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 メールには大至急とあったから、学校から家まで早歩きで帰った。本当は走った方が早いんだけど、走るのはあんまり得意じゃないから。それでも普通に歩いて帰るよりは早く着く。


 いつもなら三十分かけて帰る道のりを今日は二十分で帰った。


「母ちゃん、ただいま」


 声をかけても返事はなかった。もう一度大きな声で「ただいま」を言ってもやっぱり返事はない。


 大至急って言ったから作業切り上げて帰ってきたのに、母ちゃんはいったい何処にいるんだ。


「おばさんならちょっと前に買い物に出かけたよ」


 突然聞きなれぬ声がして立ちすくむ。見れば階段の一番上に、見知らぬ女が腰かけていた。


 相手は俺がいることもおかまいなしに、ポケットからタバコを取り出した。口に一本くわえ、慣れた手付きで火をつけて、めんどくさそうに煙を吐き出し、極めつけに大きな欠伸を一つ。


 相手のあまりのマイペースぶりに思わず脱力した。何か緊張してる俺がアホみたいだ。


 階段の下から相手をまじまじと見つめる。さらさらのショートヘアーにヨレヨレパーカー、膝の部分が擦りきれたジーンズ。壁に寄りかかり、足を投げ出して座る姿は気だるげで、見た目だけだと俺よりも年下に見える。あ、でも年下ってことはないか、普通にタバコ吸ってるしな。


「ここは禁煙か?」


 話しかけられてまたぎょっとした。一瞬、それが誰に向けられた言葉なのか解らず、後ろを振り返る。


「お前に言ってんだよ」


 階段の上で呆れたように相手が言う。


 俺以外に誰もいないんだから当たり前だよな、なにやってんだ俺は。


「別に禁煙ではないと思うけど」


「そうか」


 それじゃ遠慮なくといった感じに、また盛大に煙を吐き出した。


 女が俺に目を向ける。


「そんなとこ立ってないで、自分の家なんだから上がってくれば?」


「うん」


 それはそうなんだけど。俺の家なのになんで知らない女が勝手に入ってるんだろ。


「何?」


 じっと見つめていたら、女が俺に問いかけてきた。


「あの……どちら様ですか?」


 俺が言うと女はおもしろそうな顔をして俺を見た。


「やっぱりわからないか」


 やっぱり? やっぱりってどういう意味?


「わかんない、です」


「そう。最後にあったの九年も前だからな。覚えてなくて当然か。俺は小春。おまえのイトコ」


 今、この人『俺』って。女の子なのに『俺』って……いやいや、そんなことはどうでもよくて、


「小春?」


 ふっと俺が小さかった頃の記憶が一部よみがえった。白いワンピースを来た長い髪の女の子が静かに微笑む姿。「女の子をやめる」と宣言したときの、凛とした態度。


「もしかしてハルちゃん?」


「もしかしなくてもハルちゃん」


 なぞの女の正体は俺のイトコのハルちゃんだった。目が合うとハルちゃんは、何だかおかしそうに笑った。


「ハルちゃん?」


「そうだよ」


「本当にハルちゃん?」


「俺の偽者がいんのかよ?」


「いや、だって、」


 俺の知ってるハルちゃんは、こんな感じじゃなかった。あの頃はスカートしか履かなかったのに今はジーンズだし、口調だって『俺』とか言って、男みたいだし。


 何より残念なのは、俺が好きだった黒くて長くて綺麗な髪がさっぱりしたショートヘアーになっていること。あの頃のハルちゃんは、こう……ふわふわした感じで、いつだって女の子らしく、可愛らしかったのに。


「ハルちゃん、すごい変わったね。全然わかんなかったよ」


「そっかぁ? てかそれ言うなら、おまえのが変わっただろ。でかくなったなぁ。身長いくつ?」


「え、いくつだろ? 4月に測った時はたしか184とかだったと思う」


「184! お前まだ中学生だろ?何食ったらそんなでかくなんだか」


「さあ?」


 普通に食って、寝て、気付いたらこんな大きさになってた。


「昔の海生は泣き虫、弱虫、クモだって触れなくて、いつも俺の後ろついてまわってたのに。そいつがこんな男前になるなんてな」


 背が高くなっても泣き虫弱虫は昔と変わらない。クモだって今だに触れない。格好わるいから言わないけどさ。


 階段を上がり、ハルちゃんの隣り、ひとり分開けて、座り込む。


「えっと、ハルちゃん、一人で来たの?」


「そうだよ」


「何で?」


「何で一人で来たの、てことか?」


「違う。9年も会ってなかったのに、突然来るからどうしたのかと思って」


 昔はお盆やらクリスマスやらお正月やらイベントはもちろん、その他にも諸々の用事でけっこう頻繁に家に来てたのに、あの時以来まったく連絡よこさなくなっちゃって。


「そりゃあ、お前との約束を守るためにさ」


「約束?」


 約束ってなんだっけ? 俺、何かハルちゃんと約束したっけ?


「何だよ。最後に会った日に約束したじゃん。まぁ覚え得なくて当然か、9年前の話だし、海生も小さかったし」


 「それにそれだけが理由ってわけでもないし」とぶつぶつ言いながらハルちゃんは煙草を足もとのコーラの缶の中に押し込んだ。


「俺、来ない方が良かったかな」


「そんなことないよ!」


 俺がハルちゃんとした約束を忘れたせいでハルちゃんがショックを受けたのかと思って慌てて否定した。


「俺、一人っ子だし、友達少なかったし、あの頃ハルちゃんが遊んでくれて本当に嬉しかったんだよ。俺にとってハルちゃんは優しいお姉さんであり、かけがえのない友達でもあったんだ。それなのに会えなくなってすごく寂しかったんだよ」


 もちろんついさっきまでハルちゃんのこと忘れてたけど、あの頃本当に寂しかったのは嘘じゃない。


「海生だけだよ。そう言ってくれるの」


 ハルちゃんは微笑み「ありがとな」と言った。


「俺と久しぶりに会えて、嬉しいか?」


「うん、嬉しいよ」


 出来たらあの頃のまんまのハルちゃんに会いたかったけど。


「じゃあ、俺がしばらくここにいるって言ったら海生は嬉しい?」


「え?」


「俺、しばらくここに置いてもらうことになったから」


「何で?」


「家でてきたから」


「家出てきた?」


 ハルちゃんは新しい煙草に火をつけて言った。


「家出してきたんだよ。勢いで飛び出してきたんだけどさぁ、行くとこないからまいっちゃって」


 「ハハハ」と笑いながら話すハルちゃんは、たいしてまいっているように見えない。と、言うかこれって笑うような話じゃない気がする。


「何で!?」


 俺、バカの一つ覚えみたいに、さっきから「何で」ばっか繰り返してる。だけど仕方ない、ハルちゃんの言うこと突拍子のないことばっかりなんだから。


「何で家出なんかしたの!?」


「そーゆーお年頃だから」


「ハルちゃんね、俺は真面目に聞いてんだから、」


 その時玄関のドアが開き、大きな買い物袋を手に下げた母ちゃんが入ってきた。


「あら、海生。帰ってたの。そんなところに座り込んで何してるの?」


「想い出話に花を咲かせてたんですよ」


 俺の後ろからハルちゃんが顔を出して言った。


「そう。9年ぶりだものね。ハルちゃんが家に来るの……海生、感動のあまりハルちゃんに抱きついたり小さい子みたいに泣きわめいたりしなかった?」


「するわけないから」


「何でもいいから降りてらっしゃい。ケーキ買ってきたから一緒に食べましょ」


 母ちゃんが奥に引っ込むのを見届けてから、ハルちゃんに訊ねる。


「母ちゃんは、ハルちゃんが家に来てるの知ってるんだね」


「あたりまえだろ。おばさんがいなかったら、誰が俺をこの家に入れるんだよ」


 そりゃそうだ。


「母ちゃんは、ハルちゃんが家を出てきた理由知ってるの?」


「知ってるよ」


「何で?」


「俺が言ったから」


「そうじゃなくて、『何で俺には教えてくれないの?』の何で」


「海生にも言ったじゃん」


 ハルちゃんはニヤリと不敵そうに笑い、


「そーゆーお年頃だから」


 と言った。


 何だかなー。



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