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 どれくらいたったか。


 ハルちゃんのお気に入りのちょっとくたびれたパーカー、俺の涙と鼻水その他もろもろで汚しちゃったな。


 そう思ったら急に、眠っていた脳が目を醒ましたように、すっきりした気分になった。


「落ち着いたか?」


 身体を離した俺の顔を、ハルちゃんは覗き込むように見た。鼻をすすって、頷く。


「ありがとう」


「どういたしまして」


「ごめん。パーカー、汚して」


「いいよ」


 「それより、」とハルちゃんはポケットから煙草を取り出し、言った。


「大好きな桜井くんに何を言われたんだ?」


「……いろいろと」


 俺が言葉を濁すと、ハルちゃんは「そうか」とだけ言って煙草に火を点けた。


 お互いにだんまり。しばしの静寂。


 桜井のこと、倉本のこと、ハルちゃんに聞いてもらったら、きっと今よりももっとずっと楽になる。抱き締めてもらっただけで、悲しい気持ちが軽くなったんだから。でもそれを言ったら、園芸部廃部の話もしなくちゃならない。そしたら昨日のこと、俺たちが帰ったあとで何があったのかも話さなくちゃならないわけで……。


「話したくないなら、それでもいいよ」


 煙草を片手にハルちゃんは俺を見つめる。


「黙っていても、お前が辛くないなら、俺はそれでもかまわない」


 本当に大丈夫か?


 優しいハルちゃんの瞳は、俺にそう問い掛けている。


 そんなハルちゃんの瞳の中に、泣き腫らした情けない顔の俺が見えた。


「ハルちゃんには適わないよ」


 何でも見透かしちゃう目。見つめられると観念するしかない目。


「俺、嘘つくの下手だし、嘘ついてもハルちゃんにはすぐわかっちゃうだろうから、全部、本当のこと話すよ」


 「ハルちゃんまで落ち込まないでね」と前置きしてから、今日のテストの出来ごとから、様子のおかしかった桜井のこと、園芸部の廃部、性悪倉本のことと、最後に会った花菱のことまでを話した。


「それから、桜井、本当は俺のこと……迷惑だったんだって」


 少し、声が震えた。桜井の射るような鋭い目を思い出すと、背中がぞくぞくする。


「俺は友達だと思ってたんだけど、そう思ってたのは俺だけだったんだ。たかだか半年一緒にいたくらいで親友面されてもウザイってさ」


 自分で言って、また泣きそうになってきた。


「俺ってば本当に馬鹿だよね。半年間一緒にいたのにぜんぜんっ気付かなかったんだもんさ。桜井も大変だったろうね。あいつ優しいから、俺にばれないように演技してたんだよ……いや、違う。もしかしたら、いつかのため、今日、この日のためにわざと友達ごっこをしていたのかもしれない。俺を奈落の底に突き落として喜ぶためにさ」


 我ながら、なんて卑屈な考えだろう。


 だって仕方ないじゃないか。桜井が何を考えているのか、俺には全然わからないんだから。


 桜井は優しくて、かっこよくて、いい奴だと思ってたけど、そう見せていただけかもしれない。そんなことないって、どうして言い切れる?


「それでも、お前は、桜井くんのこと、好きなんだろ?」


 何でも見透かす、ハルちゃんの目にとらわれて、言葉につまる。


「それとも、もう、桜井なんか知らねー、あんなやつ、こっちから縁切ってやらぁとか思ってんのか?」


「……思ってないよ」


 本当に馬鹿みたいだけど、心のどっかで、まだ、桜井のことを信じたい俺がいる。出来ることなら、また、友達として付き合いたい、なんて思ってる。


「でも、無理だよ。園芸部はなくなっちゃったし……桜井は俺のことが嫌いみたいだし」


 俺は蜘蛛が嫌い。蜘蛛を嫌いな理由はまぁいろいろあるけど、嫌いなものは嫌いだ。その蜘蛛と友達になれって言われたって絶対無理! マジ勘弁! てなる。俺にとっての蜘蛛=桜井にとっての俺ってことだろう。


「何も自分を蜘蛛に例えてまで卑下することはないと思うけどな」


 ハルちゃんは苦笑し、携帯灰皿に、煙草をこすりつけた。


「お前よりたかだか4年しか長く生きてない俺が言うのもなんだけどさ、たぶん、これから先の人生こーゆーことって沢山あると思うんだよ」


 ハルちゃんの真面目な話に、俺は姿勢を正す。


「大好きな彼女に突然別れを告げられたとか、親友だと思ってた奴に裏切られたとか。お互い感情のある人間だからさ、わかりあうのって難しいよな」


 ハルちゃんは少しだけ視線を落とした。その横顔が何だかすごく寂しそうに見えた。


「その時はすごく、ショックだろうし、悲しいだろうし、傷つくだろうな。落ち込むだろうし、泣いてしまうかもしれない。それは仕方ない。かといって、いつまでも傷ついてるわけにもいかないだろう。辛いかもしれないけど、現実見て、ちゃんと前に進まないと」


 ハルちゃんは一点をじっと見つめ、喋る。俺に話しているというより、自分自身に言い聞かせているような感じがした。


「だから、もし本当に、桜井くんが海生のことを嫌いだったとしても、それはある意味で仕方のないことだと諦めろ。わかったか?」


「――うん」


 仕方のないこと。世の中はそんなことでいっぱいだ。必ずしも自分の思い通りになるわけじゃないから。だからって嘆いたり悲観したりしてはいけない。この世界で生きるには、それこそ、仕方のないことなんだから。


「『もし』も、何もないよ、ハルちゃん。桜井ははっきり俺に言ったんだから」


 友達だと思ったことは一度もないって。ウザイって。


「花菱くんは、海生のことをよく見てるよな」


「ん?」


 何で花菱? 今は桜井の話をしてたんじゃないの?


「『素直だから、誰の言葉も受け入れる』ってさ」


「それがどうしたの?」


「お前は、桜井くんに友達じゃないって言われたとき、何も言い返さなかったのか?」


「言い返せるわけないじゃん……」


 あんなこと言われて、咄嗟に何か言葉を返せる奴なんていないだろ。


「なら、海生も桜井くんに自分の素直な気持ちをぶつけてみろよ」


「素直な気持ち?」


 ハルちゃんは大きく頷き、


「俺は桜井が大好きだーっ! って」


「……それはちょっと」


 もし桜井以外の誰かに聞かれたら、あらぬ誤解を受けそうだよ。


「そしたら、桜井くんも、俺も好きだーっ! って返してくれるかもしれないぞ」


「それはない……というか、ハルちゃん、またふざけてる?」


「なーに言ってんだよっ! 全然ふざけてないって!」


 そんなケラケラ笑いながら否定しても、全然説得力ないんだけど。


「好きだーっは言わなくてもいいけどさ、桜井くんは海生が自分のことをどう思ってるか知らないわけだから、ちゃんと自分の言葉で言ってこい。大事な友達だと思っているから、これからも仲良くしてほしいって。倉本くんに煽られて、喧嘩別れみたいな感じで終わりたくないだろ?」


「でも、桜井は、」


「駄目だったら諦めろ。そう言っただろ?」


「そう、だね」


 そうだ。このまま、何もしないまま引き下がったら、絶対、後悔する。


 ちゃんと俺の気持ちを伝えて、もう一度桜井の本心を確かめて。


 それで駄目だったら、悲しいけれど、残念だけど……諦める。


 大きく深呼吸を一回。よし



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