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 それは唐突にきた。


「昔、うちの学校に園芸部があったって知ってる?」


「は?」


「え?」


「なに?」


 みんな黙々と自分の勉強をしていたから、突然倉本にそんなことを言われ、ちゃんと返事が出来なかった。


「昔、うちの学校に園芸部があったんだよ」


 倉本は俺たち三人を順番に見回し、「知ってた?」と質問を繰り返した。


「知ってたも何も、お前が話したんだろ」


「真田はあの時が初めてだったね」


 倉本は頷き、隣の花菱を見る。


「花菱も知ってたよね? 真田に話を聞く前から」


「うん、まぁね」


 花菱も笑顔で頷き返したが、どことなく歯切れが悪い。


「桜井は?」


「そんなこと聞いてどーすんの?」


 桜井は質問に答えず、逆に倉本に尋ね返す。


「何か理由がなきゃ訊いちゃいけない?」


「時間の無駄だろ。今日は勉強しにきたんだから」


 今日の桜井は倉本が来てからずっと機嫌悪かったけど、心なしか何だか急に不機嫌の度合いが大きくなったような……。


「勉強の息抜きに少し面白い話をしてあげようと思ってね」


「誰も頼んでないし」


 桜井はイライラしたようにテーブルを指で叩く。


「そうだよ。誰にも頼まれちゃいない。僕は僕の考えがあって、この話をしようと思ったんだから」


「レオの考えってなーに?」


 花菱が訊ねると倉本はニヤっと口元を歪め、静かな口調で言った。


「桜井が園芸部を復活させ、花壇を造ろうとしている、真の理由を暴こうと思ってね」


 真の理由?


「倉本、それは説明しただろ。俺らは裏庭を憩いの場にするために」


「そう思ってるのはお前だけだよ。何度も言ってるだろ。桜井は嘘をついて、園芸部を復活させる真の理由を隠している。それに間違いないはない」


 倉本は右手の人差し指を、拳銃に見立て、桜井の鼻先に突き付ける。


「僕はだいぶその真実に近づいてきている」


「俺がいったいどんな嘘を吐いて、何を隠してるって言うんだよ」


 桜井は真正面から倉本を睨み付ける。


 倉本はそんな桜井の殺気をものともせず「いいの?」と軽く微笑む。


「真田の前で言っても? 真田に知られたくないから隠してたんじゃないの?」


 何でそこで俺の名前が出てくるんだよ。


「言えるもんなら言ってみろよ。残念ながら俺には身に覚えがないもんでね、何のことやらさっぱりだが」


 口ではそう言うが、くだらないこと言いやがったらただじゃおかない。桜井の身体からはそんなオーラが滲み出ているようだった。


「そう。なら教えてあげるよ」


 倉本はにんまり笑い、口を開いた。が、


「あ――っ!」


 と突然、花菱がすっとんきょうな大声をあげ立ち上がったものだから、俺たちはもちろん、周りの客や店員までもが、何事かと一斉に花菱を見つめた。


 花菱は眉を八の字に下げ、心底悲しそうに、


「コーヒーに砂糖入れちゃったよー。甘いの嫌いなのにー」


 思わず全員がくしっとずっこける。いや、本当にずっこけはしないけど、心理的にはそんな感じ。これがマンガなら本当にこの場で全員ずっこけてたとこだ。


「そんなことでいちいち騒ぐなっ! 何事かと思ったじゃねぇかっ!」


 代表で桜井が突っ込みを入れる。周りの客も店員もすごい剣幕で花菱を怒鳴る桜井を見ると、息を呑み、瞬時に目を逸らした。


「ていうか、何で甘いの嫌いなくせに砂糖なんか入れるんだよ」


「レオの話を夢中で聞いてたら無意識に……」


「店内であんなでかい声出したら周りの迷惑だろ。ちょっとは考えろ」


 花菱よりも、むしろ花菱を怒鳴る桜井の方が迷惑だよ。その証拠に後ろの席のおばさん方、伝票持って慌ててレジに向かったぞ。


「つーか、ドリンクバーなんだから新しいの持ってくりゃいいだろ?」


「だってまだ一口も飲んでないんだよ? もったいないじゃない」


「そう思うなら飲めよ」


「だから甘いの飲めないんだってば! 人の話ちゃんと聞きなよ!」


「何なんだよお前は! 何逆切れしてんだよ! めんどくせーな!」


 俺の目の前で繰り広げられる桜井と花菱の口喧嘩。きっと止めた方がいいんだろうけど、怖くて口を挟めなかったり……。桜井が怒鳴るってとこを初めて見たけど、想像通りの恐ろしさだ。しかし、そんな桜井と互角に(?)言い合える花菱もすごい。こいつは恐れるということを知らないのか?


「……おい」


 バンっ とテーブルを一つ叩き、倉本がくだらない言い合いをする桜井と花菱に爽やかな笑顔を向ける。


「いい加減にしろよ、馬鹿ども。これ以上みっともない姿をさらすなら、教科書ビンタお見舞いするからな」


 周りの人間に気付かれぬように笑顔のまま、地の底から這い上がってきたみたいな低くどすのきいた声で倉本は宣った。


 教科書ビンタ……名前だけでもかなり痛そうだ。桜井と花菱も同じことを考えたのか、すごすごと着席する。


 倉本は満足げに頷き、


「桜井。花菱の新しいコーヒーを持ってきてやれ」


 一瞬、桜井は「何で俺が」という顔をしたが、倉本が教科書に手を伸ばすと、そそくさとドリンクバーコーナーへ向かった。


 倉本は花菱の作った砂糖入りコーヒーを一口飲むと、ようやくいつもの調子に戻って言った。


「まいったね。もうこの店、来れなくなっちゃうよ」


「ごめんね、レオ。僕がコーヒーに砂糖を入れたばっかりに」


 問題はそこなのか? いや、騒ぎの原因はそこなんだろうけど。


「普通さ、甘いの嫌いな人間が無意識で砂糖なんか入れるかな?」


 倉本はドリンクバーコーナーに目をやりながら言う。


「たまにはそういうこともあるんじゃないかな」


「いつも紅茶にミルクと砂糖を入れてる人が、その日は気分を変えて烏龍茶を頼んだとする。だけど友達とのお喋りに夢中で、自分が烏龍茶を頼んだことを忘れて習慣的に砂糖を入れてしまう。それならわかるんだけどね、花菱はコーヒーをいつもブラックで飲んでるよね。いつもブラックで飲んでる人間が砂糖を入れる、いつもならしない動作を無意識でしてしまう可能性ってそんなに高くはないと思うんだけど」


 どーでもいいけど、何で砂糖in烏龍茶を例え話に使ったんだろう。烏龍茶に砂糖入れるのもそうそうないと思うけどな。


「烏龍茶に砂糖入れたのってレオの実話だったよね」


「話をすり替えるな」


 ピシャリと命令口調で言われ、花菱は口を閉ざす。


「桜井と話している時、視界の端でお前の行動が見えたよ。僕が桜井の秘密を話そうとした直前、お前、自分でシュガーポットに手を突っ込んで、わしづかみにした砂糖をコーヒーにぶちこんだだろ?」


「え、そうなの!?」


 花菱の真向かいに座ってたのに、全然気付かなかった。それだけ倉本の話しに気をとられていたということだろう。


「真田、飲んでみて」


 倉本に花菱の砂糖入りコーヒーのカップを渡される。


 何がしたいのかよくわからなかったが、言われた通り、一口飲んでみる。うげっ。


「何これ。げろ甘い。こんなん飲んだら、気分悪くなる」


「ね? 間違えて入れちゃったーと言う割りには入れすぎだよね? いったいどれだけ入れたんだか。ま、それくらい必死だったわけだろう」


 花菱はヒラヒラと手を振りながら、


「違う違う。本当に間違えて入れちゃっただけで」


 ガチャンっと派手な音を響かせ、中のコーヒーが飛び散るくらい乱暴に、倉本はカップを花菱の前に置いた。


「花菱、これ以上つまらない嘘を重ねると、本当に教科書で殴るよ」


「それは嫌だな。レオに叩かれると痛いから」


 花菱、倉本にビンタくらったことあるのか……いや、今はそんなことより、


「砂糖入れ間違えたのが嘘だって言うなら、何で花菱はあんなくだらない騒ぎ起こしたんだよ?」


 疑問を口にした俺を倉本は「余計な口を挟むな」と言わんばかりにギロっと睨んできた。


「くだらないってひどいなぁ。僕は僕なりに一生懸命考えたのに」


 言葉とは裏腹に花菱は楽しそうに笑った。ドリンクバーコーナーを一瞥すると、急に真面目な顔になり、身を乗り出した。


「レオ、ああいうやり方はよくないよ」


「僕に指図しようってわけ?」


「そんなつもりはないよ。レオが桜井くんに何を言おうとしてるのかはわからないけど、もし本当に桜井くんが嘘を吐いてたり隠し事してたりするなら、それには何か理由があって仕方なくやってるんだよ。好奇心で他人が勝手に暴いていいものじゃない」


 いっつもヘラヘラニコニコ笑ってしまりのない花菱が、真面目な顔して真面目なことを言うと、何だか妙な感じがする。


「それじゃあ花菱は倉本の話を止めさせるため、咄嗟にあんな騒ぎを起こしたんだな?」


 花菱は頷いて、倉本を見る。


「もうすぐ桜井くんが戻ってくるけど、もうこの話はしないであげてほしいんだ。お願い、レオ」


 倉本は無表情で花菱をじっと見つめる。


「……俺からも頼むよ。何か変な空気になるし、倉本だって嫌な思いしたくないだろ?」


 無駄だとは思うが、俺からも倉本に訴えてみた。こいつが「わかったよ」なんて言うことはまずないだろうけど、こいつだって人の子なんだから可能性0ではないだろ。



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