9-5
必死にアクセルを踏みながらクロスラインを狙うが、立ち上がりで少し遅れてしまうと、オーバーテイクのラインが消されてしまう。
(駄目か⁉ 危ないっ)
目の前に飛び出され、不本意に踏まされてしまう余計なブレーキ。
ヒルクライムが得意な野堀さんのブロックは完璧で、思い通りに走れないストレスが僕の神経を脅かす。
じっと耐えるように走り続けながら、一瞬の隙を窺う。
毎晩走り続けた山岳コースの攻略は完璧に近いのだから、あとはチャンスを待つだけだ……。
(焦るなよ)
必死に心を落ち着けて、集中力を高めていく。
しかし、カンパネラのペースはどんどん速くなり、うっかり気を緩めたら、あっという間に置き去りにされそうである。
ささいなミスでもフェードアウト。
でも、どこかで仕掛けなければ、このまま逃げきられてしまう。
後ろの2台を引き離し、追いかけっこを続けていると、ついに頂上付近の直線道路に飛び出した。
目の前に迫るのは最後のコーナー。
そこを過ぎれば決着がつく。
僕はいつでも突っ込めるように身構えているが、チャンスが来るとは限らない。
他人任せのチャンス待ちなんて、かなわぬことがほとんどだ。
だから……最後は自分の力で勝負に出るしかない。
ターボのエネルギーを利用して、外側から抜きに行く。
「おうおう。ハヤト君は、果敢に突っ込んでくるのか。凄い度胸だな。……そういえば、ヒサトの弟は、ハンドルを握ると性格が変わるんだっけ……」
イン側の野堀さんがハンドルをきると、車の後輪から白い煙が舞い上がった。
モクモクと立ち上る凄まじい量の白煙。
(滑ったのか⁉)
絶叫のようなホイール音を響かせながら、カンパネラがアウト側に膨らんでくる。
僕は、接触を避けるためにブレーキを踏んだ。
痛恨のタイムロス。
でも、2台でクラッシュするよりはマシだろう。
観客たちが野堀さんの車を指差しながら、何やら大声で騒いでいる。
どうやら序盤からタイヤに負担をかけすぎていたせいで、後輪がパンクしてしまったようだ。
「嘘だろ⁉ 最悪だ~っ!」
車内でも悲鳴を上げている野堀さんの車をかわし、僕はコース外に流されてゆくカンパネラを見送りながら、アクセルを踏み直した。
最終コーナーを曲がり終え、タイヤをまっすぐに戻せば、ゴールが見えてくる。
バックミラーには、追い上げてくる光は映らない。
ダークレッドのガレオンがフィニッシュラインを走り抜けた。
その次に山を駆け上がってきたのは、碇さんの車が壊れてしまったので、代走者が走っているバンディットのスポーツカー。
野堀さんは残された3つのタイヤでなんとかゴールまで辿り着いたものの、車部にも抜かれてしまい、まさかの0ポイントだった……。
***
「あぁもう、何やってるんですか。リーダーッ!」
「だから真面目に走って下さいと、あれほど頼んでおいたんですよ」
「いや~、すまんすまん。だけど、最後のは不可抗力だろう?」
野堀さんの情熱がオーバーヒートしてしまったのか……。
僕の執念が、勝利の女神に届いたのか……。
カーレースは、最後の瞬間まで何が起きるか分からない。
山の上ではマシントラブルを起こしたカンパネラの周囲に人が集まり、負けても明るい野堀ガレージの人たちが1番目立っていた。
「今夜は、リーダーのオゴリで自棄酒ですね」
「いや、待て。その前に親父に殺されちまう……。ヤバイぞ。さっそく電話がかかってきた。誰かっ、俺の代わりに殴られてくれ~」
「嫌ですよ。あの人は、僕たちにも容赦ないですから」
「リーダーの自己責任です」
「ちくしょう! あと少しだったのに……」
今年の優勝は……シードラゴン!
僕は、兄さんの夢を取り戻した。
(……終わった)
これ以上ない好感触。
野堀さんにも勝てたし、ストリートキングの地位も奪還した。
――これで、シャドウも満足してくれたはずだろう。
頂は大いに盛り上がっていたけれど、僕はすぐさま車の向きを変え、登って来た道を戻り始めた。
山のふもとでは、伊織が待っているはずだ……。




