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 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。誰かに激しく身体を揺さ振られてるなぁと思ったら、母ちゃんが電話の子機を片手に俺の顔を覗き込んでいた。


「ハルちゃんから電話」


「俺に?」


「だから起こしに来たんでしょ」


 母ちゃんから受話器を受け取り、耳に押し当てる。


「もしもし?」


『寝てた?』


「寝てたー」


『起こして悪かったな。携帯忘れてきたみたいでさ、申し訳ないんだけど、部屋見てきてくれないか?』


「ちょっと待ってー」


 ふらふらしながらハルちゃんの部屋に向かう。真っ暗な部屋の中に青い光を放つ物体を発見した。


「あったよー」


『ついでに見てもらっていいか? 皆川ってやつからメールとか電話とか来てないか?』


 ディスプレイには「新着メールあり」の文字。メールの画面を起動すると、確かに皆川と言う名前の人から何通かメールが来ていた。


「えーと、『ごめん、ちょっと遅くなる』、『今、バイト終わったからこれから向かう』、『電車が事故で止まってるからたぶん九時時過ぎる。本当にごめん』」


『やっぱりな、八時半待ち合わせなのにおかしいと思ったんだよ』


「それからつい五分前に、『何で返事くれないの? もしかして怒ってる?』って」


『怒ってないよ、て適当に返信しといてくれ。俺はもう少し待ってみる。おばさんに遅くなるって伝えといてくれ』


「何処にいるの? 携帯届けに行こうか?」


『駅前のドーナツ屋。だけどいい。また何かあったら電話するから』


 ハルちゃんとの通話を終わらせ、真っ暗闇で光を放つ携帯を見つめる。


 適当に返信しといてくれって言われても、俺が使ってる機種と違うからいまいち操作が不安なんだけどなぁ。


 とりあえず暗い中で携帯いじると目が悪くなるから、部屋の電気をつけて、気合いを入れるため腕まくりして、携帯を持ちなおす。


 それからたっぷり十五分かけて、メールを打った。内容は「ごめん! メール着てるの気付かなかった。怒ってないから安心して。ちゃんと待ってるから気を付けて来てね☆」的なことを書いた。


 ただこれだけの文章なんだけど、使い慣れてない携帯だということ、そしてハルちゃんが普段どんなふうにメールを打つのか、ハルちゃんの性格からして絵文字は使わなさそうだけど、以外と記号は使うんじゃないか、とか考えながら打ってたら思いがけず時間が掛かってしまった。


 自分で打ったメールをもう一度読み直し、誤字・脱字はないか確認をしてから送信を押す。


 ディスプレイに「送信しました」の文字が表示され、ようやく一息ついたところで携帯が震え始めた。


「うわっ!」


 一息ついたところで突然携帯が震え始めたからびっくりして手から携帯を落としてしまった。


 今、メール送ったばっかりなのにもう返信してきたのか? と思いきや、ディスプレイには0から始まる11桁の数字と「皆川」の二文字。


 メールじゃない、電話だ! と思ったら、考えるよりも先に電話に出てしまった。


「はい! 真田です」


 あ、違う、これ家の電話じゃなくてハルちゃんの携帯なんだった。真田ですって言っちゃったよ。


 電話の向こうの皆川さんは電話を掛け間違えたのかと思ったのか、それとも何かおかしいと思ったのか何も言わなかった。


「あ、あの、えと、」


 しどろもどろになりながら、これはハルちゃんの携帯で、掛け間違えとかではないです、俺はハルちゃんのイトコで、ハルちゃんが家に携帯を忘れてそれで俺が咄嗟に電話に出ちゃったんですと、なんとか説明しようとした。


『……そちらは長谷部 小春さんの携帯ではありませんか?』


 何かを図るような緊張した静かな声が向こうから聞こえてきた。


 あれ? ってちょっと気になったけど今は説明をするのが先だ。


「そうです、そうなんです! ハルちゃん、や、長谷部 小春の携帯であってます。ハルちゃん家に携帯忘れちゃって、メール返信しといてくれって言われて、送ったら電話なって、出ないわけにいかないからって、それで咄嗟に」


 めちゃくちゃで自分で何話してるんだかわからなかったけど、電話の向こうの皆川さんには一応伝わったらしい。


『そうですか。じゃあハルは今、家にいないんですね?』


「はい、そうなんです。……あ、あの俺はハルちゃんのイトコで真田 海生て言います」


 今このタイミングで言うことじゃないかもしれないけど、一応言っておいたほうがいいかなって。


『イトコの海生くん。ハルから聞いてるよ。俺は皆川 修司っていいます』


 あ、やっぱり。て思わず声が出そうになってこらえる。


 母ちゃんから「ハルちゃんは友達に会いに行った」と聞いたときから、勝手に女の人だと思ってたから、電話の声を聞いたときはちょっと驚いた。


 ハルちゃんのお友達の皆川さんて男だったんだ。ハルちゃんには男友達もいるんだ。


『海生くん、』


「はい!」


 いかん、ぼーっとしてしまった。


『実はね、ハルと君の地元の駅で待ち合わせて会う約束をしていたんだけど、電車が事故で止まってて復旧の目処がたってないようなんだ。遅くなりそうだし、このまま待たせるのもハルに申し訳ないから、今日はやめて別の日にまた会おうって伝えてほしいんだけど。お願いしてもいいかな?』


「あ、はい。大丈夫かと思います。ハルちゃんがいる場所は知ってるんで」


『悪いね。じゃあ頼んだよ、海生くん』


「はい。わかりました」


 気のせいか、なんとなく最後の「海生くん」のとこ何かこう、含んだように笑いながら言ってた気がするんだけどな。


 ハルちゃんの携帯を握りしめ部屋を出る。一度自分の部屋から上着を取ってきて、靴を履きながら奥に向かって叫んだ。


「母ちゃん、ハルちゃん迎えに行ってくる!」


 聞こえているのか聞こえてないのか返事はなかったけれど、かまわず外に出る。自転車にまたがってペダルをこぎだすと、夜の空気が鼻を掠めていった。


 ハルちゃんは通りに面した窓際の席について、ぼーっと外を眺めていた。外から手を振っても気付かないから、店の中に入って、背中の方から「わっ!」と声をかけた。ハルちゃんは前のめりになりながら身体をびくつかせ、勢い良くこっちを向いた。


「海生!? 何でお前がここにいんだよ?」


「迎えに来たよ」


「迎え?」


「今日は中止にしようって」


 ハルちゃんとの電話を切った後のこと、どうして俺がここに来たのかを説明した。


「ごめんね、勝手に電話に出ちゃって」


「かまわないよ」


 ハルちゃんは立ち上がりテーブルの上の紙袋を見せた。


「お土産買ったから、早く帰っておばさんと一緒に食おうぜ」


 ハルちゃんは歩いて駅まで来たから、帰りは自転車2人乗りをした。


「つーかお前が前で大丈夫か?」


「大丈夫だよ」


「でも昔はいっつも俺が後ろに乗せてやってたのに」


「……ハルちゃん、気持ちわからなくもないけどさ、昔は昔、今は今でしょ。俺もあの頃よりは一応成長してるんだよ?」


「だよな」


 ハルちゃんを乗せた自転車のペダルは思った以上に軽かった。


「ハルちゃん、ご飯ちゃんと食べてるの?」


「食ってるよ」


「ならいいけどさ。女の子ってこんなに軽いんだね」


「体重に男女って関係なくね? 今は女より軽い男だっていんだろ」


 ハルちゃんの冷めた言い方に身体が強ばる。俺また余計なこと言っちゃったかな。


「海生の背中はでっかいなぁ」


 と思ったらのんきな声が聞こえていらぬ心配だったかとほっとした、と同時に手で背中を撫でる感触がして、またもや心臓が不整脈を起こしだした。


 3月の夜空の下、自転車二人乗りの帰り道なんて、まるで少女漫画の世界だ。そんな雰囲気で「背中大きいね」なんていかにも女の子みたいな発言されたら、たまったもんじゃないよ。


「皆川、何か言ってた?」


「えー?」


「皆川が、電話で、何か言ってたかって」


 聞き返したら、わざわざ立ち上がって耳元で喋ってくれた。だから、そういうドキドキハラハラするようなことしないでよ。


「何も」


「なーんか話があるって呼び出されたんだよ。電話じゃダメなのかって聞いたら直接会って話がしたいってさ。なんだったんだろ?」


「さあね」


 電話じゃダメで、直接会って話がしたい。皆川さんの何か含んだような「海生くん」て声がまた耳元で聞こえた気がした。


「告白だったりして」


「何の?」


「愛の」


 一瞬間があって、ハルちゃんはやたら陽気な酔っぱらいみたいに大きな声で笑いだした。


「ハルちゃん、近所迷惑だからそろそろやめて」


「バーカ。皆川は男だぞ? 俺に愛の告白なんてするわけねーだろ」


 ハルちゃんには申し訳ないけど、その理屈、さっぱり意味がわからない。


「だってさ、男の人が女の人、しかも仲のいい女の人に『直接会って話がしたい』って。そーゆーことじゃないの?」


「だーかーら、皆川は男で、俺の中学の時からの親友で、俺が男になりたがってるのを知ってて、ずっと応援してくれてたんだよ。そんな奴が今さら俺に愛の告白なんてすると思うか?」


 ハルちゃんは軽く笑って言ったけど、俺は笑ったら皆川さんに失礼なんじゃないかなって思った。皆川さんがハルちゃんに恋をしてると決まったわけじゃないけど。


「今回の性転換の話も皆川だけ、俺の味方してくれたしな。皆川が健全な男子ならもうすぐ男になる女に好意なんてもたねーよ」


「だって反対したらハルちゃん怒るでしょ」


「あ? なに?」


 わざと聞こえないように小さな声で言った。


 例えばもし、皆川さんがハルちゃんのこと中学生の頃から好きで、ハルちゃんと近づきたくて、ハルちゃんに好意を持ってもらいたくて、自分の気持ちに嘘ついてハルちゃんの味方をしていたとしたら?


「皆川さんはハルちゃんが男になりたい理由とか、あの日のこととか知ってるんだよね」


「そりゃあな」


「だよねー」


 俺は知らないのに、皆川さんは知ってる。ただそれだけのことなのに、なんか気分が落ち込んだ気がする。


「じゃあ、俺が知りたいって言ったら教えてくれるの?」


「まあ、教えるてやるけどー……おまえ、聞かなくていいみたいなこと言ってなかったか?」


「そうだっけ?」


 夕方、俺が「あの日何があったの?」って訊ねた時、ハルちゃんは困ったような顔してた。皆川さんには、自分から話したんだろうに、俺には、訊ねてもすぐには教えてくれなかった。それだけのことなのに。


「どうした?」


「何が?」


「何か元気なくないか?」


「大丈夫、何でもないよ」


 いや、何でもないわけじゃないんだけど、実のとこ何が何なんだか自分でもよくわからないんだよ。


「さぁ、早く帰ろ。母ちゃんが待ってるから」


 きっと明日になれば元気になるよ。根拠はないけど、自分にそう言い聞かせて、ペダルを強く踏み込んだ。



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