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9-3

  ***


 僕が真っ暗なてっぺん峠のふもとに到着すると、海堂さんの車に乗って、水島がやってきた。

 レーシングスーツを着ていると、男としか思えないが……ヘルメットを取れば、やっぱり女の子である。


「水島……。どうして手伝いに来てくれたの?」


「水臭いね。ボクも一応、シードラゴンの一員なんだけど」


「それじゃあ、車はどうしたんだよ。レース中に派手なクラッシュがあったらしいけど」


「カラベルはしばらく入院だって。凶暴なクラーケン退治で、全治数週間の重症だよ」


 水島は、半壊しているカラベルの写真を見せてきた。


「うわっ⁉」


 一体、何があったのだろう。

 失格にならなかったのが不思議なくらいだが……。


「やっぱり、女の子に車のレースは危ないんじゃないかな」


 僕は、カートをやめるよう説得してみた。


「分かったよ……なんて言うと思うかい? ボクはやめない」


「どうして⁉」


「……どうしてだと思う?」


 水島は熱い視線を向けてくる。


「さぁ。僕には分からないけど」


 一体どうして走るのか?

 僕は分からなくなってしまった。


 でも、彼女は、自分なりの答えを見つけ出したようだ。

 長い沈黙の後、その答えが明かされる。


「……やめられないのさ。ボクにとって、車は全てだから」


 何を失っても、走ることをやめられない。


 いつか絶対に辿り着きたい場所がある。

 必ず追いつきたい憧れの背中がある。


 水島の体には……全てを懸けて夢に挑んだ男の血が流れている。


「ボクは必ず辿り着いてみせる。山吹やまぶき君にも、この気持ちを知ってもらいたくて、戻ってきたんだ」


 レースへの熱い想いが飛び移ってくる。

 彼女の熱意が、壊れてしまったマシンを直してくれる。 


 もう1度……。


(僕は走り出すことが出来るだろうか?)


「でも、兄さんの事を追いかけるのは……やめた方がいいと思う」


 僕がお節介な事を口走ると、水島はニコリと微笑んだ。


「それならもう大丈夫だよ。山吹君が……ボクの心を奪ってくれたからね。これからは君が標的ターゲットだ。速さの秘密も教えてもらえたし、次に戦う時が楽しみだよ」


 目が合うと、吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳の奥に、蒼い炎が燃え盛っている。


「ボクは山吹君を倒すために走り続ける。だから、こんな所で逃げたりしないでよ?」


   ***


 車は、多くの悲劇を無駄にしないために、常に進化を続けている。

 トライ&エラーを繰り返しながら、前向きに進もうとしているのだから、僕だっていつまでも立ち止まってはいられない。


   ***


 すっかり話し込んでいた僕らの周りには、監督さんの車だけでなく、ドクターを乗せた特別な車までやってきた。

 

「コチラがシードラゴンさん?」


「はい。そうですけど」


「先ほど病院から連絡がありまして、私たちが伊織さんに付き添うことになりました」


「それじゃあ……」


「今、会場に向かっているそうですが……あぁ、来ましたね。多分、あの車でしょう」


 大きめの介護車が到着すると、中から元気そうな伊織が飛び出してきた。


「ハヤト! なんだか、すっかり治っちゃったみたい」


「確かに……顔色は良いみたいだけど……」


 シャドウは、伊織を返してくれたのだろうか?

 

「私はもう大丈夫だから、ハヤトはレースに集中して」


「……分かった……」


 リオンもそろうと、チームのみんなで記念撮影を行うことになったが、そこに野堀さんの車が到着して、撮影に割り込んできた。


「お! ようやくハヤト君が現れたな。イェーイ! ほら、露木たちも入れって」


「駄目ですよ。野堀さん。チームの集合写真なんですから、邪魔しないであげて下さい」


「そうですよ。リーダーが入ったら、ドライバーの彼がかすんじゃいますから」


「でもなぁ。ハヤト君だって、大勢いた方が楽しいだろう?」


 野堀さんは僕の肩を抱きながら、満面の笑みで同意を求めてくる。


「……はい」



 カメラマンがシャッターをきると、『今』という一瞬が形になった。

 もう2度と、同じ時は訪れない。

 ストリートレースが終われば、リオンと水島は本土に戻ってしまうし、来年は野堀さんもいない。


――来年の夏は、何をしているんだろう?


 僕は高校を卒業した後も、この島に残っているだろうか?

 伊織との関係は……?



 時を刻む秒針は、休むことなく動き続けている。

 ついにヒルクライムの開始時刻が迫ってきた。


 あとはもう、最後のレースにいどむのみ……。

 1位でなければ優勝できない、という苦しい状況でタスキを受け取る。


 最も心臓が痛い場面。

 足がすくむ。


 怖い……。

 怖くてたまらない。


 でも、その反面。

 誰にもゆずれない、という気持ちもある。


鼓動こどうよ、静まれ……静まれ……)

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