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峠を一気に下り、凱旋した僕の視界に、救急車の姿が飛び込んできた。
伊織が中に運び込まれてゆく。
ガクガクと体が震え、顔が真っ青になり、目が虚ろになっているようだ。
「伊織っ⁉」
僕はガレオンから飛び出して、救急車の中に駆け込んだ。
細い腕に点滴が施されるが、誰にも怪奇現象を止めることは出来ない。
「なんで……どうして?」
どうやら、ゴーストカーは消えていないようだ。
むしろ黒魔術が完了に近づいている。
「伊織っ!!」
彼女の手を握ると、か細い声が聞こえてきた。
「良かった……。ハヤトが勝ったんだね。おめでとう。私はもう思い残すことは無いから……このままずっと走り続けて」
「嫌だっ! そんな願いは聞けない。僕は……伊織がいなければ走れないんだ」
勝っても負けても、応援してくれる人がいたからこそ。
どんな時でも、支え続けてくれた家族や仲間たちがいたからこそ。
僕はここまでやってこれたのだ。
「だからずっと、傍にいて欲しい。僕の傍に……」
ようやく気持ちを伝えることが出来た。
……でも、少し遅すぎたようだ……。
「ハヤト」
伊織はとても嬉しそうに微笑んだが、そのまま意識を失ってしまった。
「伊織っ。……伊織?」
必死に呼びかけるが、もう目を開かない。
「体力的にも、とっくに限界を超えていたようです」
近くにいたドクターが呟くと、僕は精一杯、頭を下げた。
「お願いします。どうか伊織を助けて下さい」
しかし、医療では手の施しようがないと医師たちは首を振る。
「そんな……」
すると、リオンが、まっすぐな視線で睨みつけてきた。
「ハヤト。伊織を助けられるのは君だけだ。今すぐゴーストカーを送り返せ! トンネルの中にいるんだろう?」
「……でもっ。僕にはもう……シャドウが見えないんだ」
「本当にそうなのか? 心から対戦を望めば、出てくるかもしれないだろう」
てっぺん峠のふもとには、長いトンネルがある。
そこには、シャドウと呼ばれる黒い車が現れる。
その車は、僕にデスゲームを仕掛けてくる。
「……試してみるしかないだろうな」
海堂さんに背中を押された。
「ハヤト君。どんな時も冷静に、勝負どころを見極めるんだぞ」
オーナーは、アドバイスをくれた。
そして、リオンには強い想いを託される。
「僕の代わりに、伊織を助けてくれ……頼む」
水島にも熱い視線で送り出された。
「山吹君のお兄さんは、勝負から逃げるようなドライバーじゃないはずよ」
……僕はもう逃げられない。
胸が痛い。心臓が痛い。足が震える。
プレッシャーに押し潰されそうで、心が悲鳴をあげている。
それでも……。
どうしても、やらねばならない時がある。
どんな強敵が相手でも、挑まねばならない闘いがある。
言い訳するな。
イメージしろ……最高の結果を。
自分に魔法をかけろ……必ず勝てると。
そして『今』という瞬間に全力で挑め。
勝っても負けても、勝負はいつだって1度きり。
一欠片の後悔も残さないように戦うしかない。
(僕は……)
伊織を失いたくない。絶対に!
臆病な心が、何よりも強いパワーを生み出してくれる。
ダークレッドのガレオンに乗り込むと、深夜のトンネルに向かって走り出した……。




