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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第2章 黒い影
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2-2

 休憩時間になると、マネージャの所に行く前に、水島に相談してみた。


「僕はもう1度、車の仕事を探してみようと思う」


「いいんじゃない? できれば、ボクの仕事も見つけてくれるとありがたいんだけど……」


 彼女は休憩室に移動すると、靴擦くつずれのせいでストッキングまで血がにじんでいる足を見せてくる。


「うわっ」


 ものすごく痛そうだ。

 ソファーに座るよう勧めると、水島はすぐに腰をおろして、身の上話を始めた。


「ボクはね、2歳の頃から父にカートを叩き込まれて、小学生になるまで自分が女の子だって事を知らなかったんだ」


 レーサーになりたい、という夢を叶えられなかった水島の父親は、娘を男の子のように育てながら、自分の夢を託そうとしていたらしい。

 中学生になってもカートを続けさせられていたが……父親の事故が起きた途端、


「もうカートなんてやめなさい」


と、母親に止められるようになったという。


「きっと怖くなったんだと思うけど……ボクを無理矢理走らせたり、2度と乗るなと言ったり、勝手すぎるだろう?」


 水島が、本気でカートにのめり込むのようになったのは、それからだった。


「高校生になって、いつか父が出ていた危険なラリーに挑戦したいと言ったら、誰もが無理だと言うんだ」


 その理由は……女だから。

 わざわざ男の世界に首を突っ込んで、険しい道を進む必要なんて無いと。


「でもさ。もしボクが男だったら、どこまでも挑戦しろと言われたんじゃないのかな。……今から男に生まれ変わることは出来ないけど、ボクはカートでもフォーミュラでも戦える。それなのに、どうしてみんな、やめろと言うんだろう」


「別に女だから無理って事はないと思うけど……やっぱり危険だからじゃないのかな」


 せっかくの綺麗な顔に、怪我でもしたら大変だろう。

 僕が現実的に答えると、水島は目を閉じた。


「だけど、危険なのは男だって同じはず。一体、何が違うのさ。ボクは死なんて恐れない。だから、全てのドライバーの頂点に立って、性別なんて関係ないってことを証明したい」


 その目的のために、りょうが倒すべき相手を調べてみると……2年前までカートチャンピオンだったのは、山吹やまぶき寿人ひさとという青年だった。


 そして、サーキットにはもう1人。金の卵と騒がれている逸材いつざいがいた。

 優秀なカート選手の兄を持ち、幼い頃から、その背中を追い続けていた少年が……。


 しかし、彼らは突然、消えてしまった。


   ***


「山吹君」


 水島は目を開けると、向かい合って座っている僕をジッと見つめてくる。

 熱い視線。


「……何?」


 動揺して目線を下げると、組んでいる足の隙間からスカートの中身が見えそうだった。

 ドキリとして、鼓動こどうが早まる。


――水島は、何のために会いに来たのだろう?


 慌てて、太ももから視線をそらす。


「そういえば……気になる噂を耳にしたんだけど」


 水島は足を組み直して話題を変えた。


「深夜になると、島の中央にある『てっぺんとうげ』のふもとにあるトンネルに、ゴーストカーが現れるらしいね」


「ゴーストカー?」


「誰も乗っていないし、扉も開かないらしいけど……ウインカーを点滅させてバトルを挑むと、ものすごいスピードで走り出すんだって。誰も追いつけないくらい速いって話だから、ボクも1度、戦ってみたいんだけど……本当に、そんな車があると思う?」


「多分、そういうのは誰かの作り話だよ」


 毎年、夏になると何らかの怪談話が出回るが、そのほとんどがデマカセである。

 まぁ当然といえば当然だが……闇から生まれ、闇に消えていくその車は、複数の人物が目撃していて『シャドウ』と呼ばれているらしい。


「車体はつやのある漆黒で、車種はガリアース。リアウイングには『シードラゴン』っていうチームのステッカーが貼られているらしいんだけど……」


「ちょっと待って!」


 僕は大声で、水島の話をさえぎった。

 先日、目にした謎の車と、シャドウの特徴があまりにも似ていたからだ。


 ガリアースは、剛性が高いボディーに、ハイパワーエンジンを積んでいるモンスターマシン。もしシードラゴンのステッカーが貼られているなら、2年前までストリートキングだった兄さんが乗っていた車に違いない。


「水島っ。その噂、ドコで聞いたの?」


「ついさっき、食事をしていた男の人たちが、トンネルの中で元ストリートキングの車を見たって騒いでいたんだ」


「まさか!」


 休憩室から飛び出そうとすると、腕をつかまれた。


「待ってよ、山吹君。ボクらはまだ仕事中だし、そうあせらなくても、シャドウがトンネル内に現れるのは、深夜だけって話だから」


 水島は、本当は一緒に行きたいけれど、今夜は足が痛いから代わりに確かめてきて欲しい……と言いながら、ハイヒールを脱いで顔をしかめた。

 靴のカカト部分とこすれた皮膚が、めくれて血だらけになっている。


「分かったから、手を放してくれないか。マネージャーに話をしに行くついでに、絆創膏ばんそうこうをもらってくるよ」


「ありがとう。案外、優しいんだね」


「えっ?」


「最初に会った時は、ボクの話なんて聞いてくれなかったから、冷たい人だと思っていたんだ」


「あぁ、ごめん。あの時は、まだ……」


 ……まだ、何だろう?

 つい最近の出来事なのに、なんだかとても昔のような気がする。


 今の僕は、あの時の僕とは、何かが違うらしい。


(一体、何が変わったんだ?)


 よく分からないけれど、僕は考えることで冷静さを取り戻した。

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