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僕が真っ暗なてっぺん峠のふもとに到着すると、海堂さんの車に乗って、水島がやってきた。
レーシングスーツを着ていると、男としか思えないが……ヘルメットを取れば、やっぱり女の子である。
「水島……。どうして手伝いに来てくれたの?」
「水臭いね。ボクも一応、シードラゴンの一員なんだけど」
「それじゃあ、車はどうしたんだよ。レース中に派手なクラッシュがあったらしいけど」
「カラベルはしばらく入院だって。凶暴なクラーケン退治で、全治数週間の重症だよ」
水島は、半壊しているカラベルの写真を見せてきた。
「うわっ⁉」
一体、何があったのだろう。
失格にならなかったのが不思議なくらいだが……。
「やっぱり、女の子に車のレースは危ないんじゃないかな」
僕は、カートをやめるよう説得してみた。
「分かったよ……なんて言うと思うかい? ボクはやめない」
「どうして⁉」
「……どうしてだと思う?」
水島は熱い視線を向けてくる。
「さぁ。僕には分からないけど」
一体どうして走るのか?
僕は分からなくなってしまった。
でも、彼女は、自分なりの答えを見つけ出したようだ。
長い沈黙の後、その答えが明かされる。
「……やめられないのさ。ボクにとって、車は全てだから」
何を失っても、走ることをやめられない。
いつか絶対に辿り着きたい場所がある。
必ず追いつきたい憧れの背中がある。
水島の体には……全てを懸けて夢に挑んだ男の血が流れている。
「ボクは必ず辿り着いてみせる。山吹君にも、この気持ちを知ってもらいたくて、戻ってきたんだ」
レースへの熱い想いが飛び移ってくる。
彼女の熱意が、壊れてしまったマシンを直してくれる。
もう1度……。
(僕は走り出すことが出来るだろうか?)
「でも、兄さんの事を追いかけるのは……やめた方がいいと思う」
僕がお節介な事を口走ると、水島はニコリと微笑んだ。
「それならもう大丈夫だよ。山吹君が……ボクの心を奪ってくれたからね。これからは君が標的だ。速さの秘密も教えてもらえたし、次に戦う時が楽しみだよ」
目が合うと、吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳の奥に、蒼い炎が燃え盛っている。
「ボクは山吹君を倒すために走り続ける。だから、こんな所で逃げたりしないでよ?」
***
車は、多くの悲劇を無駄にしないために、常に進化を続けている。
トライ&エラーを繰り返しながら、前向きに進もうとしているのだから、僕だっていつまでも立ち止まってはいられない。
***
すっかり話し込んでいた僕らの周りには、監督さんの車だけでなく、ドクターを乗せた特別な車までやってきた。
「コチラがシードラゴンさん?」
「はい。そうですけど」
「先ほど病院から連絡がありまして、私たちが伊織さんに付き添うことになりました」
「それじゃあ……」
「今、会場に向かっているそうですが……あぁ、来ましたね。多分、あの車でしょう」
大きめの介護車が到着すると、中から元気そうな伊織が飛び出してきた。
「ハヤト! なんだか、すっかり治っちゃったみたい」
「確かに……顔色は良いみたいだけど……」
シャドウは、伊織を返してくれたのだろうか?
「私はもう大丈夫だから、ハヤトはレースに集中して」
「……分かった……」
リオンも揃うと、チームのみんなで記念撮影を行うことになったが、そこに野堀さんの車が到着して、撮影に割り込んできた。
「お! ようやくハヤト君が現れたな。イェーイ! ほら、露木たちも入れって」
「駄目ですよ。野堀さん。チームの集合写真なんですから、邪魔しないであげて下さい」
「そうですよ。リーダーが入ったら、ドライバーの彼が霞んじゃいますから」
「でもなぁ。ハヤト君だって、大勢いた方が楽しいだろう?」
野堀さんは僕の肩を抱きながら、満面の笑みで同意を求めてくる。
「……はい」
カメラマンがシャッターをきると、『今』という一瞬が形になった。
もう2度と、同じ時は訪れない。
ストリートレースが終われば、リオンと水島は本土に戻ってしまうし、来年は野堀さんもいない。
――来年の夏は、何をしているんだろう?
僕は高校を卒業した後も、この島に残っているだろうか?
伊織との関係は……?
時を刻む秒針は、休むことなく動き続けている。
ついにヒルクライムの開始時刻が迫ってきた。
あとはもう、最後のレースに挑むのみ……。
1位でなければ優勝できない、という苦しい状況でタスキを受け取る。
最も心臓が痛い場面。
足がすくむ。
怖い……。
怖くてたまらない。
でも、その反面。
誰にも譲れない、という気持ちもある。
(鼓動よ、静まれ……静まれ……)




