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 放課後、桜井のクラスに行った。事前に「会わせたい人がいるから放課後時間くれ」とこっそりメールをしておいたが、「四時頃までなら」と返事をくれた桜井を、SHRや掃除当番やらで三時五十分まで待たせてしまった。


「桜井、ごめん!」


 誰もいない教室の一番後ろの席で、窓の外を眺めていた桜井が顔を上げて、俺を見た。


「遅かったな」


「ごめん、ホームルームが伸びた上に掃除が終わらなくて」


「いいけど、俺もそんな時間ないんだ。悪いけど、用事があるなら早く済ませてくれ」


「ああ、うん」


 ちらりと後ろに視線をやるとニコニコ笑顔の花菱が俺を見上げている。


「どうした?」


「あーうん、あの、桜井、怒らないで聞いてくれな」


「何だよ。何か俺が怒るようなことしたのか?」


「いやぁ、そんなつもりはないんだけど……念のため確認。怒らないでな」


 桜井は訝しげに頷き、「で?」と話を促す。


「実は俺のクラスメイトで園芸部に入りたいって言ってるヤツがいて」


 俺がそう言うと、桜井は目を真ん丸くして、


「有り難い話じゃないか……それの何処が怒るような話なんだ?」


「それが、」


 口で説明するより、実際に対面してもらったほうがいい。後ろ手で合図をし、花菱を前に出す。


「こんにちは、桜井くん」


 俺の後ろからひょっこり現れた花菱はお得意のビッグスマイルを浮かべ、右手を差し出した。


「君とは小学校から一緒だけど、まともに話したことは一度もないから、あえてはじめましてと言わせてもらうね。2年C組在籍、生徒会長兼剣道部副部長の花菱 聖です。縁あって園芸部のお手伝いをさせてもらうことになりました。これからどうぞよろしく」


 桜井は差し出された右手をしばし茫然と見つめていたが、花菱の自己紹介が終わるなり、信じられないという顔を俺に向けて言った。


「どうゆうこと?」


「こーゆーこと」


 はにかみ笑顔で答えると、桜井は強張った顔で、何か言いたげに、花菱を見下ろした。


「そーゆーこと」


 花菱は桜井の手をとると「よろしくねー」と楽しそうに握手をした。




 わかりきっていたことだったが、桜井の答えは、


「気持ちは嬉しいけど、生徒会の手は借りたくないから」


 だった。


「違うよ桜井くん」


 花菱はめげずにニコニコ笑う。


「手を貸すのは生徒会じゃなくて、僕、花菱 聖っていう一個人だよ。僕が所属してる生徒会の意志とはまったく関係ない、個人の感情で言ってるんだ」


「どっちだって一緒だ。関口の息がかかってるヤツなんかと楽しく部活動なんかできるかよ」


 その言い方はひどいんじゃないか? そう思っても気の弱い俺は、さっきから不機嫌そうに顔をしかめ、椅子にふんぞり返り、会話はしても、花菱と目を合わせようとしない桜井が怖くて、なんだか申し訳なくて口に出来ないでいる。


 桜井が本当に顔も見たくないくらいに花菱のことが嫌いだったなんて思わなかったから。桜井にも花菱にも悪いことしちゃったよな。


「あんたが園芸部に入ったら、どーせまた関口の野郎に花菱を脅して無理矢理入部させたんだろとか、くだらないいちゃもんつけられるに決まってる。面倒なことはごめんだ」


「僕がどんな部活に入ろうと関口先生には関係ないと思うけどな」


「そう思ってるのはあんただけだよ」


「大丈夫だよ。僕は桜井くんに脅されたりしてません、自分の意志で園芸部に入りましたって言うから」


「誰が信じるんだよ、そんな話」


「誰も信じなくたっていいじゃない。嘘吐いてないし悪いことだってしてないんだから、堂々と胸を張ってればいいんだよ」


「そういう問題じゃない。俺はあんたに園芸部に関わってほしくないんだよ。あんたみたいな真面目でいい子ちゃんな生徒会長様が、俺みたいな出来損ないの不良に関わるとすぐに新しい悪い噂がたてられる。はっきり言って迷惑なんだよ」


 今のは俺の胸にもぐさっときた。だって俺もどっちかっていうと真面目……というか地味でおとなしいタイプで、実際俺が園芸部に入ったせいであることないこと噂流れまくってるし、そもそも園芸部に入ったのも桜井に無理言って頼み込んだからだし……。


「そんなの桜井くんの見た目に問題があるんであって、僕は関係ないじゃない。だって桜井くんは誰とつるんだって結局は悪い噂たてられちゃうんでしょ? 海生がいい例じゃない。それに、それを言ったら、桜井くんより海生のがよっぽど迷惑してるじゃないか」


 花菱は何の悪怯れもなくさらっと笑顔でとんでもないことを言いやがった。


 これには花菱のこと無視を決め込んでいた桜井もさすがに目を剥いた。


「桜井くんは一人でいたってワルだ不良だって言われるんだ。そう言われるのが嫌ならもっと地味で目立たない格好をすればいいんだよ。誰かに悪く言われるのが嫌で、僕を園芸部に入れたくないっていうのは、入部を拒む理由にはならないよ」


 桜井は花菱を睨み付けて口を開いたが、それを遮るように花菱が言った。


「それに、本当の本当に僕のことをそう思ってるなら、寂しい話だよね」


 口元に笑みを浮かべたまま、花菱はじっと桜井を見つめた。


 面白くなさそうな顔して桜井も花菱を見ていたが、ふいと顔を背けて、決まり悪そうな調子でつぶやいた。


「今のは失礼だった。悪い」


「いいよ。気にしてない。僕こそ失礼なこと言ってごめんなさい」


「いや、あんたの言うことは正しいと思う。でも俺はあんたの入部を許可する気にはなれない」


「困ったねー」


 困ったというならもっと困ったような顔をすればいいのに、花菱は笑ってる。桜井と対峙してビビりもしないなんて、たいした奴だよ。


 一触即発の危険な状況を回避できた安心から思わずため息を吐く。花菱には悪いけど、連れてくるんじゃなかった。こんなに桜井と相性が悪いとは。相性が悪いというか、桜井が花菱を一方的に嫌がってるんだよな。今日の花菱はやたら強気で好戦的でしつこくて、桜井でなくても嫌がるかもしれないけど。本当にひやひやした、まさかあの桜井にあんなこと平気で言ってのけちゃうんだもんな、天然というのは恐ろしいよ。


「海生もいいかな?」


「え? なに?」


 いかん、すっかり物思いに耽ってしまった。


「僕、このあと体育科の松永先生に頼まれて、体育倉庫の片付けをしなくちゃいけないんだ」


「はぁ」


「で、偶然、桜井くんも先生に頼まれて体育倉庫の片付けをすることになってたらしくてね、もし海生が嫌じゃなかったらこの話の続きは倉庫の片付けをしながらしない? ってことなんだけど」


 つまり俺にも倉庫の片付けを手伝ってほしいと言ってるわけか。


「かまわないけど。桜井の用事って倉庫の片付けのことだったのか?」


 桜井はばつが悪そうに首を縦に振った。


「まさかとは思うけど、それって関口先生から」


「違う。保健体育の時間に居眠りしてな。そのペナルティーだ」


「たかだか居眠りで倉庫の片付けか?」


「松永先生厳しいからね。僕は今度の三日月祭でカラーコーンを使いたいって話をしたら、倉庫に閉まってあるから探すついでに片付けしてくれって言われちゃって」


「そんなの体育委員に頼めばいいのに」


「今の時期はみんな三日月祭の準備で忙しいから頼みづらいんだよ、きっと」


 花菱はそう言ったが、俺はまだ何かがひっかかっていた。


 なんだろう、こう、うまく言えないんだけども、なんとなく疎外感。二人が体育倉庫の片付けを頼まれたのはただの偶然なのに、なんとなく仲間外れになったような気分。変だな。


「僕、永先生のところに行って鍵借りてくるね。さきに倉庫に行ってて」


 パッと走りだした花菱に桜井が後ろから怒鳴るような声を上げる。


「廊下を走るなっ! 転ぶぞ!」


 花菱はびっくりして脚を止め、きょとんと桜井を見る。


「歩いてけよ。倉庫は逃げやしないんだから」


「そうだね。そうする」


 「ご忠告どーもー」とひらひら手を振りながら花菱は教室を出ていった。


「まったく、騒がしくて落ち着きがなくてガキっぽくて、よくあんなんで生徒会長が勤まるよな」


 冷めた目で花菱を見送る桜井に、おそるおそる声をかける。


「だから花菱が嫌いなのか?」


「何?」


 意味がわからなかったらしく、桜井は俺の顔を見上げた。


「花菱が、騒がしくて落ち着きがなくてガキっぽい生徒会長だから、嫌いなのか」


「別にそういうわけじゃない」


「じゃあ桜井は花菱の何がそんなに嫌なんだ。あいつは良い奴だよ。桜井のことにも、園芸部のことにも、理解がある。あいつは本気で俺たちの力になりたいって思ってくれてる」


 明確な理由もないのに、突き放すのはひどいじゃないか……口にはしないけどさ。


「あいつは駄目だ」


 桜井は真っ直ぐ前を見て、何かを睨み付けるみたいな目で言った。


「俺は誰かの手を借りたいなんて思ってない」


 じゃあ、俺はどうなの? 俺のことも本当はいらないとか思ってるのか? 疑問に思っても口に出す勇気はない。「そうか」とだけ言って話を終わらせた。


「付き合わせて悪いな。さっさと終わらせよう」


「うん」


 先に歩きだした桜井の後ろを、いつものように少しだけ離れて歩いた。


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