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「碇も、真面目に走れば巧いのになぁ」
車部の海老名は、すっかりおちぶれてしまったライバルを見ながら残念そうにため息をついた。
碇のマナーは最悪だが、運転技術はトップクラスなので、滅多に自滅なんてしてくれないだろう。
「なんで、あんな奴が参加出来るのさ」
涼も、自分の事を棚に上げて悪態をつく。
それこそバンディットのようなチームは失格にして欲しい……という意見もあるのだが、碇だって、昔は懸命に走っていたカート選手だったのだ……。
島の名門カートスクールの中でも将来を期待されていたドライバーの1人だったが、現実というのは時に残酷で、誰もがヒーローになれるわけではない。
同世代に飛びぬけた才能を持つ野堀やヒサトがいたせいで、いくら頑張っても努力が報われなかった彼は、
『勝てないドライバー』
という不名誉なあだ名をつけられてしまい、親や周囲の期待に応えられない苦しみから、道を踏み外してしまったのである……。
「チッ。今夜も野堀に負けるのか。あ~あ。どうせ勝てないなら、面白いパフォーマンスを見せてやろう。観客たちは、ド派手なクラッシュが見たいだろうからな」
碇が執拗なブロックを続けていると、涼はアクセルを踏む右足に力を込めた。
「邪魔だよ。どきなっ!」
バンディットの背後に張り付き、碇の車を煽る。煽る。煽る。
「新入りのくせに、威勢がいいじゃねぇか。いつまで、その元気が続くかな」
「コイツはさっきのお返しだよ」
カラベルが、道を開けろ、とばかりにバンディットの車に突っ込んだ。
コースアウトする程の強い当たりではないが、ハンドルを握る碇のこめかみがピクピク動き、わざとサイドのスペースをあけ始める。
「ほらよ。そんなに通りたければ入ってこいや」
(ただし、俺の横は抜けられねぇぜ!)
涼は碇の挑発に乗って、バンディットの横にカラベルをねじ込んでゆく。
だが、完全に並ぶ頃には強烈なタックルを仕掛けてくるつもりだろう。
「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ」
そこで、一足早くカウンターの体当たりをかましてやる。
全力で幅寄せし合う2台は、暗闇の中で激しく接触したが、お互いけして譲らないので、擦り合うボディーから火花が散った。
そのまま走り続けて、最終的にコースから弾き出されたのは……?
コーナーのアウト側を走ることになった碇の方だった。
「何ぃ⁉」
涼はコースの情報を正確に覚えていたので、次にどちらがアウト側になるのか分かっていたのだ。
ハヤトに教えられた通り、レースでは、仕掛けるタイミングが重要である。
バンディットの車がコースアウト。
その隙に、シードラゴンが再び2位のポジションを強奪した。
車部の海老名も3位にランクアップ。
「シードラゴンのドライバーは女のくせに無茶しやがるぜ。……でも、俺たちは、コロシアムで戦っているグラディエーターじゃないんだぞ」
2台の様子を後方から観察していた海老名は顔をしかめたが、観客たちは派手なバトルに盛り上がっているようだ。
***
涼はなんとか碇を抜くことに成功したが、乱暴な手段を使ってしまった代償は大きい。
カラベルは片方の側面が大破して、ライトも片方消えてしまった。
夜のコースで光を失うのは、目を閉じて走るようなものである。
片目を失い、エアロパーツまで壊れたせいで、高速でコーナーを曲がる際に車体がふらつくようになってしまった。
「……うわっ」
いきなりハンドルをとられると、怖いのなんのって……。
さすがに走りずらい。
でも、アクセルを緩めるわけにはいかない。
(お願い。動いて。走ってっ! ボクは絶対、ゴールに辿り着かないと……)
チームの夢が途切れてしまう。
この先の運命が狂ってしまう。
自身のドライバー生命をかけた死闘が続く。
一方、前方で、怪しくふらつき始めたカラベルを確認すると、
「さて。そろそろ頃合かな」
ついに車部の海老名が動き出し、涼はあっさり抜かれてしまった。
必死に追いかけるが、コーナリングスピードが落ちているせいで、差が縮められない。
それどころか、タイヤを温存していた海老名に、どんどん放されていく。
「車が……思い通りに動いてくれない」
このままでは後ろから追い上げてくる碇にも抜かれてしまいそうだが……。
バンディットの車は、運悪く路肩の側溝にハマってしまったらしく、復帰にてこずり棄権を選択。
「……ちくしょう! 出られねぇ。あの女、覚えてやがれっ」
***
水島のカラベルは傷だらけになりながらも3位でゴールし、トップを奪い返した野堀ガレージとのポイント差は10ポイントに抑えられた。
現在は、シードラゴン『60』対、野堀ガレージ『70』の僅差である。
もしヒルクライムでハヤトが1位になれれば、野堀ガレージが2位でゴールしても同点優勝出来る可能性が残っている。
なんとか首の皮1枚で繋がった。
あとは全て、ハヤト次第……。




