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「テメェに話すことなんて何もねーよ! さっさとどっかにいっちまえ、馬鹿野郎!!」
外に出るなり聞こえてきた、乱暴な言葉、あの声、間違いなくハルちゃんだ。
声のする方、店の裏に走っていくと、そこにはやっぱり皆川さんとハルちゃんがいた。
皆川さんはハルちゃんを壁に押し付け、抵抗できないようにハルちゃんの腕を抑え込み、あろうことかハルちゃんの顔に自分の顔を近づけていた。
もしや、ハルちゃん、貞操の危機?
「何をしてんですかっ!」
そう思った瞬間にはもうすでに全力疾走、俺の声に驚いてこっちを見た皆川さんに、そのままの勢いで体当たり、皆川さんは派手にぶっ飛んで地面に落ちていった。
「あんた恥ずかしくないのかよっ! 白昼堂々こんなか弱い女の子に不埒な行為を働くなんてっ! ましてや自分の友達に! それなのに、こんな、力で、押さえつけて、」
後の方は言葉にならなかった。急に身体が、声が震えてきて、よろよろと壁に身体をあずけてしまった。
今更ながら心臓がバクバクしだして、変な汗が毛穴から一気にどばっと出てきた。
「海生?」
ハルちゃんが目を丸くして俺の顔を覗き込んでいる。
「ハルちゃん」
「海生、おまえ、どうしてここに?」
ハルちゃんは目を見開き、不思議そうに尋ねた。
「どうしてって、明日からテストだから学校の友達と勉強会を……そんなことより、ハルちゃん大丈夫だった?」
「何が?」
「何がって、ハルちゃん皆川さんに襲われそうになってたじゃないか」
「襲われる?」
ハルちゃんは眉を寄せ嫌そうな顔をした。でもすぐに、「ああ」と頷き、
「ちがうちがう。あれは止められてたんだ」
「止められてた?」
て、何を?
「皆川にムカつくこと言われて喧嘩になってな。あんまりにも腹がたったもんで、殴ってやろうと思ったら腕を捕まれて、もう一方の手で殴ろうとしたらまた腕を捕まれて、放せ! ってあばれたら壁に身体を押し付けられて、落ち着け話を聞け、って言われてるとこにおまえが突っ込んできたんだよ」
「ああ、なんだ、そーだったのかぁ……え?」
油の切れたブリキの人形よろしく、ゆっくりと下の方に目をやる。
皆川さんは地面にあぐらをかいて座り、「そういうことなんだ」と苦笑いしながら言った。
さーっと血の気が引いていくのが自分でもよくわかった。ふらふらしながら地面にへたりこみ、そのまま深々と頭を下げる。
「すみませんでした。俺、勘違いして」
「おまえが気にすることね―よ、海生。おまえはちーっとも悪いことしてねーんだからよ」
皆川さんの代わりにハルちゃんが答え、俺の腕を引っ張って無理矢理立ち上がらせた。
「こんな奴に頭下げることなんてない。帰るぞ」
「え、ちょっと」
帰るも何も俺、花菱たちのこと待たせてるのに。ハルちゃんも皆川さんのことおいていく気なんだろうか。
「待て、ハル。まだ話は終わってない」
皆川さんは立ち上がり、ハルちゃんを呼び止める。
昨日、外灯の下で見たときも思ったけど、皆川さんは俺ほどでないにしろ、背が高い。
何かスポーツでもやってるのか身体はしまってそうだし、袖をまくりあげたシャツから伸びた腕は適度に日焼けし、筋肉もついている。
ただ背が高くて、ひょろいだけの俺とは違う。よくこんな人を突き飛ばせたもんだな。
「だからおまえに話すことは何もねえっての」
「おまえになくても俺にはあるんだ」
皆川さんがハルちゃんに手を伸ばすが、ハルちゃんはさっと俺の後ろに隠れてしまった。
え、そういうの困る。
「俺に話があるならマネージャー通してからにしてくれ。海生は俺のマネージャーだからな」
何それ。いつ決めたんだよ、俺、そんなの聞いてないし。
「海生くん、ハルと話をしたいんだけど」
皆川さんも素直にハルちゃんの言うこと聞かないでよ!
「どうするハルちゃん?」
後ろのハルちゃんにお伺いをたてるが、ハルちゃんは首を振り、皆川さんとの面会を拒絶する。
「あ、嫌みたいです」
「ハル、ふざけるんじゃない。海生くんもハルの悪ふざけにのらなくていいから」
先にのったのは皆川さんじゃないかっ!
「マネージャー、帰ろうぜ。俺、こんな奴と同じ場所の空気を共有してるのも嫌なんだ」
すごい拒絶の仕方だな。皆川さん、ハルちゃんに何を言ったんだか。
「いい加減にしろ」
皆川さんが再びハルちゃんに手を伸ばすのを、俺は何故だか咄嗟に腕を広げガードしてしまった。
「海生くん、どういうつもりかな」
皆川さんの声は静かだったけど、なんとか自分を押さえてる感じがひしひしと伝わってきた。
「あの……ハルちゃんが嫌がってるみたいなんで……やめてください」
「君には関係ないことだと思うけど」
「関係なくないです。俺はハルちゃんのマネージャーってわけじゃないけど、弟分なんです。ハルちゃんが困ってるのにほうっておけません」
自分でもびっくりするくらい、とても落ち着いた声が出せた。身体中冷や汗だらだらで、内心めちゃくちゃパニクってるってのに。
「立派な心意気だね」
皆川さんは笑ったが、目が笑っていない。中学生のガキに邪魔されたのが気にくわないんだろう。
もし、ここで皆川さんがキレて殴りかかってきたとしたら、俺、絶対負けるだろうな。力ないもんな。
かと言って走って逃げる自信もない。足遅いから。
でもこの人、桜井みたいに顔が怖いわけじゃないし、倉本みたいに笑顔で人をいたぶる趣味もなさそうだし、あの二人に比べたらましじゃないか?
そうだよ、桜井と倉本に比べたら皆川さんなんて怖くないよ、全然平気だよ……と自分に言い聞かせてみるが、でもやっぱり殴られたら嫌だなと思うと足が震える。
この人ハルちゃんの友達なんだし、話し合って、どうにか穏便にことをすませられないかな。
「海生くん、どいてくれ。これは俺とハルの問題なんだ」
「そう言われましても」
ここで「はい、どうぞ」なんて後ろに隠れるハルちゃんを差し出したら、弟分として……もっとカッコいい言い方するなら、『男』として最低だ。ハルちゃんに顔向けできなくなる……いや、そんな大袈裟なことでもないか?
「俺は君を傷つけたくはないんだけどな」
やる気だ、この人、本気で俺のこと殴る気だ……!
「俺も、痛い思いするのは嫌ですっ」
だから、どうかここは穏便に。
「じゃあ、どいてくれ」
「それは無理です」
「聞き分けのない子だね」
皆川さんが一歩足を踏み出す。俺は一歩足を下げる。
身体中の水分が汗になって出ていってしまったのか、喉がカラカラでぴったりと張り付いてしまいそうだった。
なんとか唾を飲み込み、覚悟を決めてギュッと目を閉じる。
本当に殴りやがったら、花菱の声にも負けない大音量で、「助けてぇ!」て騒いでやるからな!
人の動く気配――来るっ!




