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「まいったなぁ」
翌朝、教室でため息をついていると、伊織が不思議そうな顔で近づいてきた。
「どうしたの?」
「伊織は夏休みのアルバイト先は決まってるの?」
「今年は、キャンペーンガールになったのよ。オーディションを受けたら合格しちゃって」
「へぇ。凄いじゃないか。おめでとう」
思わず水着姿を想像しそうになると、伊織はストリートレースを手伝うレースクイーンの見習いをする事になったと明かした。
「1番近くで応援するのが夢だったから」
「それじゃあ、夢が叶って良かったね」
「だけど……肝心の応援したい人がいないんだけど……」
「えっ?」
伊織は複雑な表情でため息をついた。
でも、それ以上は掘り下げず、すぐに話題を変えてしまう。
「ハヤトは今年も修理工場で下働き?」
「それが……雇ってもらえなかったんだ。このままだと、卒業を待たずにリタイアかもな」
「そんなの駄目よ。早くアルバイト先を探さないと」
「そうはいっても、簡単そうな仕事は全部埋まっていたし……」
よくよく考えてみると、僕はカートに乗るくらいしか取り柄が無くて、やりたい事も無ければ、出来る仕事も限られていた。
「お願い、ハヤト。諦めないで」
伊織が切実な声を出すと、前の席に座っているリオンが振り返った。
「だったら、ハヤトも僕と同じホテルで働けばいいよ。まだ募集していたはずだから」
「ホテルって……ドコで何の仕事をしているの?」
いかがわしいサービスでもしているのかと疑いの目を向けると、リオンは屋上にヘリポートがある高級リゾートホテルのドアボーイにスカウトされたと言い、展望レストランや宴会場で働くウエイターが不足している、という情報を教えてくれた。
それを聞くと、きらびやかな世界を想像しながら伊織が興奮し始める。
「素敵! 全室オーシャンビューの客室に、夜景が綺麗な展望レストラン。スパや室内プールも充実してる一流ホテルで働けるなんて、夢のようじゃない」
「いや。無理だって。絶対に雇ってもらえないから」
僕は全く自信が無かったけれど、放課後になり、リオンに引きずられるようにして面接を受けにいくと、その場で採用されてしまい、すぐに研修を受けることになった。
さっそく指示された場所に行ってみると……。
展望レストランの休憩室には、水島涼がいた。
「あれ⁉ もしかして、水島もこのホテルで働くの?」
「……仕事が見つからなくて困っていたら、リオンが紹介してくれたんだよ」
そんな言葉を聞くと、嫌な予感が胸をよぎった。
これは、僕と水島を一緒に行動させて、伊織との仲を引き裂くための罠かもしれない。
まんまと餌に釣られてしまった自分が嫌になるが、ビシッとスーツを着こなしているマネージャーが現れると、問答無用の厳しい研修が始まった。
まずは全てのメニューを頭に叩き込み、声出しの練習の後、食器を運ぶ訓練を何度も行う。
ようやく黒いベストスーツが配られて、狭い更衣室に移動してみると、他のウエイターたちは皆、スタイルやルックスが抜群に良い学生ばかりだった。
(なんだよココ。僕には全然向いてないんだけど)
自信喪失どころか存在自体が全否定されているような気分で仕事を覚えたが……夜になり初めてフロアに出ると、慣れない作業で手が震え、グラスを落として割ってしまった。
「ぼんやり立っているだけなら邪魔だ」
と、鬼のようなマネージャーに叱られて、厨房に下げられてしまったが、注文が入ると調理場の中は戦争のような忙しさで、僕が立ちすくんでいても、誰も見向きもしない。
「はぁ……。レストランの仕事って、想像以上に大変なんだなぁ」
すっかりやる気を失っていると、ショートヘアの足が綺麗なお姉さんが近づいてきた。
黒い制服をバッチリ着こなしているので、てっきり年上の社員の人かと思っていたが、
「どんまい、どんまい」
と、かけられた声には聞き覚えがある。
「もしかして……」
よくよく顔を確かめてみると、黒いタイトスカートをはいているのは水島涼だった。
上品なワインカラーのリボンで飾っているベストの胸元は少し膨らんでいるし、黒いハイヒールにストッキングをはき、化粧までしていると、まるで別人のように色っぽい。
「ちょっと、山吹君。何見てるんだよ!」
「いや、その……仕事の時は、女の子の格好をするんだなぁと思って」
あまりにも綺麗なので、うっかり見とれてしまった。
水島は、前から見ればモデル体型の超美人なのだ。
「もちろん、ボクは男の制服を希望したんだけど、あのドSなマネージャーが、どうしても駄目だと言うから仕方なく……」
水島は本当に悔しそうな顔で、
「こんなの羞恥プレイだよ」
と文句を言い始めた。
「でも……すごく似合ってると思う」
マネージャーの判断は間違っていない。
僕は自信を持って断言した。
だが、その途端、つま先を思いっきり踏みつぶされた。
「いてててて!」
「ボクを女扱いしないでくれる? そんな言葉で喜ぶと思ったら大間違いだからね」
「いや、女の子の制服を着ている方が自然な感じがするんだけど……」
「冗談じゃない」
水島は怒ってフロアに戻ってしまった。
***
彼女はキビキビと仕事をこなしているけれど、僕は何の役にも立たないので、調理場を抜け出して、従業員用の通路からホテルの展望デッキに出てみた。
そこからは、美しい島の夜景が一望できる。
真っ暗な闇の中でたくさんの光が動いているので、いたる所でストリートレースのテスト走行が行われているようだ。
あと数日で車を積むことが出来る大型フェリーが運航を再開し、本土から多くのドライバーたちがやってくる。
遠くでキラキラ輝いている世界を見下ろしていると、なんだか自分だけが置き去りにされているような気がした。
兄さんがいなくても世界は同じスピードで回り続けているのに、僕だけが、その流れについていけないのだ。
――どうして、こんな場違いな所にいるのだろう?
(どうせ働くなら車の仕事がしたいのに……)
ふと、そう思っている自分に気が付いた。
どこかに眠っている本当の気持ち。それは極限まで追い詰められなければ見つけられないけれど、僕にとっては1番大切なもの。
(やっぱり、別の仕事を探すことにしよう)




