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「幼馴染み?」
ニコニコ笑顔の花菱と仏頂面の桜井を見比べ、花菱の言葉を繰り返す。
「あ、もしかして、幼い頃に生き別れた兄弟、みたいな設定を期待してた?」
「いや、その発想はまったくなかった」
「そっか。ならよかった。期待を裏切っちゃ申し訳ないないからね」
花菱は安心したように言ったけど、そういう問題でもない気がする。
「……友達なんだろうな、って気はしてたよ」
て言っても、これも実はハルちゃんが予想してたことなんだけど。
園芸部の部長は、花菱の友達のお父さん。それは桜井のことなんじゃないかって。だから花菱は園芸部のことを気にかけていたんじゃないかって。話を聞いただけで二人の関係を言い当てたハルちゃんが鋭いのか、俺が鈍いだけなのか。
「幼馴染みだとは思ってなかったけどな……でも、何ですぐに教えてくれなかったんだ? てっきり、二人は仲が悪いのかと思ってた」
花菱・桜井初対面の時(本人たちにしてみたら初ではないんだけど)一触即発のすごい険悪なムードで、会わせるんじゃなかったってすごい後悔したのに。
「ごめんね、あの時は海生を不安にさせちゃったよね。でも、あれは桜井が悪いんだよ。いくら僕が嫌だからって、あんな邪険に扱うんだもん。僕もついついムキになっちゃってさ」
照れたように笑う花菱。あれはムキになっていたのか。
「小学校を卒業した時の約束でね、これから先は僕たちが幼馴染だってことは秘密にして、校内ではなるべくかかわらないようしようってことになったんだ」
「それは何で?」
「それはもちろん、リョーチンの優しさだよ」
「りょ!?」
リョーチン!? それは、もしや……。
俺が口を開くよりも先に、隣の桜井がベシッ! と平手で花菱の頭をひっぱたいた。
「いったいなぁー。これ以上阿呆になったらどうするのさ?」
「俺はその恥ずかしいあだ名で呼ばれるのが嫌だから距離を置けっつったんだけど、忘れたのか?」
射るような目で睨み付ける桜井に対し、花菱は首を傾げ、
「あれ? そうだったっけ?」
「そうだよ。何を聞いてんだよ」
「やだなー、そんな怒ったような言い方しなくてもいいじゃないか。リョーチンは短気だなー」
「だからそのリョーチンてのをやめろっての」
「……事情はなんとなくわかったよ」
確かに頭の中は一年中春みたいにおめでたい花菱が、学園一の不良と恐れられる桜井のことを「リョーチン」なんて呼んでたら、呼ばれる桜井も恥ずかしいだろうし、聞いてるこっちも恥ずかしいというか、気まずいというか、身の置き場に困るというか。
「あ、でも、それだけじゃないんだよ。りょ――桜井は見ての通り『不良』ぶってるから、小学生の頃から上級生や街の怖いお兄さんに目をつけられてしょっちゅう呼びだされたり、喧嘩をしてたんだ。そんな生活してたからみーんな怖がって、桜井には僕以外の友達がいなかったんだ。それにいくら小学生といえど、こんなミニヤンキーみたいなの先生だって保護者だって地域の人だっていい顔しないでしょ?」
同意を求められても、はたしてここで頷いていいものか……不良ぶってるとかミニヤンキーみたいなのとか、花菱もなかなか辛辣だ。幼馴染みだから言えることなんだろうけど。
「だから先生にもしょっちゅう呼びだされるようになってね、その度に僕がついていって弁護したり、お説教の邪魔をしたから、最終的には僕と桜井は二人揃って仲良く先生に呼び出されるようになったんだ。いつも一緒にいる僕らを見て、周りの子たちも僕と桜井はコンビなんだって思うようになったみたいで、小5くらいからかな? 僕の周りもだんだん友達が減っていっちゃったんだ」
何かそれって、今の俺が置かれてる状況によく似ている。
「自分のせいで僕の周りから人が離れていってる、りょ――桜井はそう思ったみたいで、学校で僕を避けるようになったんだ。当然僕は避けられる理由がわからないから、しつこく追いかけまわしてたけども」
「ねーねーリョーチン、何で僕のこと無視するの―?」としつこく追いかけまわす花菱と、シカトを決め込み早足で逃げる桜井の姿が、頭の中で簡単にイメージできた。天然な幼馴染を持つと大変だろうな。
「りょ――桜井には、一緒にいたらおまえまで悪く言われるから離れた方がいいって言われたんだけどね、結局僕は卒業まで一緒にいたよ。周りがどう見ようが関係ない。僕らは何も悪いことしてるわけじゃないんだから堂々としてればいんだって思ったから」
それでも桜井は、花菱を案じて(はたまた恥ずかしい幼い頃のあだ名を嫌って)、中学では距離を置くことを提案したのか。
「でも、よく了承したな。花菱は嫌じゃなかったのか?」
「嫌っていうか、何をそんなに気にしているのかなーとは思った。同じ小学校から来てる子もいるんだし、そんなことしても仕方ないのにって。でも、リョーチンがそこまで僕のことを想ってくれたのなら、わがまま言って困らせるわけにはいかないから、泣く泣く身をひいたんだ」
花菱は誇らしそうに「素晴らしい友情でしょ!?」と言ったが、その横では桜井が何か言いたそうな、でも言いたくなさそうな複雑な表情を浮かべていた。
花菱のためって言うよりも、やっぱりただ単純にあだ名で呼ばれたくなかっただけなんじゃないのかなー、なんて思ったり。
「……じゃあ、桜井が時々、俺を避けたり、そっけない態度をとったりしたのも、そういう理由?」
桜井は決まり悪そうにそっぽを向いていたが、俺の言葉に、またペコリと頭を下げて、「悪かった」と呟くように謝罪した。
「そういう理由ならかまわない。俺こそ、何も気付かなくてごめん。桜井には迷惑かけてばっかりだな」
「そんなことはない」
「そーだよ。僕らのせいで海生には嫌な思いさせちゃったんだから、謝らなきゃいけないのはこっちの方だよ」
「ありがとう」
でもいくら幼馴染みと言えど、桜井のことで花菱まで俺に謝る必要ないと思うんだけどな。
「それで、桜井の話っていうのは?」
全部話すと言われ、まず教えられたのは二人が幼馴染みだということ。それだけでも結構驚いた。この他にもまだ驚くような話があるんだろうか。
「どこから話せばいいのか」
桜井は困ったように頬を掻く。
「園芸部廃部のことから話せば?」
花菱の出した助け船に、「いきなりそこから話すのか?」と桜井が怪訝そうな顔をする。
「ちがうよ。僕が言ってるのは、昔の園芸部、君のお父さんとお母さんが所属していた園芸部のことだよ」
花菱の助言を受け、桜井が話したのは、こういうことだった。
昔々、この学校にあった園芸部に、花菱の言う通り、桜井のご両親が所属していた。
正確に言うと、園芸部に所属していたのは桜井のお父さん一人だけで、お母さんは学校側にばれないように、放課後だけこっそり活動を手伝っていたらしい。
おっとりマイペースな優等生のお父さんと、短気で喧嘩っ早いツッパリ(!?)のお母さん。タイプの違う二人が、如何にして出逢い、園芸部としての活動を始めたのか、そのへんは長い上に今回の話とは関係ないし、両親の馴れ初めを人に話すのは恥ずかしいものがあるとかで、桜井は教えてくれなかった。
その当時の園芸部の活動内容は、倉本に聞いていた通り、主に学校の裏に住んでいた新藤さんというおじいさんの家で野菜を育てること。
新藤さんと交流のあった、桜井のお父さんが、年のせいで畑仕事がおもうように出来ないというお爺さんの手伝いをしたのがきっかけで、二人はお爺さんの家で野菜作りをするようになったらしい。
生徒指導部、生徒会の風当たりが強くなってきた頃、桜井のお母さんが花壇を作ろうと提案したが、その案もすぐに潰され、園芸部はあっけなく廃部に追い込まれてしまった。
それでも新藤さんのことを気にかけていた二人は、園芸部がなくなったあとも、お爺さんに園芸部が廃部になったことを隠して、畑仕事の手伝いをしていた。
やがて卒業を間近に控えた頃、お爺さんは学校に土地を譲渡したことを二人に伝えた。
園芸部の二人が卒業してしまったら、ここを世話する人がいなくなってしまう。そして自分はこれから先そう長くはないだろう。いつかはいなくなってしまうのはわかっている、でも三人で過ごしたこの場所を誰の目に触れることもなく荒れ地にしてしまうのは寂しいものがある。だから学校に譲渡して、この場所を後輩たちに使ってもらえればと思ったそうだ。
お爺さんに園芸部が廃部になったことを言えたのは、結局、卒業式の日だったらしい。
二人が本当のことを黙っていたのに、新藤さんは怒るでもなく、笑って、「楽しかったからいいよ。またいつでも遊びにおいで」と話していたそうだ。
お父さんはそのまま高等部に進学し、お母さんは高校には行かず、働きだした。
お爺さんの言葉通り、お父さんは高等部進学後も、一人で畑の世話をしていた。
でも、ほどなくして、桜井のお父さんのお父さん、つまり桜井からすればお祖父さんが亡くなり、お父さんは学校をやめることになった。
続けようと思えば続けられただろうけど、もともとあまり生活に余裕のある家計ではなかったし、自分のことで迷惑をかけたくなかったとか。
学校をやめてしまったら、もうここを世話する人が本当にいなくなってしまう。お父さんはそれを残念がっていたそうだ。




