19
昨日の夜はハルちゃん、そんでもって今日は倉本と自転車二人乗りの帰り道。
ハルちゃんとはデートの帰りって感じでちょっとドキドキして楽しかった。倉本を乗せて帰るのは決して楽しいものではないが、制服でチャリンコ二人乗りって、何かすごい青春って感じした。
「青春だねぇ」
鼻唄交じりに後ろの倉本は楽しそうに言う。
「こーゆーの大好きなんだよね。『青春』て言葉を絵に描いたような感じ。健全な学生のあるべき姿だよね」
人に自転車漕がせといてよく言うよ。でも自転車二人乗りのどこが健全なのかはわからないが、『青春』だと感じてる部分では初めて倉本と意見があったな。
「時に真田、お前はなぜ僕の忠告を聞かないんだ?」
うわー、でたよ。この感じだとまためんどくさそうな話聞かされそうだな。
「えー、なーにー?」
わざと聞こえなかったようなふりをしたら、倉本に思い切り背中を叩かれた。
「痛いっ」
「何故、僕の話を真面目に聞こうとしないんだと言ってる」
「そんな、今朝言われたことを、その日の午後にすぐ実行できるわけないじゃん。……てか、そもそも桜井と距離を置く気なんてないんだけど。それに、俺が誰と仲良くしようと倉本には関係ないことだし」
無視したらまた何かされると思ったから、しぶしぶ答える。
「あの不良はお前に嘘をついて、隠し事をしてる」
「逆に聞くけど、その嘘とか隠し事って具体的にどんなこと?」
「今はまだ言えない。僕にもはっきりとはわからないから」
なんだそりゃ。
「でもさ、人間生きていくうえで人には言えないこと言う必要のないことってあるじゃないか。桜井が俺に隠し事してるってのも、その類いじゃないのか?」
もし本当は違ったとしても俺はそう信じてる。
「それに、倉本は、桜井が俺のことを利用してるみたいな話もしてたけど、それだってはっきりわかってないんだろ? 俺自身、利用されてる実感ないし、いったい何に利用されてるんだかもわかってない。もし、園芸部復活のために雑用手伝わせるのが利用してるって言うなら、俺は喜んで利用されてやるつもりだし」
「真田は何であいつに肩入れするんだ?」
「肩入れって、別に、あたりまえのことしてるだけだよ」
「あたりまえのこと?」
訝しげな声からすると、倉本は俺が何を言いたいのかわからないらしい。
「桜井は俺の友達だから。友達のことを信じて味方するのはあたりまえのことだろ」
て、花菱の受け売りだけどさ。
「友達?」
「そう、友達」
「友達、ねえ」
一瞬の間があって、突然倉本が大きな声で笑いだした。
「何だ!? どうした!?」
あんまり大声であんまり楽しそうにワケも分からず笑うもんだから、半ば本気で倉本は気が狂ってしまったのかと心配した。
そういえば昨日の夜も自転車乗ってたらハルちゃんが突然笑いだしてびっくりしたっけ。何これ。デジャブてやつか?
買い物帰りと思われるおばさんにすれ違いざま冷たい視線をあびせられ、俺は慌てて倉本をたしなめた。
「倉本ちょっと落ち着けよ。俺たち何か変な目で見られてる」
「それは困るな。変なのは僕じゃなくて真田なんだから」
「何でだよ」
「まさかそこで友達だからなんて言葉が出るなんて思わなかった。小学生や幼稚園児じゃあるまいし、よくそんなことが恥ずかしげもなく言えたもんだね」
俺も自分で言ってて、やっぱりちょっと恥ずかしいなって思ったけどさ。
「大事なことだろ」
「そうだねー。友達は大事にしなくちゃねー……おめでたいヤツだよ、お前は。まあせいぜい桜井と一時の友達ごっこを楽しめばいいさ。どーせそのうちあいつとは口も利けなくなるんだからね」
「あのさぁ、」
自転車を止めて、後ろに座る倉本を肩越しに見やる。
「倉本は俺に何か恨みでもあるの?」
「真田は僕に何か恨まれる覚えがあるの?」
「じゃあ桜井に恨みがあるのか?」
「なんだい、急に真面目な顔して」
倉本は笑顔を浮かべ「意味が分からない」と俺を見る。
自転車を降り、でも倒れないようにしっかりハンドルを握ったまま、倉本に向き直る。
「倉本は俺に何をしたいんだ?」
「別に何も?」
「だったら何で俺に突っかかるような言い方するんだよ」
「僕はまったくそんなつもりはないよ。お前が勝手に僕の言葉に過剰に反応してるだけだろ?」
「昨日も今日も、俺のこと馬鹿だの阿呆だの散々罵ったじゃないかよ」
「別に罵ってはいない。事実を述べたまでだ。それともお前は、自分のことを馬鹿でも阿呆でもないと思ってるわけ?」
思わずぐっと言葉につまる。そう言われると返す言葉が出てこない。自分でも馬鹿だなってしみじみ思うことあるし。
「ついでに言うならお前は頭も悪いし、要領も悪い。顔もよくないし、運動神経もよくない。無駄に背が高いわりに見かけだけの小心者、どうしようもない愚図で救いようのないヘタレだ。おまけに、」
「もういいよ!」
倉本から見て俺がどんだけ情けないダメ人間かはわかったから、もう勘弁してくれ!
「倉本は俺のことが気にくわないから、人の気持ちを考えずポンポン平気で本当のこと言うんだな。よーくわかったよ」
「心外だね。僕はお前のために、あえて本当ことを言ってあげてるんだから、逆に感謝してほしいくらいだけどねえ」
誰もそんなこと頼んじゃいないのに、大きなお世話、有難迷惑。
「倉本の言うとおり俺は馬鹿だし阿呆だし無駄にでかい愚図だよ。全部事実だから俺は何言われても怒らない」
怒らないけど、人並みに、いや、人並み以上に傷ついているんだぞ、と心の中でつけたす。
「だけど、桜井にちょっかい出したり、あいつのこと悪く言うのはやめてくれよ。倉本は笑ったけど、桜井は俺にとって本当に大事な友達なんだ。倉本が知らないだけであいつは優しくてすごいいい奴なんだよ。その桜井が俺のせいで意地悪されたり、悪口言われたりするのは嫌なんだ」
ましてや、倉本みたいなねちっこくて嫌みったらしい性悪に馬鹿にされるのは、腹立たしい通り越して、桜井に申し訳ない。
「倉本がいったい桜井の何を探ってんのかわかんないけど、俺はあいつが隠し事してようと嘘ついてようと、いい友達でいたいんだ。頼むから桜井のこと、園芸部のことはそっとしておいてくれよ」
「嫌だ」
「即答かよ!」
ちょっとは考えてくれたっていいのに!
「真田は勘違いしているね」
「何を?」
「僕はね、決して真田が嫌いなわけじゃないんだよ」
寂しそうに笑い、倉本はそう言った。サドルに乗せている俺の手に、そっと自分の手を重ねてきた。
「え、」
戸惑う俺に、倉本はの例のとびきりの笑顔を向けると、
「僕はね、真田だけじゃない、桜井も含めて、お前ら園芸部が大っ嫌いなんだよ」
清々しいくらいにはっきりと言われ、思わずよろめき倒れそうになるのをなんとかこらえた。
「不良少年とごく平凡な少年が、ひょんなことから協力して園芸部を作ることになった。権力振りかざしてねじ伏せようとする学校との闘いの中で友情を深めながら、二人は園芸部設立を目ざす――なんて青春ドラマでもやってるつもりなの? 毎日毎日裏庭のゴミを拾って、関口に押し付けられた雑用こなして、挫けそうになればお互いに励まし合って支えあう。『俺たちは仲間じゃないか、どんな時でも、二人で頑張っていこう』って、美しい友情だねえ。美しすぎて反吐が出るよ。本当馬鹿じゃないの? 園芸部を設立して、花壇を作って、誰が何の得をするってのさ? 憩いの場を作りたい? 学校のためにやってる? 誰がそんなの欲しいって言った? 誰がそんなの頼んだ? 勝手なこと言って、勝手なことして、全然報われないのが悲しい、でも負けない、いつかきっとこの努力が認められる日が来る……なーんて思ってるんだろう? もう、そーゆーの全部がうっとおしくて目障りでしょうがないんだよ。花壇なんていらない、園芸部も必要ない。僕はお前らを潰してやりたい。もう二度と立ち直れないってくらいに、傷つけて、最終的にお前らの仲を引き裂いてやりたいんだ」
一気にまくしたてたから倉本の頬は紅潮していた。ふっと息をつき、「少し感情的になっちゃったかな」と軽い調子で言った。
「どうしたの真田? 何とか言いなよ?」
目の前の倉本は今、自分が言ったこと、何でもないみたいに平気な顔をしてる。
「お前、ひどいな」
倉本は表情を変えず俺の顔を見上げる。
俺は何か固くて重い物で頭をガツンて殴られたみたいな、強い衝撃を受けていた。出来ることなら、倉本のこと、このまま自転車ごと横倒しにしてやりたかった。
「俺、倉本のこと好きじゃないけど、好きにはなれないけど、口は悪いし性格もものすごい悪いけど、根はいい奴なんだろうなって心の何処かでちょっとだけ思ってたんだよ」
だって花菱がそう言ったから。「レオはいい子なんだよ」って言ったから。花菱が言うんだからそうなんだろうなって思おうとしてたのに。全然まったく見当違いだった。
「ひどいな、倉本は。ひどいこと言っても平気な顔してられるなんて、ますますひどいな」
「ひどくて結構。勝手に僕を『いい子』だと思い込んでたお前が悪い」
冷たい声。目を細め倉本は不適に笑う。
「真田。今言ったことは僕からの最後の忠告だと思え。僕はこうゆう人間なんだよ。お前がやめろと言おうが、ひどいと言おうが、僕は僕の気持ちが満たされるまで何もやめるつもりはないから。これ以上傷つきたくないと思うなら、桜井から離れろ」
倉本は自転車から俺の手をはずすと、それにまたがり振り向いた。
「最後にもう一つだけ教えておいてあげるよ。お前たちのこと大っ嫌いだって言ったけど、真田のことは桜井ほど憎らしいとは思っていないよ。目障りなのには違いないけどね」
「じゃあ何で、俺にばっかり辛くあたるの? 何でそんなに桜井のこと目の敵にするの? 桜井と何かあったの?」
倉本は俺の質問には答えなかった。
「明日の勉強会。お前は来ない方がいいよ。僕は何を言うかわからないから」
それだけ言うと倉本は自転車をこいで行ってしまった。
右も左も分からない、中途半端なところに身も心も置き去りにされて、俺はただ途方にくれるしかなかった。