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「――これ以上、面倒なことしてくれるな」


 さっきとはうってかわって、桜井は静かに言い聞かせるように喋った。


「そんな、俺はただ、本当のことを話そうって、」


「それがうざいって言ってんの」


 桜井が真っ直ぐ俺を睨み付ける。鋭い、射るような目を、初めて俺に向けた。


「……何が二人で頑張ってきた、だよ。たかだか半年、一緒に雑用こなしてきたからって調子のんな」


 ぷすっと間抜けな音をたてて、何かが胸に突き刺さった。


 すぐ目の前にいる、こんなに近くにいるはずの桜井が、やけに遠く感じる。


「俺はやましいことなんて何もしちゃいない。なのにお前が来てから、関口に呼び出される回数がかなり増えたよ。関口だけじゃねえ。他の奴等にもしょっちゅう声かけられるようになった。おまえのクラスの担任にも言われたよ、真田に何を吹き込んだ、ってな。俺がお前を脅して無理矢理入部させたとか、悪事を手伝わせてるとか、あることないこと、俺の意思とは無関係に悪い噂ばっかり流れるし――俺がいったい何したってんだよっ」


 イライラしたみたいに、桜井は頭をぐしゃぐしゃ掻きながら、吐き捨てるように言う。


 視界の端で倉本が笑ったような気がした。


「……おまけにこんな性悪な悪魔みたいな奴にまで目つけられるしよ」


 桜井は倉本を一瞥し、倉本はニッコリ笑顔で桜井の視線にこたえる。


「お前が来てから、いいことなんて何一つない。めんどくせえことばっかり増えやがって、結局お前のせいで園芸部は解散だよ。真田さえいなければ園芸部はもう少し長く続けられたかもしれないのに――今さら言っても仕方ないけどな」


 ぷすぷす音をたてながら、何かが胸に刺さり続ける。


 『お前のせい』だって『お前さえいなければ』だって。


 桜井は真正面から俺を睨みつける。


「園芸部がなくなるなら俺にも用はないだろ。もう、俺に構うな」


 言いたいことを言いたいだけ言って、桜井は踵を返す。


 俺は何も言えない。喉がからからに渇いて、声が出ない。


 何か言わなくちゃ。桜井を止めなくちゃ。でも、何を言えばいい?


「ひどいやつだねー、桜井」


 黙って様子をうかがっていた倉本が、わざとらしく大きな声を出した。


「真田は一方的な勘違い、思い込みとはいえ、この半年、君を友達だと思って過ごしてきたんだよ? それをさあ」


 一見優しい倉本の言葉。でもこいつは俺に同情なんてしてない。今のこの状況を面白がっているだけ。もっとかき混ぜてやろうとしているだけ。ここ何日かで倉本がそういう奴だってこと、嫌というくらいにしっかり理解した。


「結局さ、桜井は真田のことをどう思ってたんだい? 真田は桜井のことを大事な友達、まさに親友のように思っていたようだけど、桜井は同じくらいに真田のことを思ってたわけ?」


 その言葉に思わず桜井を見つめてしまう。倉本が意地悪でこんな質問をするんだってわかってる。倉本の求める答えも、質問に対する桜井の答えもわかってる。わかってるのに、本当は――なんて心の何処かで期待してしまう。


 振り返った桜井と視線がぶつかる。


 何を考えているかわからない無表情の桜井と、きっとすごく情けない顔をしているであろう俺の視線がガツンとぶつかって、


「お前は、なんて顔してるんだよ」


 桜井は、仕方ないというみたいに、微かな笑みを浮かべた。


「桜井、」


「悪いけど」


 俺の言葉を遮るように、冷たい声で、桜井は言った。


「俺の方で真田のことを友達だと思ったこと一度もないから。さっきも言ったけどさ、たかだか半年、部活で一緒にいたくらいで親友面すんな。ウザい」


 最後の最後に振り被った青竜刀で心臓真っ二つにされた――そんな気分。


 桜井はそれきり振り返ることなく、俺と倉本を残し、去っていった。


「僕としては『調子のってんじゃねーぞ、愚図! 誰がテメェの親友だよ! ざけたこと抜かしてんじゃねえ、クソがっ!』くらいは言ってほしかったなぁ」


 またなんともいえないいい笑顔で、倉本は嬉しそうに話す。


「まあ、そこそこ面白かったけどさ」


「面白いんだ?」


 自分でもびっくりなくらい、暗くて静かで冷たい声が出た。


「俺が傷ついてるの見て、面白いんだ?」


「面白いけど?」


 「何か問題ある?」とでも言いたげに倉本は首を傾げる。


「俺はちっとも面白くない。あんなこと言われて」


「自業自得じゃない? 実際、園芸部が廃部になった大元の原因はお前にあるみたいだし?」


 そうかもしれないけど、


「だからって、何で、急に」


 何で今まで黙ってたんだよ。


 ずっと、俺のこと迷惑だと思ってたならもっと早く言ってくれればよかったのに。


 始めから、突き放してくれればよかったのに。『嫌われてなくて安心した』なんて言わなきゃよかったのに。


 そしたら俺だって、友達になれるかもなんて勘違いしなかった。


 たかだか半年。されど半年。桜井と一緒にいて、俺はすごく楽しかった。でもそう思っていたのは俺だけだったんだな。


 そう思ったら、急に力が抜けて、床へへたれこんだ。


「たいした友情だったねえ……お友達ごっこは終わり。これが現実だよ」


 目線を合わすように、しゃがみこんだ倉本が俺の顔を覗きこみながら意地悪く笑った。


「僕の言った通りになっただろう。これでお前は、もう桜井と口を利くことも出来なくなった。でも落ち込むことはないよ。桜井はやっと本心を言えた。そしてお前は桜井の本心を聞き、やっと自分の勘違いに気付けた。それは夢から覚めたも同じことさ。いつまでも夢を見続けると現実に戻ってこれなくなるから、むしろよかったと思わなくちゃ。ねえ?」


 何がいいんだよ。俺のこのやり場のない気持ちはどうするんだよ! 責任とれ! と喚きたいところだが、そんな元気もない。


「何か言いなよ」


 倉本はニヤニヤ笑い、俺を煽るが、俺は何も言わなかった。というか、言えなかった。


「落ち込んでいたいならそれでもいいよ。悲しみにくれた顔、屈辱に満ちた表情。僕は人間のそんな面を見るのが大好きだからさ」


 こいつを喜ばせるのは癪だし、今は暗い顔してる場合じゃない。


 そう思ったら、身体中によくわからないエネルギーが満ちてきた気がした。


 こんなところで、へたりこんでる場合じゃない。


「どこに行くんだい?」


 方向転換した俺の腕に手をかけ、倉本は問う。


「決まってるだろ。関口に抗議するんだ」


「桜井に余計なことするなって言われてたじゃないか。やめた方がいいと思うけど?」


「これは俺の意志でやるんだ。桜井は関係ない」


 関係ない、と言いつつ、関口に本当のことを話し、もし万が一誤解がとけて園芸部が再開できたら、また桜井と一緒に活動ができると思ってる自分がいたり。


 倉本を振り切り、生徒指導室へ向かおうとする。


「馬鹿だねえ、真田。そんなことしたって桜井の心象悪くするだけじゃないか」


 心底バカにしたような言い方にムッとして振り返る。


「馬鹿は馬鹿なりに一生懸命考えてるんだよ。俺の行動が間違っているなら、教えてくれよ。学年トップの成績を誇る倉本なら、俺がこれからどうすればいいかわかるんだろ」


「当然」


 倉本はフッと笑い、


「ずばり、とっとと家に帰って明日の試験の勉強をする。これが一番正しいね」


 と言い放った。


「そうだな。たしかにそれが一番正しいだろうよ」


 だけど、今はテストよりも大事なことがあるんだ。


「俺が関口のところへ抗議に行ったって、心象悪くするだけってどういう意味だよ?」


「そのままの意味さ。桜井も言ってただろ? お前が本当のことを話したって、関口は信用しない。お前が桜井を庇うために嘘を吐いたと思うならまだしも、桜井が真田を脅して関口を説得しろとけしかけた、と思われる可能性もあるんだよ。どっちにしろ真田が何か行動を起こせば、とばっちりは桜井にいくってこと。そんなの考えなくてもわかるだろ?」


「俺はお前と違って頭がよくないからな」


「そうだね」


 「うんうん」としたり顔で頷く倉本に苛立ちを感じつつ、俺は考える。


 どうにかして関口に本当のことを理解してもらうことはできないだろうか。


「せめて関口に告げ口したのが何処の誰かわかればな」


「告げ口とは失礼な。僕は関口に聞かれたから、見たままを答えただけだよ」


「どっちだって一緒だよ。余計なこと言いやがって――え?」


 てか、倉本、今なんて言った?


「関口に告げ口したのは、お前だったのか!?」


「だーかーらーっ、告げ口じゃないっての。聞かれたから答えただけだってば。まあ、こういう事態になればいいなぁとは思っていたけど、まさか本当に廃部になるとはねえ」


 さもおかしそうに笑う倉本を見て、俺の中で何かが弾けた。


 気付いたら俺は倉本の胸ぐらを掴んで、自分の方へ引き寄せていた。


 倉本は怯えた様子も、驚いた様子もなく、いつもと同じ笑みを浮かべて俺を見上げていた。



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