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休憩時間になると、マネージャの所に行く前に、水島に相談してみた。
「僕はもう1度、車の仕事を探してみようと思う」
「いいんじゃない? できれば、ボクの仕事も見つけてくれるとありがたいんだけど……」
彼女は休憩室に移動すると、靴擦れのせいでストッキングまで血が滲んでいる足を見せてくる。
「うわっ」
ものすごく痛そうだ。
ソファーに座るよう勧めると、水島はすぐに腰をおろして、身の上話を始めた。
「ボクはね、2歳の頃から父にカートを叩き込まれて、小学生になるまで自分が女の子だって事を知らなかったんだ」
レーサーになりたい、という夢を叶えられなかった水島の父親は、娘を男の子のように育てながら、自分の夢を託そうとしていたらしい。
中学生になってもカートを続けさせられていたが……父親の事故が起きた途端、
「もうカートなんてやめなさい」
と、母親に止められるようになったという。
「きっと怖くなったんだと思うけど……ボクを無理矢理走らせたり、2度と乗るなと言ったり、勝手すぎるだろう?」
水島が、本気でカートにのめり込むのようになったのは、それからだった。
「高校生になって、いつか父が出ていた危険なラリーに挑戦したいと言ったら、誰もが無理だと言うんだ」
その理由は……女だから。
わざわざ男の世界に首を突っ込んで、険しい道を進む必要なんて無いと。
「でもさ。もしボクが男だったら、どこまでも挑戦しろと言われたんじゃないのかな。……今から男に生まれ変わることは出来ないけど、ボクはカートでもフォーミュラでも戦える。それなのに、どうしてみんな、やめろと言うんだろう」
「別に女だから無理って事はないと思うけど……やっぱり危険だからじゃないのかな」
せっかくの綺麗な顔に、怪我でもしたら大変だろう。
僕が現実的に答えると、水島は目を閉じた。
「だけど、危険なのは男だって同じはず。一体、何が違うのさ。ボクは死なんて恐れない。だから、全てのドライバーの頂点に立って、性別なんて関係ないってことを証明したい」
その目的のために、涼が倒すべき相手を調べてみると……2年前までカートチャンピオンだったのは、山吹寿人という青年だった。
そして、サーキットにはもう1人。金の卵と騒がれている逸材がいた。
優秀なカート選手の兄を持ち、幼い頃から、その背中を追い続けていた少年が……。
しかし、彼らは突然、消えてしまった。
***
「山吹君」
水島は目を開けると、向かい合って座っている僕をジッと見つめてくる。
熱い視線。
「……何?」
動揺して目線を下げると、組んでいる足の隙間からスカートの中身が見えそうだった。
ドキリとして、鼓動が早まる。
――水島は、何のために会いに来たのだろう?
慌てて、太ももから視線をそらす。
「そういえば……気になる噂を耳にしたんだけど」
水島は足を組み直して話題を変えた。
「深夜になると、島の中央にある『てっぺん峠』のふもとにあるトンネルに、ゴーストカーが現れるらしいね」
「ゴーストカー?」
「誰も乗っていないし、扉も開かないらしいけど……ウインカーを点滅させてバトルを挑むと、ものすごいスピードで走り出すんだって。誰も追いつけないくらい速いって話だから、ボクも1度、戦ってみたいんだけど……本当に、そんな車があると思う?」
「多分、そういうのは誰かの作り話だよ」
毎年、夏になると何らかの怪談話が出回るが、そのほとんどがデマカセである。
まぁ当然といえば当然だが……闇から生まれ、闇に消えていくその車は、複数の人物が目撃していて『影』と呼ばれているらしい。
「車体は艶のある漆黒で、車種はガリアース。リアウイングには『シードラゴン』っていうチームのステッカーが貼られているらしいんだけど……」
「ちょっと待って!」
僕は大声で、水島の話を遮った。
先日、目にした謎の車と、シャドウの特徴があまりにも似ていたからだ。
ガリアースは、剛性が高いボディーに、ハイパワーエンジンを積んでいるモンスターマシン。もしシードラゴンのステッカーが貼られているなら、2年前までストリートキングだった兄さんが乗っていた車に違いない。
「水島っ。その噂、ドコで聞いたの?」
「ついさっき、食事をしていた男の人たちが、トンネルの中で元ストリートキングの車を見たって騒いでいたんだ」
「まさか!」
休憩室から飛び出そうとすると、腕をつかまれた。
「待ってよ、山吹君。ボクらはまだ仕事中だし、そう焦らなくても、シャドウがトンネル内に現れるのは、深夜だけって話だから」
水島は、本当は一緒に行きたいけれど、今夜は足が痛いから代わりに確かめてきて欲しい……と言いながら、ハイヒールを脱いで顔をしかめた。
靴のカカト部分と擦れた皮膚が、めくれて血だらけになっている。
「分かったから、手を放してくれないか。マネージャーに話をしに行くついでに、絆創膏をもらってくるよ」
「ありがとう。案外、優しいんだね」
「えっ?」
「最初に会った時は、ボクの話なんて聞いてくれなかったから、冷たい人だと思っていたんだ」
「あぁ、ごめん。あの時は、まだ……」
……まだ、何だろう?
つい最近の出来事なのに、なんだかとても昔のような気がする。
今の僕は、あの時の僕とは、何かが違うらしい。
(一体、何が変わったんだ?)
よく分からないけれど、僕は考えることで冷静さを取り戻した。




