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「わかった。いいよ」
「え、いいんだ!?」
倉本が怪訝な顔で俺を見る。
「あ、いや、何でもない」
まさか「いいよ」なんて言うなんて思わなかったから、びびった。
「ありがとう。レオってやっぱり優しいよね」
安心したように微笑む花菱に倉本はバカにしたように鼻で笑う。
「喜ぶのはまだ早い。交換条件だ」
「交換条件?」
「桜井のことを暴くのはやめてやる。その代わり、花菱、僕の質問に正直に答えろ」
「いいよー。なに?」
花菱は何を聞かれるのかワクワクしているようだった。
「昔あった園芸部の話、花菱は真田に聞く前からあの話を知っていたな?」
「うん。まあ」
「それは誰に聞いた?」
「それが誰に聞いたんだが忘れちゃったんだよねー」
花菱は笑いながら頬を掻く。
「花菱、僕は正直に答えろと言ったはずだ」
「だから正直に言ったよ。忘れちゃったんだ」
「僕の叔父は昔、この学校で教鞭をとっていたことがあるんだ」
「何の話?」
「僕の叔父は当時の生徒会の顧問をしていてね、園芸部を廃部に追い込んだ張本人だからそのへんの事情には詳しいんだよ」
なるほど。だから倉本は園芸部があったことを知ってたのか。
「園芸部は今も昔も弱小だからね、存在を知る生徒はまずいない。ましてやおじいさんが土地を寄付したことなんていうのは、当時の園芸部の部長と一部の先生しか知らない。そして今現在、学内でこの話を知ってるのは、生徒指導部兼生徒会顧問の関口以外いない。でも園芸部を目の敵にしている関口が、こんな話をお前にするはずがないよね?」
倉本は優しく微笑み、
「では、いったい誰がお前にこの話を聞かせたんだろう?」
花菱は答えない。ニコニコと笑顔を浮かべたまま固まっている。
「可能性として考えられるのは、花菱が当時の園芸部の部長から直接話を聞いた場合。もしくは当時の園芸部の部長と関係する誰かから間接的に話を聞いた場合。どっちにしろお前は当時の園芸部の部長を知ってるはずだよ。じゃなきゃ園芸部があったことを知る術がないんだから」
倉本は笑顔をしまい、テーブルの上で手を組むと、非情で冷徹な上官のような命令口調で「答えろ、花菱」と言った。
花菱は「あはは、参ったなー」と笑ったが、倉本からの無言の圧力に耐えられなかったのか、目を逸らした。
何だかさっきから俺一人だけ話についていけてないような……。
「なぁ、倉本。その当時の園芸部の部長て何者なんだ? 倉本の知り合いなのか?」
「僕の知り合いなわけないだろ」
「じゃあ、花菱の知り合い?」
「知り合いなんてもんじゃないよ。花菱はその人のことをよーく知ってるはずさ」
目をやると、花菱は首を横に振った。
「残念だけど、そんなによくは知らないよ。ほとんど記憶にないんだから」
「なら後者の方か」
「レオは本当に色んなことをよく調べてるんだね」
目を合わせたくないのか、花菱は倉本を見ようとしない。
「当然。何が忘れちゃったー、だよ。僕を騙そうなんざ百年早い」
「レオは目的のためなら手段を選ばないからなー。こわいこわい」
「……あのさー、」
また変なタイミングで口を挟んで倉本に睨まれたら嫌だなと思いつつ、そろそろと声をかける。
「結局、園芸部の部長って何者なんだ? 俺が聞いたときもそうだったけど、何で花菱は『忘れた』なんて嘘ついたんだ?」
花菱は窓の外を眺めたまま、何かを考えているようだった。
「教えてくれないのか?」
「当時の園芸部の部長は、僕の友達のお父さんだよ」
花菱は向こうをむいたまま静かに言った。
「花菱の友達のお父さん?」
その情報、別に隠すことはないと思うんだけど。
「彼のお父さんは、僕らが物心つくまえに亡くなってる。だから僕には、彼のお父さんの記憶がほとんどないし、あまり人に話すことじゃないと思ったんだ」
「そう、だったんだ」
何だか悪いことを聞いてしまったような気がする。
「……何か、ごめん」
「僕は構わないよ。彼の前でその話をしないでくれれば」
「それはもちろん……あ、でも、その彼って、花菱の友達って誰なんだ? 俺の知ってる奴か?」
花菱はそれには答えず。窓の外を眺めている。
「花菱? 聞いてる?」
それとも言いたくないから黙ってるのか?
「ねえ、あれ、どう思う?」
ようやくこちらを向いた花菱は窓の外を指差しながら言った。
「さっきから気になってたんだ。何だかケンカしてるように見えるんだよね」
「どこ?」
倉本と二人、窓に顔を近づけ外を見る。
店の外の少し離れた駐輪場に二人の男。何を言ってるかはわからないが、確かにお互い眉をつり上げて身ぶりを交えながら激しく言い争ってるように見える。
「あれ? なんか、」
花菱を押し退け、窓にへばりつく。
二人のうち背の高い方が俺に気付き、焦ったようにもう一人をなだめようとしている。が、もう一人が噛みつかん勢いで何かを捲し立て、お話にならない様子。
背の高い男は一度相手の腕をとるが、振り払われ、それにムッとしたのか、手首をがっちり掴むと、無理矢理何処かへ引っ張っていこうとした。
「あれ? あれ!?」
まるで俺の視線から逃げるように、相手を引き摺る男は昨夜、街灯の下で見た皆川さんに似ていた。そして何かを喚きながら皆川さんらしき人に引き摺られるように歩く相手はハルちゃんによく似ていた。
「ていうか、ハルちゃん本人じゃね!?」
「ハルちゃん?」
「誰それ?」
「すぐ戻る!」
花菱と倉本の質問には答えず、俺は慌てて外に飛び出した。




