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「おはよー、海生」


 靴を履き替えていると、ちょうどいいところに花菱が来た。


「おはよう」


「聞いてっ! あのね、今日の朝御飯に目玉焼き食べたんだけど、黄身が双子だったんだ! Lサイズの大きい卵だったからかな? でね、びっくりなことに、他の目玉焼きも黄身が双子だったんだ。もしや、と思って、残ってた卵、全部割ってみたら、なんと全部黄身が双子だったんだよ! すごいよね! お母さんと妹にはアホって怒られたけど、なかなかない貴重な体験だよね。一パック全部黄身が双子だなんて。なんか今日はいいことありそうな気がするよね。今日のテスト、僕、国語好きじゃないし、自信なかったんだけど、いい点とれるかもしれないよね」


 それはそれは嬉しそうに、卵の話をする花菱は、今日も元気、今日も平和。特に変わったところはない。


「それはよかったな」


「うん、すごい良かった。写真とったから、あとで海生にも見せてあげるね」


「ありがとう。ところで、」


「あ、割った卵は全部食べたよ。うち4人家族だから1人2個ずつ。余った2個は厚焼き玉子にしてお父さんと妹のお弁当にしたんだ」


「ああ、そうなんだ」


 て、俺は別に卵の心配をしたわけじゃないんだけど。


「昨日のことなんだけど」


「昨日のこと」


 俺の言葉を繰り返して、二回瞬き。花菱は「ああ!」と声をあげて、ポンっと自分の胸を叩いた。


「大丈夫! もう手は打ったよ。ちょっと時間かかるかもしれないけど、絶対になんとかするからね!」


「ありがとう……でさぁ、昨日のこと、てか一昨日のことも含めて、花菱にいろいろと話したいことがあるんだ」


「うん、いいよ」


 ニッコリ笑って、花菱は頷く。


「歩きながら話すから、とりあえず教室に行こうか」


 花菱を促し、教室へ向かった。





 放課後。


 隅の方に置かれたブロックの上に座り込み、脈を測ってみた。いつもより、ちょっと速い。やっぱり緊張してるんだな。


「何してんだよ」


 いつ来たのか。少し離れたところから、桜井が怪訝な顔でこっちを見ていた。


「あ、ああ、桜井。待ってたよ」


 思ったより早く来て、びっくりした。いや、それより、まず、来てくれたことにびっくりだ。


「ごめんな。テスト期間中なのに、呼び出したりして」


「そう思うなら、さっさと用件すませて、帰らせてくれ」


 冷たい。心に刺さりかけた小さな矢を吹き飛ばすように、大きく息を吸って、笑顔を作る。


「すぐ、すむから。昨日のことなんだけど、」


「昨日のこと?」


 ギロっと、睨むように桜井は俺に目をやる。


「昨日のことがなんだって?」


「あ、うん。今更遅いけど、昨日、ちゃんと謝れなかったから――俺のせいで、園芸部が解散になっちゃって、本当にごめん」


「本当に今更。つーか、謝られても園芸部が戻ってくるわけじゃないし、ただの自己満足だろ?」


 冷たい。桜井、怒ってる。今までの桜井なら絶対こんな言い方、少なくとも、俺にはしなかった。


「用事はそれだけか? なら帰るぞ」


「ちょっと待って! もうちょい付き合って」


 桜井は、はぁーっと長いため息。そんなあかさまに嫌な顔しなくたっていいのに。迷惑なのはわかってるんだから。


「何?」


「あ、あのさ、間違ってたらごめん。もし、間違ってても、怒らないで聞いてほしいんだけど、てか絶対間違ってると思うんだけど」


「だから何だよ」


 話す前から桜井はイライラ怒ってる。笑顔がひきつりそうになるのをこらえ、続ける。


「率直に訊く。桜井は、もしかして、俺のことを守ってくれたりする?」


「ハァ?」


 「なに言ってんだ、こいつ」、て目で見られて、もうすでに心が折れそう。


「だってさ、桜井も倉本も花菱も関口に呼び出されたのに、俺だけ呼ばれないの、おかしいから」


 花菱に聞いた。昨日、関口先生に何で呼ばれた? どんな話をした? 俺のこと、何か言ってたか?


「関口は一昨日、駅前のファミレスで、桜井が大学生相手に一方的に暴力をふるっていた事実確認をしたかったんだって。花菱も一緒にいたから何でお前もいたんだとか、桜井には関わるなとか言われたって。でも、俺のことについては何一つ触れなかったって」


「だから?」


 桜井の表情も、声音も変化なし。


「倉本も2回、関口と話をしてるんだ。1回目は目撃者を装って、関口のところに行ったみたいで。嘘の証言したのあいつなんだよ。具体的にどんなことを、どんなふうに話したのかはわからないけど、あんな性格だから、嘘の証言をして、桜井を困らせたかったんだと思う」


「迷惑な話だよ」


「本当だよな」


 頷いたら、また桜井に睨まれた。おまえが言うなってことか。


「あのさ、その話、まだかかるのか? 早く帰りたいんだけど」


「あ、ごめん」


「さっさと進めろ」


 桜井の怒りバロメーターが上がっていく恐怖に、思わず息をのむ……でも、発想の転換。急いでるとか帰りたいといいながらも、勝手に話を切り上げて帰らないところを見ると、聞く気はあるってことだ。内心うぜーって思ってるかもしれないけど。


「倉本の証言を聞いて、次に桜井が関口と話をしただろ? てっきり桜井は、関口に俺のこと話したんだと思ってた。でも花菱の話を聞くと、関口は俺がいたことを知らないみたいだったし、倉本も何故か俺のことについては何も触れなかったみたいで……桜井は俺のこと、関口に言わなかったのか?」


『……花菱くんはともかくとして、倉本くん・桜井くんは、どうやら関口先生に海生がいたことを告げなかったみたいだな。だからお前は関口先生に呼び出されなかった。彼らは、お前をあの場所にいたことを隠そうとした。それはつまり、お前を守ろうとしたってことじゃないか?』


 というのがハルちゃんの意見。突拍子もない意見だけど。


「あの野郎に何言ったって、聞くわけねぇだろ。俺は悪くない、本当は全部、真田が悪いんだなんて言ったって、どうせ信用してもらえるわけねーし、どっちにしろ園芸部解散はまぬがれなかったよ」


「そう思ったから、俺のこと言わなかったのか?」


「それ以外にどんな理由があるんだよ」


 そりゃそうだよな、やっぱり……でも、納得いかなくて。


「関口が信用してくれないから、本当のこと言わなかった。その結果、悪いのは全部桜井ってことになって、園芸部は解散。そんなの桜井は許せるのか? 桜井は俺なんかよりずっと大人で頭もいいし、引き際ってのも知ってる。だけど、ここぞっていう時には、何があろうと真っ正面からぶつかっていく、俺は桜井のこと、そういう奴だと思ってた。そんな簡単に諦めるの、桜井らしくない」


「だから、そういうのがうざいんだっての」


 鋭い目で、俺をじっと見つめ、桜井は言った。


「桜井らしくないって、お前は俺の何を知ってんだよ。わかったような口きくな」


「ごめん」


 何だか俺、さっきから桜井を怒らせるようなことばっか言ってる。


「気を悪くさせたなら、謝るよ。でも、俺は桜井のこと、大事な友達だと思ってた、いや、今も思ってるから。桜井は迷惑かもしれないけど」


 桜井は何も言わない。でもその目は確かに「迷惑に決まってるだろ」と言っていた。


「桜井は嫌かもしれないけど、俺、また桜井と園芸部で活動したいんだ。もし桜井が俺のことを庇うために本当のことを言わなかったなら、俺から関口に本当のこと話して園芸部の再開をお願いしようと思ってて」


「冗談じゃない」


 桜井はハンっと鼻で笑った。


「ようやくうっとおしいのから解放されたってのに、何でまた、お前なんかとつるまなきゃなんねーんだよ」


 お前なんか、だって。倉本にはよく言われるけど、桜井に言われたのは初めてだ。なんて、頭の方は妙に冷静。なのに、足は震えてる。ショックなのか、桜井が怖いからなのか。


「桜井は、」


 もう少し、あとちょっと、冷たい態度をとられたら、ひどい事を言われたら、諦めよう。だからもうちょっと、あと少し、頑張れ、俺。


「本当は、俺のことが嫌いだったのか?」


 心臓がばくばく大きな音をたてる。今さら、なんだよ。もう、今までので十分わかったじゃないか。これ以上、自分を追い込んでどうするんだよ。


「嫌いだよ」


 なんの感情もこもってない声。


「……つーか、あんなに俺に迷惑かけまくってたくせに、好かれてるとでも思ってたのかよ? どんだけおめでたいんだかな、お前は」


 俺は立っているのがやっとなのに、嘲るように笑う桜井は、何だかすごくすごーく楽しそうだった。


「話は終わりか? 昨日も言ったけど、もう俺に関わるのやめろ。うぜーから」


 「わかったな」と念を押す桜井。俺は返事をすることも、首を振ることもできない。俯いて、泣きそうになるのを唇噛み締めてこらえるのが精一杯だった。



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