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「すとぉぉぉっぷっ!」


 やたら馬鹿でかい声が聞こえた。


 あ、と思って目を開いた瞬間、風が顔の脇を駆け抜け、後方から飛んできたサブバッグが皆川さんの顔面を直撃、皆川さんは声も出せずに、再び卒倒してしまった。


 え、何が起きた。


「ごめんなさーい! 大丈夫ですかー?」


 とたとたと間の抜けた音をたてながら走ってきたのは花菱だった。


 皆川さんを一瞥、「うわぁ、やっちゃった」と呟くなり、真面目な顔で振り向いた。


「大丈夫、海生?」


「え?」


 え、何が? てか何で花菱がいるの?


「海生がお店を飛び出したまま戻ってこないから、もしかして帰っちゃったのかなって様子見に来たんだよ。そしたらこの人が海生のこと殴ろうとしてるように見えたからびっくりして」


 「この人」と言いながら花菱は倒れてる皆川さんを指差す。


「喧嘩してるなら止めなきゃと思って走ったら、途中でけつまづいて、持ってたカバンが飛んでっちゃってね」


「その結果がこれか」


 憐れ、皆川さん。


 見れば花菱の顔や制服は砂やホコリにまみれ、汚れている。何だかすごい転び方をしたみたいだな。


「何だか逆に悪いことしちゃったかな?」


「うん、たぶん……でも、ともかく、ありがとう。助かった」


「いいえー。どういたしまして」


 花菱は嬉しそうににっこり笑った。


「海生、いまのうちに逃げるぞ」


 ハルちゃんが俺の手をとる。


「せっかく皆川が気絶してるんだ。このチャンスを逃すな」


「ええ!?」


 俺としてはここでちゃんと皆川さんと話し合った方がいいと思うんだけどな。


「話は明日でも出来るだろ。今日はもう、こいつといたくないんだ」


 ハルちゃんは俯き、俺の制服の袖をぎゅっと掴む。


 花菱はそんなハルちゃんをじっと見つめ、それから俺に目を向けた。


「海生の事情はよくわからないけど、帰ったほうがいいんじゃないかな?」


「でも、」


「この人には僕が適当に話をしておくよ。危なそうな感じだったら桜井くん呼ぶし、レオもいるから心配しないで」


 あの二人が相手だったら、むしろ皆川さんの方が心配になる。


「ん、」


 気絶していた皆川さんが僅かに身動ぎする。


 花菱は落ちてたバッグを差し出すと俺の背中を押した。


「ほら、早く行って。めんどくさいことになる前に」


「――うん、悪いな花菱」


 ハルちゃんの手を引き、皆川さんに気付かれないよう、向こうの通り目指して走りだした。





 花菱と別れ、俺とハルちゃんは走って家を目指した。疲れたら歩きに変えて、時々後ろを振り返り、皆川さんが追ってこないか確認をする。


「そんな後ろばっか気にしてちんたら歩いてたら逆にすぐ追い付かれるんじゃね?」


「そうかな?」


「ま、あの少年、花菱くんだっけ? を信じようじゃないか」


 ハルちゃんは大きく伸びをし、ついでにこれまた大きな欠伸をひとつすると、なんの脈略もなく、「無力だなあ」と呟いた。


「誰が?」


「俺が」


「どうしたの?」


 何だかハルちゃん、急に元気がなくなっちゃったような。


「あいつ、皆川のこと、ムカついたから殴ってやろうと腕を振り被ったとき、すぐによけられて腕をとられた」


「うん」


「振りほどこうとしたんだけど全然びくともしなくて、仕方ないから空いてる手で殴ろうとしたらもう一方も押さえられて。めちゃくちゃに暴れたけど、あいつ平気な顔して俺のこと壁に押し付けやがって。まったく身動きとれなかったんだ」


 自分の両の掌を睨み付け、ハルちゃんは吐き捨てるように言った。


「女であること、所詮女の力じゃ男には敵わないってこと、思い知らされた。最悪だ」


 ハルちゃんは「はぁ」と息をつき、肩を落とす。


 そんなハルちゃんの姿が痛々しくて、俺は何か言わなくちゃと思いながらも、何も言葉が見つからなくて、餌を求める金魚みたいに無駄に口をパクパクするしかなかった。


「――強がってたけどさ、あんときはちょっとヤベェかもって焦ってたんだ。だからおまえが来てくれて、びっくりしたけども、嬉しかった」


 俺が言葉をかけるより先にハルちゃんの方が顔をあげて、微笑んだ。


「遅くなったけど、助けてくれてありがとな」


「俺は別に、そんな、お礼言われるようなことなんてしてないよ」


 勝手に勘違いして突っ込んでいっただけで。


「皆川さん怖かった。殴られたらどうしようって思ったら、変な汗が出たし足が震えた。情けないでしょ?」


「それでも俺のこと庇ってくれたじゃん。皆川の前に立ちふさがる姿はカッコよかったぞ」


 ハルちゃんは照れたみたいに笑って、片手で俺の背中を軽く叩いた。


「後ろから見る海生の背中はやっぱりすごく大きかった。ああ、成長したんだなってしみじみ思ったよ。弱虫泣き虫な海生はあの日の約束通り、強く逞しい男になったんだって。感動した」


「本当に袈裟だなあ、ハルちゃんは」


 なんて謙遜してみたが、実はすごく嬉しかったり。


 ハルちゃんに誉めてもらえたってこともそうなんだけど、一人の男だって認めてもらったことがすごくすごく嬉しかった。


「しかし、あの少年、皆川と二人にして大丈夫だったかな」


「花菱なら大丈夫だよ」


 なんたって桜井と、ある意味で最強(最凶?)の倉本がついてるんだから。


「それより俺は明日のテストの方が心配だよ。勉強会途中で抜けてきちゃったから」


 ああ、それに明日の朝、倉本たちにあったら今日のことをなんて説明すればいいんだろ?


 桜井・花菱はいいとしても、倉本は「一人で勝手に帰ったことに対しての制裁を」とかなんとか言い出しそうだし……テストよりもそっちのが不安になってきた。


「なに暗い顔してんだよっ。中学生の勉強くらい俺が教えてやるって」


「うん、ありがとう」


 でも今心配してるのはそっちじゃないんだけどな。


「さっさと帰ってみっちり勉強するぞ! 目指せ100点!」


「それは無理だよ!」


 ついさっきまで沈んだ顔してたハルちゃんが、一応元気になったみたいだからよかった。


 だから訊けなかったんだけれど、ハルちゃんは皆川さんにいったい何を言われたんだろうか。



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