく笑った。


 でも、


「俺はそんな話信じられない」


 桜井と花菱の目が俺に向けられる。


「事実、園芸部は関口から解散命令出されたじゃないか」


「それもレオの作戦なんだよ。レオは必ず三日月祭までに復活させるって言ってたよ」


「あいつの言うことだ、どうせ嘘に決まってる。期待させるだけさせといて、後で俺らの希望を打ち砕くつもりなんだろ」


「海生は誤解してるよ。レオはね、口は悪いし嘘もつくけど、約束は必ず守る誠実な男なんだよ」


 嘘つく時点でちっとも誠実じゃないだろ。どうして花菱は倉本のことをこんなに信じきっているんだろう。


「レオはやるって言ったらやるよ。不可能なんてレオの辞書には載ってないんだからね。必ずレオは園芸部を復活させてくれる。でもそのためには、たぶん、海生の協力が必要不可欠になると思う」


「……あれか」


「あれだ」


 花菱と桜井で顔を見合わせ、困ったように笑った。


「あれって、何のこと?」


「近いうちに、早ければ今日にでも、レオが話をしに来るよってこと」


「何の話をしに?」


「それはその時になればわかるから」


 花菱はヘラッと笑って、話を打ち切った。


 納得はしていなかったけど、それ以上何を言っても無駄な気がして、俺は黙って頷くしかなかった。

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