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女の子同士でトイレの個室に入る……てのもどうかと思うけど、例えばそれを誰かに見られたとしても、そこまで変な目で見られることはないと思う、あくまで個人的な見解だけど。
でも、それが男同士だったらどうなんだろう。しかもそれが、ファミレスの男女兼用トイレの、一つしかない個室だったら。
もし万が一、若いお姉さんとか入ってきて、順番待ちしてる時に、中から複数の男の話し声や物音がしたら不審に思うんじゃないだろうか。
不審に思うだけならまだいい。もし、出てきたところをばっちり目撃された上に汚物でも見るような冷たい目で一瞥されたら、それが全然知らない人でも、違うんです! て全力で否定するだろうな。
「真田、話聞いてる?」
倉本に捕まれた前髪を思い切りひっぱられ、慌てて「聞いてる!」と返事をする。
「ならいいんだよ。で、」
腕を組み倉本はドアに寄りかかるとうっすら微笑みを浮かべる。
「昨日、あれだけ言ったのに、何で勉強会に参加してるんだかその理由を知りたいんだけど?」
「俺だって来るつもりはなかったんだよ。話せば長くなるんだけどな、」
「簡潔にまとめろ。あいつらに悟られる。無駄話してる暇はない」
あいつらとは店内の窓際の席で仲良く(?)勉強をしてる桜井と花菱のことだ。
「桜井に頼まれたんだよ。三人じゃ気まずいから来てくれって」
「僕よりも桜井の脅しのが怖かったわけか」
「そうじゃなくて本当に頼まれたんだ」
いつものように、昇降口で靴を履き替えていたら、昨日の朝みたいにまたもや腕を引っ張られ、職員トイレにつれていかれた。
「だから職員トイレはまずいって、桜井」
桜井は外の様子を伺い、誰も来ないのを確認するなり、腰をほぼ直角に曲げて頭を下げた。
「桜井!? 何事!?」
そんな外が気になるなら職員トイレなんて入らなきゃいいのにという文句は、驚きのあまりどこかへ飛んでいった。
「海生、頼む。今日の勉強会一緒に行ってくれ」
何を言われるのかと身構えていたら、なんだそんなこと……。
「て、急にどうした。桜井行かないって言ってたのに」
「事情が変わったんだ。お前こそどうしたんだよ。今朝メール見てびっくりしたぞ。俺は海生が行くと思ったから参加することを決めたのに」
事情ってどんな事情? と聞くよりも早く桜井が身を乗り出してきた。
「頼むよ、海生がいなかったら俺一人であの二人の相手をしなくちゃいけなくなる。そんなの耐えられない」
「そう言われても……」
桜井の気持ちはよくわかる。俺が桜井の立場だったら確かに嫌だ。花菱には失礼だけど。でも行ったら行ったで、また倉本に何をされるか分からないという恐怖もある。
別に俺は倉本に屈したわけではない。あれだけ言われてまだ懲りないのかと自分でも思うけど、俺はこれから先も桜井との付き合いを続けていくつもりだ。倉本に何を言われようが関係ない……関係ないけど、今日の勉強会は別。行ったら痛い目見るってわかってて行くほどバカじゃない。それにもう、本当に、昨日の事でこたえたんだ。学校では同じクラスだから嫌でも1日1回は顔を合わせてしまうけど、それ以外の場所では、なるべく倉本と関わりたくない。
「桜井もそんなに嫌なら行かなきゃいいんじゃないか? 別に強制じゃないんだから」
「そういうわけにもいかなくて」
「何で? 事情が変わったって言ってたけど、何がどう変わって、勉強会に参加することになったんだ?」
桜井は答えない。目をそらし、眉を下げ困ったようにトイレの床を見つめている。学園一の不良と謳われる(?)桜井でもこんな顔するんだなとしみじみ思っていたら、逆に訊ねられた。
「海生は何で行くのやめたんだよ」
「桜井と花菱が帰った後に、成り行きで俺と倉本の二人で帰ることになって、いろんな話をして、最終的に倉本に来るなって言われたから」
「何だって倉本はお前に来るななんて言ったんだ?」
説明してもよかったんだけど、長くなりそうだし、倉本が桜井のことこう言ってたんだって話すのは、俺にとっても桜井にとってもたあまりいい気はしないだろうと思ったから「ちょっと倉本の機嫌を損ねることを言っちゃって」と誤魔化した。
桜井は納得してなさそうだったけど、それ以上深くは追求してこなかった。
代わりに「頼むよ。後生だから」を繰り返し、結局俺はまたもや倉本の忠告(と言う名の脅迫?)を無視し、勉強会に来てしまったと言うわけだ。
学校は一時以降立ち入り禁止のため、近所のファミリーレストランまで先に三人で行き、勉強をしていたところに一人遅れて倉本がやってきた。
俺の姿を見るなり「馬鹿」と俺にしか聞こえないよう低く呟いた。
それから、
「一分したらおいで」
小声で囁くと、倉本は「先にトイレ行ってくるね」と席をたった。
で、一分たってトイレに向かったところ、中で待ち構えていた倉本にむんずっと腕つかまれて、強制的に便器に座らされ……今に至る。
「俺だって倉本の忠告とやらにおとなしく従いたかったよ。だけど桜井がどーしてもって言うから、友達の頼みを無下には出来ないだろ?」
倉本は額に手をあて、盛大なため息をついた。
「どうして僕の周りはこうも人の話を真面目に聞かない、無礼で不愉快なヤツが多いんだろうねー」
俺に対する文句らしきことを一人でぶつぶつ呟きながら、トイレのドアを開けた。
「さっさと出なよ。お前に聞くことはもう何もない」
ようやくお許しを得て、いそいそと個室から出る。
「どうなったって、知らないからね」
冷たい眼差しで俺を一瞥すると、倉本はトイレを出ていった。
それがどういう意味なんだかはよくわからなかったが、その一言で早くも俺は自分の行動を後悔し始めていた。




