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「よかったー、今の話からすると、僕は嫌われてないってことだよね?」


 聞き覚えのある間延びした声が、頭の上から聞こえた。


 鼻をすすって顔をあげると、袴姿の花菱が、俺のことを見降ろしていた。


 花菱が何でここにいるんだろう?


「ごめんね、海生」


 ニコニコスマイルの花菱が手を伸ばし、わしょわしょと俺の頭を撫でる。が、正直、あまり嬉しくない。


「な、に」


「僕がもっとしっかりしてればよかったんだよね。そうすれば海生を傷つけることもなかったんだよね」


 言ってる意味がよく、というか、全然わからない。


「桜井くん」


 頭の上にいくつもの「?」マークを出す俺から、桜井へ視線を移す。


「もう、嘘つくのやめようよ。隠し事もなし。本当のこと話そう」


 やんわりとした花菱に対し、桜井は面白くなさそうな顔をしてそっぽを向く。


「このままじゃ海生が可哀相だよ。まだ早いとは思うけど、海生も園芸部の一員なんだから本当のこと教えてあげなくちゃ」


「お前には関係ない」


 桜井の言葉に花菱は、「またそれか」と肩をすくめる。


「いつもそうだね。関係ない、関係ないってさ。何なんなのさ、関係ないって。カッコつけてるつもりなの? 何でも一人で解決しようとして、その結果いつだって傷つくのは周りの人間だよ。ちゃんと、『これこれこうだからね』って言ってくれればすむ話なのにさ、変に気をつかうからこんなことになるんだ。そんなの全然カッコ良くない。こんなのよくないよ。それに僕はもう園芸部のごたごたに巻き込まれてるじゃないか。今更関係ないもないよね。もうひとつ言うなら、海生は僕の友達でもあるんだよ。友達を傷つけられて黙っていられるわけないじゃないか」


 風向きが変わった気がして、花菱の顔を見る。


 口元に笑みを浮かべたまま、でも目は何かを訴えるように桜井をじっと見据えている。

 

「桜井、本当のこと言おう、ね?」


 桜井は答えない。難しい顔をして、どうするべきか考えあぐねているようだった。


 花菱は大きなため息をつくと、


「どうしてかな。君もレオももっと素直になればいいのに。だからこんなめんどくさいことになっちゃうんだよ……まあ、しょーがないよね。約束したもの」


「あ? 何だよ?」


「いざってときは、君の意思に関係なく、僕が本当のこと教えてあげるって」


 そう言うなり、花菱は俺の隣りにしゃがみこんで、嬉しそうに話をはじめた。


「あのね、海生。桜井って見た目は怖いし、口も悪いし、態度も悪いけど、本当は優しい、世話好きないい子なんだよ。意地っ張りで素直になれないだけ。そういうところレオに似てるんだよね」


「はぁ……」


 突然、何の話だろう。花菱の突拍子のない話にはだいぶ慣れてきたけど、これはまたどういう意図があって?


「例えばね、小学生の頃はずーっと生物係でザリガニとかカメとかの世話してたし、カエルやメダカの卵も孵して最終的にはみんな川に放してやったんだよ。別れが辛かったのか、ちょっと涙ぐんでてね、目にゴミが入ったとか言ってごまかしてたけど、そーんな嘘すぐにばれるってねー」


「そ、だな」


 一回も同じクラスになったことがないって言ってたわりにはやけに詳しいのな。


「それからね、女々しいことは嫌いだとか言ってるくせに、けっこう占いとかおまじないとか信じちゃうタイプでね、小3の時に女子の間で流行ったおまじないがあるんだけど、新しい消しゴムに緑色のペンで好きな人の名前を書いて、その消しゴムを誰にも触られないように使い切ると、両思いになれるっていうの知ってる?」


「聞いたことはあるけど……え、まさか、」


 話の流れからすると、桜井が……?


 顔をあげると、その桜井がまさに、鬼の形相で俺と花菱の側に立っていた。握った右拳を胸の前に掲げて小刻みに震わせている。


 これは、かなりマズイんじゃ……。


「そのおまじない、消しゴムが大きければ大きいほどいいっていうのに桜井は小心者だから、一番小さいサイズの消しゴムを使ってたんだよね。だもんだからカバーから名前がはみ出て、おまじないやってるのバレバレなんだ。しかも授業中に消しゴムが転がってどっか行っちゃってさ、休み時間に、わざわざ隣のクラスの僕のところまで桜井の想い人だった女の子が気まずそうに消しゴム持ってきて、『桜井くんにやめて欲しいって言ってくれる?』なんて頼んできてさぁ。それを聞いた時の桜井の顔ったら、もうほんっとに――っ」


 ゴンっと鈍い音がして、後頭部を強打された花菱は前のめりに倒れた。


「――余計なことをべらべら喋ってんじゃねぇよ」


 低く唸るように呟き、桜井は振り下ろした拳をゆっくり開いた。


 そして俺に目をやり、


「海生」


「はっはいっ!」


 次は俺か!? 俺が殴られる番なのか!? 恐怖で身が硬くなる。


「悪かったな」


 身構える俺をよそに、桜井は地面に膝をつき、深々と頭を垂れる。


「ひどいこと言って、本当に悪かった」


「え、いや、」


 さっきまでの怖い桜井のイメージがまだ払拭できず、言葉を返すのに、どもってしまう。


「……花菱の言うとおりだ。お前には可哀相なことをした。俺のせいで、迷惑掛けまくった。本当にごめん……ここまで来たら隠しても仕方ないから、全部話すよ。昨日のこと、園芸部のこと、俺のことも。許してくれとは言えないけど、」


 体を折り曲げたまま、顔をあげ、有無を言わさぬ口調で言った。


「今、花菱が言ったことは、全て忘れろ……お前のためにも」


「――はい」


 やっぱり、桜井怖い。



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