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「時に真田、」
「はい?」
「面白い話、聞きたくない?」
「面白い話?」
「教室に行くまでの間で終わる。さっさと立ちなよ」
聞きたいとも、聞きたくないとも言ってないのに、倉本はにっこり笑いながら、有無を言わさぬ口調で言った。
慌てて立ち上がり、先に歩きだした倉本についていく。
「昔々のお話さ。この学校にも正式な園芸部があったんだよ。当然ながら超弱小だったけどね。うちの学校は生徒の自主性を尊重する教育方針うんぬんかんぬんで、昔からやたらクラブがたくさんあって、部活動の予算だけでかなりのお金がかかっていたそうなんだ。だから当時の生徒会や生徒指導部は学校にとって有益になる部活には予算を多く出して、あってもなくても変わらないような弱小部には圧力をかけて廃部に追い込んでいたらしいんだ」
「当時の園芸部も生徒会から圧力かけられてたんだろうな」
「当然」
「汚いことするな、生徒会」
でも今の生徒会は違う。少なくとも花菱は、俺たち園芸部のことを応援してくれている。
「その頃の園芸部は学内での活動はほぼ皆無に等しかったからね、仕方ないといえば仕方ない」
「学内での活動は皆無って、じゃあ園芸部は何をしてたんだ?」
「学校の裏に新藤さんていうおじいさんが住んでいたんだ」
「おじいさん?」
「そのおじいさんの家の畑を借りて野菜を作っていたんだって」
「ああ、なるほど。そういうのもありなんだな」
「ありじゃないよ。ありじゃないから学校から圧力をかけられたんだ。学内での活動実績がないなら、生徒会からは予算を出さないって。おじいさんの畑で作っていた野菜の苗は、生徒会の予算で買ったものだったし、出来た野菜はおじいさんを始め、近隣の住民やもちろん学内の教職員や生徒にも配られた。ただし無料でね」
生徒会で予算を出しても、出来た野菜を無料で外部の人間に配ってしまうと、学校にとっての有益な活動にはならないってことなのか。
「で、どうしたんだ?」
「当時の園芸部の部長が、裏庭に花壇を作ろうて提案をしたんだよ」
花壇と聞いてちょっとドキッとした。当時の園芸部の部長も桜井と同じことを考えていたなんて。
「学内で園芸部の活動をしようにも学校に花壇一つないんだからね。学校からしてみれば学内で活動が出来ないという理由で、園芸部を強制的に廃部にしようと考えていたから、この抵抗には驚いたみたいだね。でもたった一人きりの園芸部が花壇を作れって学校に申し立てても、聞いてくれるわけがない。結局、卒業を待たずして園芸部は廃部においやられた。ちなみに裏の新藤さんはすでにお亡くなりになっている。全部僕らが生まれる前の話だ」
「そうなんだ」
そんな過去があったなんて全然知らなかった。当時の部長も部存続のために、頑張っただろうに。
倉本は今の俺たちを見て、当時の園芸部の先輩みたいに頑張ったって、どうせ無理なんだから諦めろって言いたくて、この話をしたんだろうか……そもそも何で倉本がこんなことを知ってるんだろう。
「ただこの話には続きがあってね。園芸部が廃部になったあとも、元園芸部部長はおじいさんの畑を借りて野菜の栽培を続けたらしいんだ」
「そうなのか?」
「もちろん、野菜の苗はおじいさんに買ってきてもらうか、もしくは自腹で用意してね。それからおじいさんは亡くなる直前に、自分の土地を学校へ譲渡する約束をしたらしい」
「譲渡?」
「身寄りのないおじいさんだったから、自分の土地を誰の手にも渡らず放置するよりも、学校で管理してもらったほうがいいからって。是非、園芸部のために使ってやってくださいって言ってたらしいよ」
「でもおじいさんが亡くなる前にはもう、園芸部は廃部になってたんだよな」
「元園芸部の部長がそのことをおじいさんに言ってなかったのか、おじいさんは園芸部が廃部になったのを知ってて、あえて『園芸部のために』と自分の土地を渡したのか。今となっては確認しようがない」
「そうだな……で、この話を俺に聞かせてどうするんだ?」
「別にどうもしないよ。ただ、気になって」
「何が?」
倉本は俺のことを横目でちらりと見上げた。
「今までの様子からすると、真田はこの話を知らなかったみたいだね」
「もちろん、知らなかったよ」
「おまえの相方の不良はどうだろう?」
「桜井? さあ、どうだろう? 桜井も知らないんじゃないか?」
いや、でも、桜井は真面目でいろいろ熱心な奴だからな。もしかしたら園芸部設立を目指してるのも、何かがきっかけで昔この学校にあった園芸部のことを聞いたからかもしれない。
「気になるんだよね。あの不良は何で裏庭に花壇を作りたがってるんだろうね?」
「それは知っての通り、裏庭を憩いの場にするためだよ。裏庭がゴミまみれだから、花壇が出来ればゴミを捨てる生徒が減るんじゃないかって。ある意味では学校のためにやってるんだよ」
「ふーん」と倉本は肩をすくめて冷めた口調で言う。
「たったそれだけの理由で花壇なんか造ろうとするかな。生徒指導部を敵にまわして、嫌がらせみたいな雑用任されても、負けじとあの不良が花壇を作りたがってる理由が、裏庭を憩いの場にするためって、なんか納得いかないんだよね」
「倉本は何が言いたいんだよ」
園芸部の先輩の話だって、結局なんのために話したのか意図がよくわからないし。
「僕はね、嘘をついたり隠し事をするのは大好きなんだけど、他人が嘘をついたり隠し事をしてるのを見るとどうにも気になってね、いったいなぜ嘘をついているのか、なにを隠してるのか暴きたくなるんだよね」
目を細め、口元を三日月型に歪める倉本は、すごく楽しそうに笑ってるようにも見えたし、ものすごく怒ってるようにも見えた。
「……なんかその言い方だと、桜井が嘘をついてて、しかも何かを隠してるみたいだな」
「僕はそう思ってる」
教室の前まで来ると、倉本は真っ直ぐ俺を見上げて、「信じる信じないは自由だけど」と前置きをしてから、
「あの不良は嘘をついてて、隠し事をしている上に、お前のことを利用しようとしてるよ」
「は?」
「最低の男だよ。僕だったらあんな奴とは早々に縁を切るけどね。まあ、一応忠告しといてあげるよ。それに近いうちに、あの不良の本性暴いて、制裁をくわえてやるつもりだから。巻き込まれたくなかったらさっさとあいつから離れた方がいい」
倉本はそれだけ言うと、さっさと教室に入っていってしまった。俺はまだ何も言ってないのに。
突然現れて人のこと脅かして腕捻りあげて突き飛ばしたかと思ったら、わけわからないこと一方的にまくしたてて結局何が目的だったのかも言わないし、桜井のこともまた悪く言って、挙げ句の果てには巻き込まれたくなかったら離れろだなんて……なんなんだ、あいつ。本当にわけがわからない。花菱はよくあんなのを良い奴だなんて言えるよな。
「何か朝から気分悪い」
「ねぇ、」
先に教室に入ったと思ってた倉本がドアから顔を出し、訝しげに俺のことを見上げていた。
「なにをぼーっとつったってんのさ。さっさと中に入りなよ。そんなとこにいたら邪魔でしょうがないだろ」
「あ、うん。ごめん」
何だよ、まだいたのかよ。今の聞かれたかな? ってドキドキしてたら、倉本は口元だけ笑みを作って、
「せっかく朝から僕がおもしろい話を聞かせてやったのに、気分が悪いとは残念だね、真田」
「え、いや。これは別に倉本の話が原因で気分が悪くなったわけじゃないよ?」
「あたりまえだろ。僕は気分の悪くなるような話なんて一つもしてないんだから。しかし、慈悲深い僕がおまえのためを思って忠告してやったのに、お礼の言葉も出ないとは非常に残念ねー。昨日あれだけ言ったのに」
妖しく微笑む倉本を見て背中に冷たい汗が流れる。また何か危うい空気になったかも。
「ごめん、いや、すみませんでした」
「何謝ってんの? 別に僕はおまえに謝ってほしいなんて思っちゃいないよ。それより、そこにいたら邪魔だから、さっさと教室に入るなり保健室に行くなりしたらどうだい」
「ああ、うん」
言い方はやっぱりキツいけど、倉本の怒りスイッチが入らなかったことにほっと息を吐く。
「そうすることにする。ありがと、倉本」
そう言うなり、笑みを浮かべていた倉本の表情が、一瞬、無になり、途端に何とも面白くなさそうな不機嫌そうなものに変わった。
「それは何に対する『ありがと』なわけ?」
「え? 心配してくれてありがとうって意味で言ったんだけど。保健室に行けばって俺のこと心配して言ってくれたから」
そんなに深い意味はなかったんだけどな。俺、何か変なこと言ったかな?
「は? 何? お前は僕が保健室に行けばって言ったのを、僕がお前の身体を心配して言ったと思ってんの?」
倉本はキツい眼差して俺を見る。
「違うのか?」
「馬鹿かお前は。なんで僕がお前なんぞの体の心配をしなくちゃいけないんだ。嫌味で言ったに決まってるだろ。そんなこともわからないのか」
「いや、その可能性も考えてはいたけど……」
というか、何かまた倉本の怒りスイッチが入っちゃったような。昨日みたいに笑顔浮かべたまま突然暴力を振るわれるよりはマシだけど、ずずいっと体をよせて真下からねめつけるように見上げられるのもあまりいい気分はしない。
「別に僕は怒っちゃいないよ。だが心配なんかしてないのに心配してくれたなんて誤解されるのは、とてつもなく、不愉快だ」
「……すみませんでした」
この短い時間に二回も倉本に謝ってしまった。俺、弱すぎ。
「謝ってほしいとも思っちゃいないけどね。まあ、いい。以後気を付けろ。自惚れるなよ、阿呆」
倉本は冷たい目で俺を一睨みし、とっとと教室に戻っていった。
俺はまたもや言葉もなくその場に立ち尽くすしかなかった。
お礼の言葉もないのかって嫌味を言ったり、お礼を言ったら言ったで自惚れるなって怒ったり、あいつ本当になんなの。